7 病みナルシストの憂鬱



 伯爵家でもある枢機卿の息子ショルスは、背中まで伸ばした輝くプラチナブロンド。黒い瞳はミステリアスだと評判の、美麗なルックスだ。

 幼いころから、この見た目で老若男女問わず篭絡ろうらくしてきた自負があり、流し目だけで心臓を貫かれる、と噂されるほど。

 そんな彼にも「自分の内面までは、誰も見てくれない」というコンプレックスがあり、それを癒すのがヒロイン、というシナリオだった。


「どうしたの、エミリアナ。元気ないね?」

「……ルトガーも、ファージも、来ないね」


 放課後に皆で集まるはずの中庭のガゼボには今、エミリアナとショルスしかいない。皆で他愛のないお喋りをして、日が傾いてから帰宅するのが日課であるにも関わらずだ。

 欠席している第一王子クロードだけならまだしも、ルトガーは鍛錬する! と演習場に行ったままだし、ファージは図書室へ行くと言って不在。理由は分かっていても、エミリアナは不満だった。なぜならこれは、『シナリオにはないこと』だから。

 

「ふたりきりは、嫌かい?」


 眉を寄せるショルスの言葉に、エミリアナは我に返る。

 知らないストーリーでも、彼の機嫌を損なうべきではない。

 

「っ、そんなこと、ない」

「なら、少し散歩でもしようか」

「うん……」


 立ち上がるエミリアナの憂い顔は、当然晴れない。

 それを見たショルスは、私が一緒にいるというのに、とたちまち眉をひそめてしまった。

 

 ある日、クラスルームの片隅で神への祈りを捧げていたら、貴方は見た目だけでなく、心も美しい人だと褒めてくれたのに――その時の彼女と今とでは、別人のように思えて仕方がない。そして、今日の様子でますますその印象を強めている。彼女の根本的な何かが、変わってしまったように感じてしかたがないのだ。


 ショルスは枢機卿子息としての誇りを持ち、修行にも切磋琢磨してきた。だから、例え恋心が移ろっていったとしても――クロードに心変わりしたとしても――彼女への気持ちは変わらず、見守りたいとさえ思っている。だが最近のエミリアナは――


「ねえエミリアナ。覚えているかな? 僕たちが出会った最初の頃」

「うん?」


 ショルスは、試すようなことなどしたくない。

 ただ、知りたいだけだった。愛しい人のことだから。

 

「クラスルームの奥で、一緒に」


 足を止めて、じっとエミリアナの瞳を見つめる。

 

「っ、あ、うん、そうだったね!」

「でも今日は、来なかったね」

「あー……えっと、忙しくって?」

「ふうん」

「ショルス様、ごめんなさい」

「違うよ、強制するものでもない。気にしないで」

「あの、えっと……はい」

 


 ――エミリアナ。その顔は。

 君はもしかして、分からないの? 覚えていないのかい?

 まさか、そんなことがあるというのか……あのキラキラとした、ふたりだけの……

 

 

「君は……誰?」

「え?」

「いや、なんでもない。さ、このまま寮の近くまで送ろう」



 ――それとも、僕の、独りよがりだったのかな。だったら、悲しいが。


 

 手で、先を促してまた歩き出す。

 ショルスのその足は、かつてなく重くなった。

 気持ちだけではない。物理的に、何かがのしかかっているような感覚がある。

 首にまとわりついているような、息が苦しいような、それでいて――懐かしくて、温かいような。

 

「うん。ありがと」

 

 

 ――これは、なんだ。

 

 なんなんだ?

 

 僕は、病んでいるのだろうか。おかしいのは、僕なのだろうか。それとも?

 


「ねえショルス、明日も学校来る?」

「……? もちろんだよ」

「そ、う」

「どうしたんだい?」

「え? いいえ。シナリオはどうだったかなって」

「シナ……?」

「あっちがう。えっと、魔法制御の講義。いつだっけ?」

「魔法制御? 三日後だけど」

「七日休む。今日五日目だから。うん。合ってる大丈夫」

「エミリアナ?」

「ありがと!」

「……どういたしまして」

 

 そんな二人の様子を、アレクサンドラは視界の端にとらえ、ラウリは

「本命来たり、だな」

 と背伸びをしながら言う。

 

「なんだか様子がおかしい」

「ああ。少なくとも、楽しそうではないな。何か視えるのか?」


 最初にアレクサンドラの『全能の目』が捉えたのは、ショルスのだ。


「あれは……!」

「どうした」

「ラウリ、魔力は残っているか?」

「申し訳ないが、割とだ」

 

 姿だけでなく、声も変える高度な変身だ。むしろ一日やり続ける方が変態、ぐらいの魔法であるから仕方がないのだが、アレクサンドラはそれでも内心舌を打ってしまった。

 

 二人はそのまま、裏庭の方へと歩いていく。

 校舎をぐるりと散歩する、学生たちのお決まりのコースだ。


「潜入して正解だったな」

「ん?」

「殿下には申し訳ないが――色恋よりでかい事件の予感だ」

「なんだと……? まさか、陛下め……くっそ。してやられた」


 ラウリの脳内には、したり顔の国王。


「せめて、めちゃくちゃ経費請求してやる!」

「しっ」

 

 アレクサンドラの目線の先で、会話を交わす二人の様子は――おそらく普通に見かけたならば、異常はない。

 だが、『全能の目』に視えているものがある。

 

「あれはいったい……どういうことだ」

 ぼそりとつぶやく目線の先で、エミリアナの周囲が黒くなったり、白くなったりする。ショルスが微笑んだり、眉間にしわを寄せたりするのと、そのタイミングとが合致している。

「どういうこと? あ、アレックス」

「感情ではない、別の何か……」

「おーい」

「あれは、ナニモノだ?」

「おーいってば」

「ちっ」


 いい加減だまれ! と目だけで強く睨むアレクサンドラに、涙目で

「まほう、きれそう」

 と泣き言を言う、ラウリだった。

 

 

 

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 お読み頂き、ありがとうございました!

 

 本日の一殺:目で殺す

 理由:今忙しいんだよ! 魔法切れるだと? 計画もせず無駄遣いするからだろうが!

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