9 キラキラ王子は、斜め上を行く



「で、殿下! なりません!」


 王宮の廊下をずかずかと歩いていく第一王子のクロードを、泡を食った様子で追いかけるのは儀典官だ。

 学院を休んで五日目。アレクサンドラとラウリが潜入調査している間、彼は何を思ったか――


「私の財産なのだから、私が自由に使っても良いだろう!」

 

 部屋から出て来て顔を見せることで周囲を安心させたものの、宝物保管庫に入りたい、と方々で役人たちと押し問答をしていた。

 ついに宝物庫の前までやってきたクロードに、儀典官――真摯に業務に取り組む青年だ――は懸命に追いすがる。


「殿下! どうぞお引き取りを」

「なぜだ! 私のものだぞ!」

「殿下のものであって、殿下のものではないのです」

「意味がわからぬ! いいから今すぐ開けよ。……さもなくば、斬るぞ」

「ひっ」


 儀典官は「私は知らないぞ……知らない……」と震えながら、懐のカギを取り出す。

 クロードが扉に手をかざし、王族にのみ知られている封印魔法を解く言葉を告げ、儀典官がカギを鍵穴に差し込んで回すと。

 


 ゴゴゴゴゴ……



 バルゲリー王国宝物庫の扉が、開いた。




 ◇ ◇ ◇



 

 翌早朝、王宮を駆け巡ったのは、ふたつの衝撃だ。


 ひとつは。

 宝物庫から、国宝がいくつか消えた。


 もうひとつは。

 第一王子クロードが、忽然こつぜんと姿を消した。



 儀典官の証言(お止めしたのですが、と大号泣で床に膝を突いていた)で、バルゲリー王国宝物庫をクロードが開け、中の物をいくつか持ち出したことを知った国王は。


「まったく、暴走しよってからに……今すぐラウリを呼べ!」

 

 私室から玉座の間へ速足で向かいながら、宰相を呼びつけた。


 


 ◇ ◇ ◇

 



「は? 行方不明? 近衛は一体何をしていたんです!?」


 玉座の間に呼び出されたラウリの声は、思わず裏返った。

 さすがに苦々しい表情で、それに相対するバルゲリー国王は、

「騎士団長は後で叱責する。まずは事態の把握と、解決が優先だ」

 と言い放つ。

 

「はあ……えーっと……アレクサンドラ・シルヴェンを呼んでもらえます?」

「タイストの娘だな。リュシアンの護衛の」

「今回の件の補助を依頼しています」

「なるほど」


 国王が目で合図を出すと、役人が走って出て行った。


「あー、ひょっとして?」

「アレクサンドラが来たら、人払いを」


 ラウリは、頭を抱えた。


「ついに、動きよったぞ」

「ですねえ……」

 

 結局国王の手のひらの上かよ、とラウリから苦笑が漏れる。


「ラウリ。いい加減、逃げずに決着をつけろ」

「分かってます」

 

 行き場のなくなった自分をごと拾い、その脅威すら飲み込んで糧にしてやろう、と受け入れてくれたこの豪放磊落ごうほうらいらくな国王は、紛れもなくラウリの恩人なのである。

 クロードもリュシアンも温厚な王妃に似てしまったが、これからの世はそれで良いと彼は笑う。


 ――ただし、後始末はきっちりとな。


「分かってますよ……」

 

 やがて響き渡るノック音を聞き、ラウリは背筋に力を入れた。




 ◇ ◇ ◇




 七日間休むはずのクロードが、の早朝に学院の寮を訪れて、エミリアナを呼び出した。


「さあ、行こう!」

「え?」

「君の実家へ、だよ」

「!?!?」


 エミリアナは、パニックに陥った。こんなストーリーは、シナリオに無いからだ。


「え? え? 今から、ですか?」

「大丈夫だよ、ほら!」


 屈託なく笑う王子が、手に持っていた布袋の紐をほどくと――


「ふわあ!」


 色とりどりの宝石が、入っていた。


「君が欲しがっていたものだよ。早速渡しに行こう」

 

 目がくらむ、とはこのこと。その輝きに魅せられて、彼女は頷くだけだ。


「さすが王子様です……!」

「ははは。そんなことを言われたのは初めてだ。可愛いな、エミリアナは」

 

 ニコニコと差し出されたクロードの手を取るエミリアナは、夢心地だ。

 第一王子と知り合いになったと言ったら、大層喜んでくれた実家の両親。言われるがまま、家業が苦しい、国宝と言われているあの宝石があれば助かるのに、という話をしていたら――本当にそれを叶えてくれるだなんて! と、何の疑いもなく馬車へと一緒に乗り込んだ。

 


 

 ◇ ◇ ◇




「アレクサンドラ・シルヴェン。というわけで、ラウリとともに任務にあたってくれ。これは『王命』である」


 国王の間に呼び出されたかと思えば、改めて『王命』を受けたアレクサンドラ。早朝から何事かと戸惑うばかりだ。

 ステップを五段ほど上がった玉座に座る国王の傍らには、宰相であるラウリが『分厚い眼鏡の冴えない姿』で立っている。今となっては、違和感しかないが。


「恐れながら」


 アレクサンドラは、最大の礼を示すための『床に片膝をつく騎士礼』を行っており、頭は下げたままだ。

 

「うむ。おもてを上げ、楽にせよ。発言を許そう」

「は」


 立ち上がり見上げる目線の先には、壮年の王。

 未だに衰えることを知らない充実した体躯で、覇気をまとっている。国王というよりは『将軍』だな、とアレクサンドラは内心思っている。

 

「つまりは、クロード殿下を無事に連れ帰り、国宝を宝物庫へ戻せと」

「察しがいいな」

「恐れ入ります。ちなみに持ち出された国宝は何かお分かりでしょうか」

 

 するとラウリが、無言で変化の魔法を解いた。

 ぎょっとしたアレクサンドラは思わず周辺に目を配るが――人払い済だ。気配も魔法もことに、とりあえず安心する。

 

「アレキサンドライト」


 国王が明瞭に言うその名が、自身の名と似ていることに、アレクサンドラは気づいた。


「全知の石さ」

 ラウリが静かな声で言うと、ゆっくりと近寄ってくる。アレクサンドラの左側に立ち、国王に向き直るや

「ホンモノは、ここにあるけどね」

 といたずらっぽく笑いながら、アレクサンドラの剣の柄頭を小さな動作でつんつん、とつつく。


「は!?」

「おいラウリ。ばらすのが早くないか?」

「いいえ陛下。早めに言っておかないと、私の命が危ないので」

「そうか。ならばいい」

「え。これが、国宝だと?」


 青いから、勝手にサファイアだと思っていた。父から贈られた時には、貴重な宝石だとしか聞いていない。

 

「「そうだ」」

 息ぴったりの国王と宰相。

 

「そこが一番安全だろ?」

 ラウリに言われても、腑に落ちない。

 苦笑しながら国王が

「タイストがな、そこがいいと言ったのだ」

 と補足する。

「父がですか」

「ああ。余もそう思ったから、そうしたまでよ」

「は……い?」

「何も聞かされておらぬのか?」

 

 タイストは、大事なことは全く話さない。

 アレクサンドラの母とも、それが原因で喧嘩をするのは日常茶飯事だ。


「なにも……存じ上げません」

「ふうむ。ま、道すがらラウリに聞くと良いぞ。では、頼んだ」

 

 ラウリに、何を知っているというのだ? と咎める視線を投げたら

「あー、ほら。俺、宰相だし?」

 バカみたいな返事が返ってきて、思わずその横腹に肘鉄を食らわせようとしたら「殺気!」と逃げられた。


 あまりにもしゃくだったので、退室してから閉めた王の間のドアの持ち手を無駄に締め上げてしまい――ごきゃ、と音がして飾りが外れた。


「うわ! これ、もっと高そうだぞ!?」

「知らん」


 歩きながら後ろ手に放り投げたら、やはりふかふか絨毯の上で絶命したようだ。ごとり、とその鈍い金色の体を横たえて、ただの塊になった。



 後からそれを発見した役人が、悲鳴を上げた。


 

 

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 お読み頂き、ありがとうございました!

 

 本日の一殺:王の間のドアの取っ手に付いていた飾り

 理由:宰相だから、何だと言うのだ! の憤り。


 ※人払いしていたので、扉の開け閉めをしてくれる人はいませんでした。不運。

 

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