サクラチレ

オークラ

サクラチレ

 大雨が降って桜は全部散った。


 夜のあいだに過ぎ去った嵐に、咲き始めたばかりだった桜の花はことごとく吹き飛ばされてしまった。強風はそれと一緒に雨雲も吹き飛ばしていったみたいだ。翌日の正午過ぎ、枯れ木の状態に戻った木々のバックには、抜けるような青空が広がっていた。

 手紙を捨てようと思って川に来た。便箋と封筒が淡いピンク色だったから、ちぎってばらまけば、水中に散った花びらと混ざってきれいに流れていくだろうと思ったのだ。だけどいざ見てみたら、桜の花びらの色はピンクよりずっと白に近くて、これじゃあ水の中で手紙の色が浮いてしまうだろうと思ったからやめた。

 募った気持ちのやり場に困って、気づけば書いていた手紙。渡す前に偶然、自分が報われないことを知って、結局鞄の中から出すこともなかった手紙。


「…まだ、大丈夫だと思ってたんだけどなぁ」


 大雨が降るのは、予報では一週間ほどあとだったはずだ。橋の欄干に寄りかかって、川の水とともに流れていく花びらを眺める。土砂が混じって濁った水は、朝のうちに流れきったようだ。水の色は澄んでいる。

 見ているだけで満足していた、はずだった。いつのまにか目で追うようになっていて、声だけで誰が話しているかわかるようになっていて、ふとしたときに今何してるかななんて考えるようになっていて、さすがに、小さなつぼみが少しずつ開こうとしてきているのには気づいていた。だけど割りきれている自分がいたのも確かだ。だから、思いを言葉にできたら、たとえそれがあの人にとどかなくても、この気持ちをなかったことにするのには十分だと思っていた。


「……思ってたんだけどな」


 右頬にだけえくぼのできる、人懐っこい笑顔が頭に浮かんだ。まだ低くなりきらない、少しかすれた声が耳の奥で聞こえた。いつも泥だらけで底のすり減っていたスニーカーが、部活柄ずっと爪の短く切りそろえられていた手が、日があたって茶色く透きとおって見えた襟足が、次々と、頭の中に蘇って。


 認めざるをえない。もうどうしようもなく、手遅れだったのだと。


 仮に手紙の色が白だったとしても、あんなに澄んだ水の中ではきっと変に浮いてしまう。こんな重たい、身勝手な思いのつまったものを、無責任に川に流すわけにはいかない。

 昼下がりのあたたかな光が、川面をきらきらと照らしていた。その下を流れる花びらがあんまりきれいだったから、私はこらえきれなくなって泣いた。

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