閑話 陛下と元騎士団長と、腹黒宰相



「陛下」

「タイスト、今日はディオンだぞ」

「へぇへぇ」


 隣国との長きに渡る戦争に終止符を打った功労者である、元騎士団長のタイストは、国王であるディオンと実は幼なじみ。

 身分の違いから、親しくなることは禁じられていたものの、隠れて剣術の稽古をしていた間柄だ。


「なー、ディオン。お前本気であの厄介な奴を抱える気なのか?」

「おうよ。だって俺、優秀な奴好きだもん」

「……だもんじゃねえよ……」


 馴染みの酒場。

 交わす木ジョッキには、なみなみと注がれたエール。

 どん、と底をテーブルに打ち付ける度に、中身がこぼれる。


「火種だぞ」

「だから良いんじゃねえか」


 長年の戦争相手だった、隣国のグラナート。

 血気盛んなグラナート王は、ようやくその矛を引っ込めた。


 バルゲリー王国は、資源豊富な鉱山を有し、さらに壮大な穀物(主に小麦)地帯がある。それらの資源をグラナートは武力で欲しがったわけだが――タイストが率いる騎士団と魔法技術の前に、その手を止めざるをえず、渋々貿易協定締結によって国交樹立に至る。その証に、王子が立太子した暁には、留学に行かせる、とのことだった。


 そのきな臭い隣国であるグラナートが抱える火種、それが。


「お待たせ致しました」

「おう、ラウリ」

「はあ、そうやって、気軽に呼びつけなさる……」

「酒場に来るのも命懸けか?」


 からかうディオンに、眉尻を下げるしかないラウリは

「まぁ、まだ追いかけられてますねぇ」

 と自分のエールを注文する。

「しつけぇな」

 タイストは、苦虫を噛み潰したような顔をしてエールを煽り

「ま、ネチネチしてるから、逆に停戦できたけどなあ」

 とこぼす向かいで、ディオンが

「お前の兄貴、ほんとなんつうか……嫌い!」

 言い放つ。


「俺も嫌いですよ。いつまで個人にこだわるのか。王としてどうなのかと」


 ラウリは、チーズを一口かじって、運ばれてきたエールをちびりと飲む。その間にタイストはもう二杯目だ。


「お前を獲得できたのは、嬉しいけどな」

 ディオンは、テーブルの向こうからラウリの肩をがしがし叩いた。

「頼むぞ宰相!」

「本気……なのですか? 俺は、影の文官で十分」

「何言ってんだ。優秀な奴には、その立場を与える」

「俺が裏切るとは思わないのですか?」


 その問いにタイストが

「お前が裏切るなら、俺が殺す」

 シンプルに返して、鳥の脚にかぶりついた。良く焼けていて美味そうだな、とラウリもそれを頼もうと決める。

「なら、安心です」

「安心、か」

「タイスト殿は、信頼できる」


 前線にあっても無闇な攻撃を控え、ポイントを抑えて戦意喪失させる、その手腕。

 ラウリは、この実直な騎士団長を尊敬していた。


「恩人を殺すのは、忍びねえけどな」


 だから、奸計かんけいにハマって殺されかけた彼を助けたのは、下心でもなんでもなく、純粋に惜しかったからだ。

 そしてそのことが、兄であるグラナート国王の逆鱗に触れ、斬られたが――殺され損なった。

 元々の誤解もあったことから兄弟仲はこじれにこじれ、王国を出奔した後でも『裏切り者』だと命を狙われる羽目になったのだ。


「なあ、王弟殿下。祖国に未練はねえのか?」


 じろり、と自分を横から品定めする豪胆な騎士団長に、

「ないですね」

 けろり、と放つ。

「あの人は、俺への怒りと妬みが原動力。近くにいると視野が狭まって、王国民のために良くない。このぐらいの距離が良いです」

 

 それを受けて

「亡命を、受け入れる。跡取りのいないヴァーナネン侯爵家が名乗りを挙げた」

 ディオンが、ニヤリと笑う。

「もう返してって言われても返さんぞ」

「は。ありがたく」

「うん、そうと決まれば、乾杯だ!」

 豪快に木ジョッキを掲げる国王へ

「平和に」

 騎士団長が続き、

「未来に」

 宰相が続いた。


 ゴツン、ゴツン。


「「「我が王国に、幸あれ!」」」


 ディオンが一気にエールを飲み干すと、タイストとラウリも同様にし、それからは他愛のない話をして。


「しっかし、グラナート王妃サマは、欲深いねえ」


 ディオンが、ラウリの壮絶な過去を酒の肴にする。


「まだそれ、言いますか」

「だってよぉ、十以上年下の義弟に言い寄るんだからさぁ」

「正確には、十三です」


 十六になったラウリの寝室に、忍び込んだ王妃。

 目的は言わずもがなである。

 

 闇魔法使いであるラウリは、咄嗟に眠らせて逃げて事なきを得たが、あろうことか「部屋に来るよう、脅迫されたのだ!」と言い張った。

 しかも跡取りとして産まれたヨウシアがラウリにそっくりだったので、余計に話がややこしくなり、兄弟仲は修復不可能となった。


「自己顕示欲の塊ですからね。兄が他の寵姫に入れ込んでいた、その腹いせです。醜い」


 停戦条件に、バルゲリーの抱えるダイヤモンド鉱山を欲しがったのは、他でもない、王妃だ。

 採掘量と技術を名目に、年に決められた量を優先供給することで落ち着いたが、この調整もまた骨が折れ。活躍したのはラウリだった。古参の商人たちの協力を仰いで別事業からの撤退をほのめかし……思い出すだけで胃が痛いな、とラウリは新しいエールのジョッキを傾ける。


「じゃあもう女は、こりごりか?」


 タイストがニヤリと笑う。


「そうですねえ……純粋で真っ直ぐで、正義感や理想のために生きる女性というのは、はたしてこの世に存在するのでしょうかね……」


 ラウリの深い溜息に、

「お前さんは、人との縁に好かれてる。いずれ出会うだろうよ」

 騎士団長らしく真面目な顔をしたかと思えば

「ま、俺の可愛い娘は、嫁にやらんからな」

 父親の顔で凄んだ。


 タイストの娘なら、きっと明るく笑う女性に違いない、と勝手に想像し

「それはないですよ」

 闇にまみれた自分とは相反する存在だろう、と検討をつけた。


「わからんぞ?」

「……その時は、ちゃんとご挨拶に伺います」

「そうしてくれ。できれば、娘はやらん! て三回殴らせろ」

「三回も!?」


 ――婿殿、大変だな。

 『戦場の疾風』のタイストに、三回も殴られたら死……



 

 ◇ ◇ ◇




「ラウ、そろそろ起きろ。夜が明ける前に移動しよう」


 木々の隙間から差す月光にきらめく、アメジストのような紫の瞳に見つめられ、

「俺、多分死ぬ」

 寝言がぽろり。


「? 大丈夫だ、守ってやろう」


 ――元騎士団長と、現役護衛。

 その戦い、めちゃくちゃ、見たい。


「……ありがとう」


 その日を夢見て、身体を起こす。

 夜風に背中がぶるりと震えたので、アレクサンドラの肩を抱き寄せたら――手の甲をつねられた。


「ふ、温まった」

「馬鹿言え。……行くぞ」


 月だけが、笑っていた。

 

 

 

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 お読み頂き、ありがとうございました!

 ラウリの背景をきちんとストーリーとして入れると膨大な量になりそうだったので、閑話にまとめさせて頂きましたm(_ _)m

 ※アレクサンドラがいないので、本日の一殺はお休みです。

 

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