6 謀略ヒロインと脳筋わんこ



 エミリアナ・ジリー男爵令嬢は、乙女ゲーム『恋愛は、学院の中で学びたい!』のヒロインである。

 そしてエミリアナの頭の中には、そのゲームのシナリオがある。思い出したのは、この学院の名前を聞いた時だ。

 

 傾いた家業で抱えた借金を返すため、どうにかして裕福な貴族のところへ嫁に行け! と無理やり受けさせられた学院の入学試験。エミリアナはなぜか高得点を出し、入学金と初年度の授業料を免除される程の栄誉を受けた。乙女ゲームの中のミニゲームに、入学試験でハイスコアを出すと見られる『限定ムービー』が実装されており、エミリアナはシナリオに従って問題を解いただけだが。

 当然、学力の基礎があったわけではないので、入学後の成績はふるわないどころか、最下位だ。そうして授業料免除取り消しの憂き目にあっていても、本人はどこ吹く風。というのも――


「第一王子の、婚約者になるんだもん!」

 

 ――乙女ゲームのヒロインに転生! なんてハッピーチート!

 と、自身の前世の年齢や死因は忘れているが、ゲームのことはよく覚えていたため、エミリアナはこの生をゲームプレイ感覚で楽しんでいたからだ。

 

 

 本日の午後は、男子は剣術、女子は刺繍の講義である。

 そのため、着替えなど早めに準備しなければならない男子たちとは別行動。いつもはに囲まれているが、今は当然一人で食堂の窓際にいる。中庭の景色を眺めながら、頭の中のシナリオを再確認中だ。


 クロードにアプローチをし始めた時には、第一王子殿下に近づきすぎですわ! と他の令嬢たちに詰め寄られたが――シナリオ通りクロードの前で泣き真似するだけで(シナリオでは本当に泣いていた)全員蹴散らしてくれたのは、爽快な出来事だった。

 以来、エミリアナがどれだけクロードの腕にまとわりつこうと、誰も何も言っては来ない。

 

「ヒロインって、つくづく最強な存在だなあ」


 攻略対象者である『脳筋わんこ』こと、騎士団長の長男であるルトガー。自分に自信がなく『貢ぎ体質』な公爵令息ファージ。優しく包み込んでくれる、『ヤンデレナルシスト』の枢機卿の息子ショルス。全てにフラグを立てることで、王子の恋心が燃え上がる。そのため、本命である王子ルートに入るまでは、全員とイチャイチャしよう(楽しいし)、というのがエミリアナの考えていることだ。

 

「でも思い出せない……女騎士なんていたかな? ま、モブだろうけど。ヨウシアもカッコ良いけど無愛想すぎる。さすがモブ」

 

 婚約者がいるというのに、エミリアナに恋をしてしまった! と、クロードが悩みに悩んで学院を七日間欠席するのも、

 戻ってきた彼は、「自分の心に正直に生きることにしたよ!」と、堂々とヒロインとの恋路を突き進んでいく。


 そうして進むストーリーは、王道の恋愛模様。キラキラとした容姿端麗な王子に甘い言葉をたくさん囁かれ、王子ルートに入ると王子の恋敵に変身する、攻略対象者たちとの駆け引きを楽しむ。婚約者のフローラが仕組んだ嫌がらせを断罪して婚約破棄し、最後は王子との結婚式だ。

 

 このゲームの良いところは、失敗しても悲惨なバッドエンドにならないこと。

 家業が失敗して街の食堂で働くか、修道院行きか、一番最悪のパターンで国外追放。

 

 だからのエミリアナは、のめり込んだのだ。

 

「次のイベントは確か、魔法制御の講義ね!」


 エミリアナに嫉妬した婚約者のフローラが、自身の膨大な魔力を利用して嫌がらせをしてくるのだ。

 その行為で、クロードとフローラの間には、決定的な亀裂が入る。


「たのしみ、たのしみ~~~~うふふふふ」


 クロードが再び学院に来るまで、三人の攻略対象者とどこまで進めるか。

 エミリアナの頭の中には、『シナリオ』しかなかった。周りの不穏な空気も、魔法の存在も、目に入ってはいても、頭には入っていないのである。



 

 ◇ ◇ ◇




 興奮気味のフローラとのランチを無事終えた二人は、剣術講義のため演習場に来ていた。


「ところで貴様、剣術は」

「あー……ははは」

 

 着替えて集まり始めた男子学生たちが、アレクサンドラをチラチラと盗み見ている。

 

 貴族の子息のたしなみとして、最低限の稽古を受けている者から、騎士団入団志望者など、その練度はさまざま。

 その中でもヨウシアは、さすが武術に秀でた隣国グラナートの王太子なだけあって、講義でも手本を演じるほどの腕前なわけだが――今の中身はだ。


「ごまかす!」

 屈託のない口調で言い切られたので

「はあ!?」

 アレクサンドラは頭を抱えそうになった。


 ――誤魔化せない相手が、いるんだがな……



 現騎士団長令息の、ルトガー。

 現騎士団長は、元騎士団長のアレクサンドラの父とは、犬猿の仲。引退した身でありながら剣術指南として戻ってきた挙句、タイストを毛嫌いしている(情けない)。アレクサンドラのことも良く思っておらず、何かにつけて「女の癖に」「嫁にすら行けない出来損ない」と言ってくる。

 

 それが隣国の王太子警護についているのだから、

「先生。本日はそちらの本職の護衛の方に、ご教授願いたい!」

 などと無駄に絡んでくるのは、当然といえば当然だった。

「女性にして騎士とは、どのような腕前か!」

 

 取り巻き学生たちも、

「夜の腕前だろう?」

「わっはっは! それは是非ご教授願いたい!」

「俺も俺も! 今晩どうすかー!」

「ぎゃははは!」

 乗っかって煽りだし、収拾がつかなくなった。

 

 ――私が真剣を帯剣しているのをわかって、言っているのだろうな?


 とか言っちゃダメなんだろうな、と思っていると。


「なあアレックス。俺、キレそう」

「貴様が先にキレてどうする。我慢しろ」

「悪ガキどもが。夜の腕前とか想像されただけで殺したい。てか殺す」

「ばっ!」

 

 思わず振り返ると、ラウリから黒い何かが漏れている。


「おい、闇の魔力漏れてるぞ」

「げ。ああ視えるのか。……はー」

「ま、誤魔化す手間が省ける。ご期待に応えるとしよう」

「!?」

 

 アレクサンドラは、演習場中央に進み出た。


「教授、とは具体的に何か」

「手合わせ願う!」

 

 ルトガーは、金髪碧眼の青年だ。

 そこそこ鍛えていることが分かる体躯だが――お遊び半分だ、とアレクサンドラはその精神を瞬時に見抜いた。


 戦うことを、人間同士のチャンバラ程度にしか思っていないのが丸わかりだからだ。

 この世界の治安は良くない。冒険者で食って行けなくなった暴れん坊たちは野盗になるし、運が悪ければ、人など造作もなく殺せるような魔獣に遭遇することだってある。

 それらから民を守るのが騎士団の任務のうちの一つであるが、前線に立とうとする気概が全く感じられないのは、気のせいではないだろう。


「了承する。先生、いかがか」

 講師もまた騎士団の人間で、幸いにも父タイストと懇意の騎士だ。講師として適した人選だ、と安心する。

「……すまない」

「いえ。こちらこそ」


 彼は当然、アレクサンドラの腕前も知っている。

 その四文字に、色々深いものがこめられている――彼もまた、ルトガーに手を焼いているのだろうと察せた。ならば。


「稽古ではなく、手合わせ、と仰るか」


 演習場中央で、アレクサンドラは刃を潰した模擬剣を片手に、腹から声を出す。


「おう!」


 ルトガーも模擬剣を構え、意気揚々と叫んだ。


「手加減無用!」


 好都合だな、とアレクサンドラは心の中で笑む。


 ふしだら男爵令嬢にを抜かし、健全なフローラ嬢を傷つけるような輩は。


「……殺し屋でなくとも、殺したい」


 流れる銀髪とともに、ささやく言葉が宙を舞う。


「? おじけづいたか?」

 にやけるルトガーに、アレクサンドラは

「いえ。いつでもどうぞ」

 静かに、正眼に構えた。


 ぴゅいー!

 やっちまってください、ルトガー様!

 負けたら、夜にーっ

 ばかお前! あ、俺もー!


 

 ――おい、ラウリ。また漏れてるぞ。やれやれ。早急に終わらせるか。

 

 

「では……はじめ!」


 先生の合図で、ルトガーは

「はあっ!」

 気迫と共に、馬鹿正直に真正面から斬りかかってきた。


 アレクサンドラは、声すら発さずそれを軽くいなし、素早く彼の横を駆け抜けるや、振り返りざまその背をガードと呼ばれるサーベルの鍔元でドン! と押す。


 上体が流れたままのルトガーはバランスを崩し、地に両手両膝を突いた。


 アレクサンドラは、悠然と背後からその肩に、剣の腹を置く。

 

「いかがか?」


 しん、とする演習場で背後から掛けられる冷たい声に、ルトガーは

「卑怯な!」

 と、アレクサンドラの模擬剣を乱暴に腕で払うと、顔を真っ赤にして振り返りながら立ち上がった。

「卑怯?」

「背後からとは!」


 ――あきれてものも言えんな。正々堂々、正面からしか戦わないつもりか?


「なら、やり直しをどうぞ」


 アレクサンドラは、す、と剣を下ろし、再び中央へ戻る。

 息を呑む学生たちに、侮蔑の視線を投げつけながら。

 貴様らが慕っているこいつは、空っぽだぞ、と言わんばかりだ。


「当然だ! 先生、合図を」

「っ……構えて」

 

 威嚇するよう上段に構えるルトガーに対し、アレクサンドラは下段の構え。

 『上体がら空き』で、剣先をゆるく相手の左膝に合わせたそれは、隙が多くあると見せかけて。


「なめんな!」

「はじめ!」


 案の定大きく踏み出し、上から斬りかかってきたルトガーの剣を、下から思い切り振り抜く。


 ガン!

 

 その一撃を受けて、彼の模擬剣は手から離れて飛び、遠くにガララン、と落ちた。


 剣を失った両手を挙げたまま、呆気に取られる彼の喉元に、アレクサンドラはまたしても悠然と剣先を突き付ける。


「正面からだが。またやり直すか?」

「っ……」


 言葉を失うルトガーへ、アレクサンドラは剣を下ろすその代わりに

「女騎士だから、なんだ? 実力以外に、何が関係する。騎士に必要なのは、強さと矜持きょうじだ。貴方にはどちらも無いようだな――これが真剣なら、既に二度死んでいる」

 現実を突き付ける。


「……アレックス」

「! 先生、すみません。やりすぎましたか?」

「いや。相変わらず、気高いな」

「恐縮です」


 先生である騎士が、学生たちを振り返り、声を張った。


「貴殿らが『なりたいもの』は、なんだ? 民を守る騎士か。それとも、きらびやかな鎧を着るお飾りか? 今一度、よく考えて欲しい。では、解散」


 ぞろぞろと校舎へ帰っていく学生たちを見送る先生は、

「あんなのを騎士にしたって、すぐ死ぬんだよな」

 と寂しそうに笑った。

 ラウリは

「あー、アレックス。やっぱり最高」

 と悶えていた。


 

 

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 お読み頂き、ありがとうございました!

 

 本日の一殺:ルトガーのプライド

 理由:甘っちょろいボンボンだから


「背後から押されたぐらいでバランスを崩すなんて、体幹鍛えてないのか? しかも剣の握りが甘いから、武器を手放すはめになるんだ。上段なぞ百年早い」

 ってアレクサンドラさんが怒ってました。

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