第13話 友達

「多賀……っ、何でここに……」


 肇は聞くけれど、湊は亮介を睨んでいて返事をしない。


 どうして多賀は亮介に敵意を向けているのだろう? 肇は湊がそんな顔をする事が、不思議で仕方がなかった。


「お前ともう少し仲良くしたら? って言ってあげてたんですよ。睨まれる筋合いないな……じゃあ肇、またイベントでな」

「ちょっと、そういう話はコイツの前でしないで下さい」

「行くよ、肇」


 湊と亮介の間に挟まれ慌てた肇は、湊に名前を呼ばれた事に気付かない。腕を引かれながら亮介を見ると、彼は笑顔で手を振っていた。肇も手を振ろうとすると、そのタイミングで腕をぐい、と引かれる。


「痛いって、多賀っ」

「湊って呼んで」


 湊は真っ直ぐ前を向いて、大股で歩きながら言う。肇は付いていくのがやっとで、腕を解こうと引っ張るがビクともしない。


「多賀! 何なんだよ! 離せ!」

「湊」


 グイグイと引っ張られる腕が痛くなってきて、肇は名前を呼ばないとラチがあかないと思った。どうして彼がそこにこだわるのか、分からないけれど。


「分かった! 湊、離せよ!」


 肇が叫ぶと、湊は手を離した。


「何なんだ……お前に邪魔される筋合いないぞ」

「また告白されてたの?」


 湊は食い気味に聞いてくる。人の話を邪魔するし、関係ない事を聞いてくるしで、肇はイライラが止まらない。


「だったらなんだよお前には関係ない」


 このセリフを言うのは何度目だろう? 肇は亮介の「歩み寄る」というワードを思い出したけれど、今は頭の隅に追いやった。


「ねぇ肇、俺と友達になってよ」

「……」


 湊の顔は、今は笑っていない。どうして彼は、そんなに自分にこだわるのだろう、と肇は思う。


「俺は、肇の事尊敬してるんだ。バイト先で全体を見て、適材適所に指示を出してくところとか、すごいと思ってる」

「……他のスタッフには嫌われてるけどな」

「……言い方の問題だと思う。あと、年下ってのも。だからね……」


 湊は真っ直ぐ肇を見た。肇はその目の力にドキリとする。


「俺にその役割させて。俺が言えば、みんな素直に聞いてくれるから」


 肇は湊の言葉を聞いているうちに、心臓が高鳴っていくのを感じた。湊の顔が見られなくて視線を落とす。顔が熱い、言葉が出てこない。


 その様子を見てか、湊は微笑む。


「前に女性客からかばってくれたでしょ? 間違った事してないのに謝るなって。あの時も言ったけど、本当に嬉しかったよ。真っ直ぐで不器用なところ、良いなって」

(ちょっと待て、俺の反応おかしいっ……これ以上聞いてられない!)


 肇は恥ずかしいのか、照れているのか、その両方なのか分からなくてパニックになる。ますます心臓は跳ね上がり、汗がダラダラと出てきた。


「……っ」

「肇?」


 会話を無視して、肇は全速力で走り出す。後ろで呼ぶ声がしたけれど、構うもんか、と走り続けた。


(何なんだ何なんだ何なんだ!)


 走りながら、湊の言葉を反芻する。


 湊は友達になりたいと言った。仕事ぶりを尊敬してると言った。真っ直ぐで不器用な所が良くて、口が悪い肇の代わりに、みんなへ上手く伝える役割を買って出たいと言った。


 何で、どうしてだ? と肇は思う。バイト先で湊にも、キツく当たっていたはずだ。なのにどうして、他のスタッフみたいに嫌わないのだろう?


 他の人とは違う湊の存在が、一気に近付いて肇は戸惑っている。


(何だろ、コスプレ仲間とは何か違う……)


 しばらく走って、肇は湊が追ってきていないのを確認して、歩きに変えた。


『お前、そっちが素だろ』


 亮介に言われた言葉が何故か出てくる。


 分かっている、いくら外見を変えようと、肇は肇だ。だからこそ、人気者になれるコスプレにハマった。


『不器用なところ、似てると思う』


 アイツが不器用? ニコニコして、何でもソツなくこなす彼が?


 亮介は、湊は自分を抑えすぎて損するタイプだと言った。それは肇が湊と出会ってからずっと、嫌いだったところだ。


 では、彼は何を抑えているというのだろう?


「……」


 気付いたら家に着いていた。肇は考える事を止めて、身体を休める事を優先する。

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