とあるバイト

玉響なつめ

第1話

 知り合いに、教えてもらって始めたバイトがある。

 ちょっとした隙間時間にやるような、そんなやつだ。

 

 お守りをある部屋の住人に、届けるバイト。

 どこで作られて、誰が何の目的で作ったものかも、用途も知らない。

 あと、定期的に連絡を取る。

 

 詳しくは聞くな。

 バイト先の人から言われるのは、それだけだ。

 でも時給がすごくいいから俺も何も聞かない。


「ちわっす、タカハラさん。調子どうっすか」


『おー、平気。ああそうだ、例のお守り三日後か……そんくらいに、持って来てよ」


「はい」


『そんじゃーなー』


 約束の日に、決まった場所でお守りを受け取って、それを届ける。

 届ける先は、大体アパートが多い。


 詳しくは聞いてない。

 だけど察しはついている。


 要するに、事故物件。

 何回かやってりゃ、すぐにわかる。


(小さい子がいる)


 アパートの階段下で、地面に枝で何か書いている。

 ほじくっているのかもしれない。あとは、蟻をつっつくとか……まあそんな感じだろうと俺はバイクを少し離れた所で止めて、アパートへと足を向けた。

 それも、仕事の規定だ。

 お守りを持った状態で、その目的地近くに乗り物を寄せない。


 変な規約だけど、一応守っている。


「あれ」


 バイクを停めて振り返ったら、もうあの子供はいなかった。

 部屋にでも戻ったのかと思いながら、俺は足を進める。


 そこは閑静な住宅街だ。

 古めかしいアパートの二階、階段を上がってすぐの部屋の呼び鈴を鳴らす。


「あいよー」


 ダミ声が中から聞こえて、一人の男が顔を出す。

 この人が、タカハラだ。本名かどうかは知らない。


 その向こうに、気怠げな表情でタバコをふかす女の人の姿が見えた。


「わりぃな。……荷物は明日にしてくれや。後で……そうだな、十八時くらいにもう一回来てくれ。メシでも食いにいこうや」


「……っす」


 何かしらの予定が変更になったらしい。

 状況を聞いて、お守りを受け取る関係の人に連絡を取らなくてはならない。

 そういう意味で俺は無駄に時間を潰さなければならなかった。


(ああくそ、わかってんなら早く連絡しろよ)


 いや、なんでか知らないがこのバイトはそれぞれが一方通行なのだから無理なのだけれど。

 住宅に住む人間は、不動産関係者とだけ。

 不動産関係者は、お守り関係者とだけ。

 お守り関係者は、運搬係(つまり俺だ)とだけ。

 そして俺は住む人……今回はタカハラさんに支給されている番号しか知らない。


 なんでこんな厄介なのか知らないが、本当に出るのかもしれない。

 ただ俺は二年くらいこの仕事をしているけど、何かに霊とかそういうのを見たことも感じたこともなかった。


 前任者……俺の学校の先輩いわく『見えるようになったら辞める』ことが暗黙のルールらしい。

 先輩は辞めて以来、連絡を取っていない。


「……ん」


 階段下に、子供の拙い絵があった。

 車と、子供。

 ロープと母親、だろうか? スカートをはいている。

 もう一人、これは父親だろうか。顔がぐちゃぐちゃになっているから、描くのを失敗したのかもしれない。


 小さい子供が描く記号みたいなその絵に、ちょっとだけ和んだ。

 とはいえ、この辺りの地理にも明るくない俺は適当にそこいらをぶらぶらして、目に入った喫茶店に入る。


 寂れた雰囲気は逆に味があると言えたし、昔ながらのって感じがして俺は好ましかった。

 ちらほら客の姿も見えたが、地元の人たちだろうか。

 カウンター席があったのでそこに腰掛け、適当に注文して店主とぽつぽつ会話した。


 そこで、いらんことを聞いてしまった。

 あのアパートがどうして事故物件になったのか、ってやつだ。


 ことのあらましはこうだ。

 年若い夫婦がいたが子供を生んだ。

 妻は育児疲れでやつれていったそうで、ノイローゼだったのかもしれないらしかった。

 子供は多動の気があったのか、それとも放置されていたのか、よく一人で時間問わず遊んでいた姿を目撃されていた。

 そこで案の定というかなんというか、子供が事故に遭った。

 妻のノイローゼは加速して、耐えられなくなった夫が出奔、そして妻は部屋で……という流れだったそうだ。


 それ以降女の泣き声がするとか、子供の笑い声が聞こえるとか、噂が噂を呼んで時々心霊ツアーと称して迷惑行為をする若い連中が来るということだった。

 どうやら俺もその迷惑行為をする若い連中と同じなんだろうと釘を刺してきたんだろう。


「そうなんすねえ、俺は約束してた先輩が今手が離せないから時間潰してろって言われて。土地勘ないんでここに店があって助かりましたよ」


「……そうですか。若い人が時間を潰すには難しいでしょうね、ああ、でも本がお好きでしたらここをまっすぐ行って左手の方角に図書館がありますよ。結構大きいですし、借りるのでなければ時間を潰すにはいいでしょう」


「図書館っすか」


 正直、活字はそこまで好きじゃない。が、背に腹は代えられない。

 俺は店主に礼を言って会計を済ませ、教えられたとおりの道で図書館へと向かった。


(あれ)


 さっき見かけた赤いスカートの女の子が図書館への道を曲がったような気がする。

 やっぱりさっき目を離した間に遊びに出ていたのかと納得した。

 図書館も、酷く寂れていた。


 まあそんなもんだろうと俺は適当な書架に足を運び、適当に選んだ本をペラペラと捲る。


(ん)


 視界の端に、赤い色のスカートが見えた。

 あの子だろうかと思いながら、俺は本を見る。

 別段、取り立ててどうこういうほどもない陳腐なストーリーの推理もの。

 でも時間を潰すのには、ちょうど良かった。


 意外と活字も悪くない。

 一冊、また一冊と本に没頭する時間ってのは、いいもんだと思った。

 スマホを気にすることもなかったし、パソコンとか他に誘惑されるものがなかったのも良かったんだろう。


 そうこうしていると、あっという間に時間は経って十七時の閉館を迎え、俺は外に出る。

 若干凝り固まった体を解すように伸びをすると、視線の先、曲がり角に赤いスカートの女の子姿が見えた。


 急いで家に帰るのか、微笑ましい。

 そう思った俺の耳に急ブレーキ音が聞こえ、俺は大慌てで角を曲がる。


 だがそこには何もない。

 走り去る車もなければ、人通りも、女の子の姿も。


(え?)


 俺は確かに車のブレーキ音を聞いたはずだ。

 だけど、何もない。


 ただ、夕方を知らせるチャイムの音に俺は呆然とその場に立ち竦むのだった。

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