第14話 告白
少し、ほんの少しだけ、湊の事を知りたいと思った肇は、次のバイトの日に、彼の話を聞いてみようと思った。
夏休み最終日。午前中で少しずつやっていた課題が終わり、今年もギリギリだったな、と思う。
(でも、イベントも行けたし)
そう思って、肇に告白してきた人たちを連想してしまい、恥ずかしくなって咳払いした。
今日は夕方からバイトだ。明日からまた、週三回のシフトになると思うと、少し寂しい。肇は準備をすると、バイト先へ出掛ける。
湊に会うのが気恥しいけれど、『バイト仲間』に『歩み寄って』みると考えれば、少しは気楽になるかもしれない。
「おはよーございます」
ロッカー室に入ると、湊がいた。肇は一瞬足が止まりかけるが、踏ん張って一歩踏み出す。
湊は振り返って肇の姿を認めると、笑顔になった。
「あ、おはよー肇」
湊の笑顔は、素直にかっこいいと思う。女子が騒ぐのも無理はない、と思うけれど、肇は男なので大して反応できない。
「こんな所で油売ってて良いのか? 開店前の準備もあるだろ」
肇が湊を無視せず話しかけたことで、湊はますます嬉しそうに笑う。全部終わったからここにいるんだ、と湊はスマホを取り出した。
「肇の連絡先教えてよ」
肇は迷った。でも、友達になるなら必要な事なのか? と自分もスマホを出す。
「あー、もっと早く聞きたかったな。夏休み終わっちゃうし……」
残念そうに言う湊。肇は、別に夏休みじゃなくても連絡すれば良いだろ、と言うと、そうだね、と何故か苦笑する。
「何だよその顔は。言いたい事あるなら言え」
「……いや、肇に言ってもなーって事だし……」
肇は睨んだ。何か言いたそうにしているくせに、言わないのは気持ちが悪い。
「夏休みの間だけだったんだよね、俺が自由に過ごせるの。そもそもバイトも反対されてるから、いつまで続けられるか……」
「反対? 誰に」
親だよ、と湊はため息混じりに言う。
意外だ、と肇は思った。反対されてまでバイトをしたかった理由は何だろう、と思い、そのまま聞いてみる。
「純一たちと過ごしたかったんだ。毎年夏休みは海外へ旅行に行っちゃうから」
「お前、ひょっとしてバイトも必要ないくらいなボンボン?」
肇が聞くと、湊は答えずまた苦笑しただけだ。
「だからね、もう少し、自由にやらせてって交渉してるところ。肇とも遊びたいし」
「……」
肇は視線を戻す。自由に高校生生活をさせてもらってる身からすれば、想像できない程の葛藤があるのだろう。
人知れず湊も苦労してんだな、と同情した。
(でも……何でもできて、イケメンで、性格も良くてチートなのに、好きなようにさせてもらえないって、ありがちだな)
「その割には、あまりしんどそうには見えないな。もっとヤケになったりとか、しなかったのか?」
肇はそう言うと、湊は笑う。俺の性格的に、そうはならないかな、と彼は言った。
「それに、俺の本当の願いはそこじゃないからね。そのために動いてるって感じかな」
どうやら湊はもったいぶる癖があるようだ。ハッキリ言えよというと、湊は首を横に振る。
「これはもうちょっと俺と仲良くなったらね」
「何だそれ。じゃあ一生聞くことはないな」
肇はそう言って着替え終わると、湊は声を上げて笑う。
二人で厨房に行くと、店長が珍しいものを見るような目で、こちらを見ていた。
「あれ、いつの間に仲良くなったんだい?」
「仲良くなってない」
「店長、俺、肇の友達に昇格しましたー」
「それは良かったねぇ」
店長と湊は、肇の言葉を無視してホールへ入っていく。その様子を見て、肇は苦笑した。
「何一人で笑ってんだ気持ち悪い」
横から声がして振り向くと、志水がこちらを睨んでいる。肇は真顔に戻すと、黙って準備を始めた。
ディナータイムが始まり、肇は忙しく動き始める。今日も客が多そうだ、と気合いを入れた。
しばらくして、肇はホールの様子を見る。
(湊……また絡まれてる)
高校生らしい女の子から、今日は何人も声を掛けられているのを、肇は目撃していた。夏休み最終日とあって、意を決して声を掛けたのだろう、いつもと真剣味が違う子たちばかりだ。
(またヘラヘラしながら相手しやがって……)
肇はイライラした。そしてふと、今日声を掛けられた子の中で、湊の好みの子がいたら彼は付き合うのだろうか、と思う。
彼の恋愛観は知らないが、少なくとも肉食系女子は断っていたから、今日の子たちみたいな、きちんと湊を想ってくれる子なら脈はありそうだな、と思う。
(っていうか、アイツの恋愛観とかどうでもいいだろ……仕事仕事)
彼が誰と付き合おうが、彼の自由だ。知ったところでどうする、と肇は湊を呼んだ。
「五番さん、オーダー待ってる」
「ああ……ありがとう」
湊の元気がない。心ここにあらずといった感じだ。
「どうした?」
「いや……今日、遅くなるかもだけど、一緒に帰ろ?」
「何だよ急に……早くオーダー取りに行け」
肇は湊の言葉には応えず、彼を送り出す。彼に何かあったのは確かだが、確かめている暇もないし興味もない。
それから、開店と同時にピークが来たからか、山場は早めに過ぎた。店長から少し早めに帰っていいと言われたので、湊と一緒に上がる。
「俺、ちょっと呼び出し受けてるから、待っててくれる?」
湊にそう言われて、肇はさっきの女の子か、と言うと、気付いてたんだ、と苦笑された。そりゃあな、と着替え始めると、店長に言われてるもんね、真面目だなぁと湊も着替え始める。
「何だよその何かを含んだ言い方。やっぱりお前、言いたい事言わないからムカつく」
肇が口を尖らせると、湊は乾いた笑い声を上げてごめん、と謝った。
「謝るくらいなら言え」
「うーん、もうちょっと段階踏みたいなぁ」
何だそれ、と肇は帰り支度をしてロッカーを閉める。
「あ、待ってよ」
「先に駐車場の出入口に行ってる。終わったらそこに来い」
肇はそう言って、裏口から外に出た。店の前を通ると二人組の女の子がこちらを見たので、この子たちか、と声を掛ける。
「多賀ならもう来るぞ。もうちょっと明るいところで待ったら?」
いくら店の前とはいえ、光が当たらない所で待っていては、危なっかしいと思ったので誘導する。
「ありがとうございます」
笑ってそう言った彼女たちは、素直に可愛いと思った。少し緊張していた方が、告白するのだろうか。
肇はそのまま駐車場の出入口へ向かい、着いた所でスマホをいじる。SNSを開くと、怜也が次のイベントで着る衣装を上げていた。
「いやいや、マスコットはそのなりでは厳しいだろ……」
時折怜也はお笑い方面のコスプレをする事がある。夏コミのモバイルバッテリーといい、次回はそれか、と肇は笑いを堪えた。
肇はその投稿にリプライを送ると、すぐに返信が来る。
『いや、何と言われようと俺はやる! やればできる子黒ネギさんだからな!』
「アホか……っ」
今度こそ肇は噴き出した。すると、湊の声が聞こえて、思わず息を潜める。
(しまったな……ここ、思ったより声が聞こえる)
移動して、終わる頃に戻ってこようか、と思うけれど、何故か足が動かない。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いえっ、こっちこそ呼び出してごめんなさい」
聞いたらダメだ、と肇はスマホをいじる。足が動かなくても、こちらに集中すれば、会話は耳に入らないはずだ。
しかし、肇の指は意味もなく画面をスクロールするだけで、全然集中できない。
肇は何故か湊の前にいる女の子と、同じように緊張してきてしまった。
女の子が大きく息を吐く。離れているはずなのに、その息づかいがこちらまで伝わってきて、肇はスマホを握る手に力が入った。
「入学式の時見かけてから、ずっと好きでした。多賀先輩は私の事、知らないかもしれないですけど、良かったら…………つ、付き合ってもらえませんかっ?」
(学校……多賀先輩……俺と同学年だったのか)
肇は、後輩からも知られる程の湊の人気ぶりに、今更気付かされる。
「えっと……顔を上げて?」
どうやら女の子は俯いていたらしい。今度は湊の返事のターンだ、肇は更に緊張する。
「ごめんね…………俺、好きな子がいるんだ、だから付き合えない」
湊の声は優しかった。この間言い寄られていた時とは全然違い、女の子を気遣っているのが声だけでも分かる。
「……っ、好きな子って……」
女の子も頑張って食い下がる。声が震えているのは、泣きそうなのを堪えているからだ。
「俺の片想いだけどね。今はその子以外考えられない、ごめんね」
「いえ、聞いてくれて、ありがとうございました……」
「ううん、気持ちは嬉しかったよ。……気を付けて帰ってね」
どこまでも優しい湊の声に、女の子はたまらず泣き崩れてしまった。肇は詰めていた息を、大きく吐き出す。
足音が近付いてくる。
「お待たせ肇、帰ろ?」
「……おう」
肇は湊の顔を見られなかった。
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