16 全知全能は、輝きを増す



 捕らえた影は、残念ながら口を割らないまま牢獄内で自害してしまった。

 それもまた騎士団の失態である。


「あれほど、きちんと見張れと言っただろうが!」


 激高するアレクサンドラが今いるのは、宰相執務室だ。


「証拠はないが、わざと見逃したのだろうな」

「ちっ」


 ラウリはついに、その姿をもう隠さないことにしたようだ。

 敵があからさまに狙ってきている以上、無駄な魔力消費だと判断したらしい。冴えないヒョロヒョロ男が、急に高身長でがっしりとした体躯になり、しかも眼鏡もかけていないので――何かにつけて王宮に来るレディが増えたとかなんとか。


「ヨウシアが、帰らないと言い張っている……まいった」


 そんな浮ついた周囲に構っている暇など、今はない。

 珍しく苦悩するラウリは、机の上で両手を組み、その拳の上に額を乗せたまま動かない。


「叔父思いだな」

「悪いが、冗談言ってる場合じゃない。早く帰らせないと、今度は婚約者殿が危ない」


 リーセロット侯爵令嬢はグラナート王国内にいて、バルゲリー王国へ留学に来ているヨウシアとは、現在離れ離れだ。

 

「やはり、アレキサンドライトが狙いか」

「……ああ。クロード殿下に持って行ったあの書類は、昔なじみの商人からの嘆願書でな。夏の大洪水で、収穫寸前だったグラナート南西の小麦地帯がほぼ全滅した、援助してくれ、という俺個人宛のものだ。グラナートには今、王国民を賄えるだけの蓄えはないだろう。時期が悪いからな」


 ようやく収穫する時期に入ったところだ。

 自国内においてすら、よほどの収穫高に恵まれない限りは、他国に分け与える余裕はない。


「飢餓が襲ってくる前に『豊穣の石』を手に入れて、巻き返したいのだろう。ついでに憎い俺も殺せれば御の字、てところかな。ジリー男爵まで使って、ご苦労なことだ」

「この石ひとつで、国を救えるか?」

「救えるんだよ。だからこその国宝だ」

 

 正しく使う事で天候を安定させ、土壌を豊かにする。

 作物が早く丈夫に育つ。

 生き物全てに活力を溢れさせる。

 アレクサンドラの愛剣の柄頭に付けられているのは、本来そんな石なのだそうだ。


「それなら……なぜ、奪おうとするのだろうな……」

「兄は、そういう考え方しかできないのさ」

 寂しそうにラウリが笑うのに対して

「相容れない存在とは、一生分かり合えない」

 アレクサンドラがズバリ言い切ると、ようやく顔を上げ

「そうだな」

 と頷く。その顔を見て

「ふむ――思いついたことがある。聞くか?」

 ニヤリと口角を上げるアレクサンドラに、嫌な予感がする! とラウリがその背を震わせつつも耳を傾け――


「アレックスーーーーーー!!」

「なんだ?」

「おま、なん、んもう! くっそーーーー、最高だ!」

「それほどでもない」

「愛してる!!」

「……やっぱり殺すか」

 

 本望! と叫ぶラウリががばっと両腕を広げたので、アレクサンドラはそれを無視し、宰相執務室から颯爽さっそうと出て行った。


「あーもう、照れ屋さんめー。だが、そこもイイ」


 またそんな独り言でぶるりと寒気がしたので

「しっ」

 厭味を言う例の近衛騎士と再びすれ違いざま――素早く剣をふるったかと思うと、すぐさま鞘に収めた。

「ぎゃ!?」


 はらはらと散った髪の毛の束が、床でこと切れている。

 

「前髪。伸びてたぞ」

「っっ、ど、どうも……」


 ――俺、まだ何も言ってないのに! と涙目の彼を、隣の彼が無言で慰める。


 アレクサンドラの寒気は、消えていた。



 

 ◇ ◇ ◇



 

「殿下御自ら、わざわざ申し訳ございません」


 同乗した馬車で、金色のサラサラとしたマッシュルームヘアが揺れている。

 アレクサンドラの言葉にぷくりと頬をふくらませるあるじは、

「親善大使が行かないとさ。また戦争になったら、嫌だもん! ねー、ヨウシアくん」

 となんでもないかのように言う。その隣に座るヨウシアは、黙って眉尻を下げるだけだ。

 明るく振舞っているものの、まだ幼いリュシアンが『いつ暗殺されてもおかしくない』と相応の覚悟を決めて来てくれているのを、アレクサンドラは当然見抜いている。


「アレックスは、命の恩人だからね。恩を返させてね」

「あれは、偶然」

「ううん、僕分かってるよ。野盗に見せかけた暗殺だったんでしょ?」


 この人もまた、さといのである。

 誤魔化せず、アレクサンドラは大きく息を吐くしかできない。

 ヨウシアは、苦悩の表情で窓枠に肘を置いて、拳を頬に当てて外を眺めている。


「タイストと二人で、守ってくれたんだよね。じゃなきゃあの時、母さまと一緒に死んでいた」

「……」

「感謝しているよ! 兄さまが王太子となられるのが、僕は嬉しい。だから今の僕に出来ることをして、兄さまを支えたいんだ! そのためなら、どこにでも行くし何でもするよ」

「ですが、恩などと。殿下のお陰で、私は騎士となれたのです」

「それだけどね。僕じゃないよ、ラウリだよ」

「え?」

「第二王子なんて、まつりごとに何の権限もない。でしょ? 僕はお願いしただけ。あんなに黒いラウリ、初めて見たんだあ、僕」


 ふふふ、と笑うリュシアンの笑顔が、眩しい。


「叔父貴がそこまで惚れるなんて、すごいな」

 

 ヨウシアがニヤっと口角を上げてこちらを横目で見る。その顔が腹黒宰相に似ていて、アレクサンドラは思わずイラっとした。

 それを悟る隣国の王太子は、

「こんな顔で悪いな――俺と叔父貴は、名君・剣王として知られた亡き祖父にそっくりなのだそうだ。だから父王には嫌われている」

 と愚痴交じりに吐き出す。

 

「現国王は似ていないのか?」

「ああ。似ていない。あちらは祖母に似たようで、色も違うのだ」

「なるほど」


 アレクサンドラからすると、ただの遺伝だ。

 だが本人にとっては、大きなコンプレックスの原因なのかもしれない。


「……だからといって実の息子ですら排除とは、ずいぶん狭量きょうりょうなことだな」

「ほんとだね」

「俺が王太子になったのは、筆頭公爵家のゴリ押しだからな。本心は、寵姫に産ませた異母弟へ継がせたいのだろう」


 話をしながら、リュシアンは静かに魔力を高め、ヨウシアは帯剣の柄に手を伸ばしている。

 アレクサンドラは座ったままの姿勢で、いきなり馬車の扉を蹴飛ばして開けるや、御者ぎょしゃに向かって怒鳴る。

 

「走り続けろっ」


 眼前を並走していたのは、馬上で剣を構える、黒ローブの刺客。敵が一瞬硬直したのを見計らって、アレクサンドラはその馬に飛び移る。


「させるか!」


 そうしてすかさず手綱を奪ったかと思えば刺客を蹴落とし、馬を御しながら抜いた剣をに構えた。

 

 全知の剣が、全能の目と共に、輝きを増す――

 

 

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 お読み頂き、ありがとうございました!


 本日の一殺:近衛騎士の前髪(斬殺)

 理由:だから、身だしなみ!(八つ当たり)

 

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