19.リーリエ嬢

リーリエ嬢はバッと扇を広げると、再び口元を覆った。


「それと、私も見ておりましたわ。たまたまですが。クラウディア様が『危ない』と叫びながら走って行くところを」


シンと静まり返る。

リーリエ嬢の存在感はなかなかだ。


「突き落そうとする人が、『危ない』と叫びながら走り寄りますかしら?」


「こ、心無い人なら、わざとそう言いながらやってのけますわよ!」


「まあ、そうなのですね? 心無い方の心理が良くお分かりですこと。私には想像できませんけれど」


「・・・」


令嬢は答えられない。

あー、僕は分かるよー。僕は危ないと言って突き落とすタイプだから。ランドルフ家はそうじゃないと生き残れないからね。


「でも、私もクラウディア様が手を差し伸べる前に、セシリア様がバナナの皮を踏んで背中から噴水に落ちたのを目撃しておりますの。真実を知っているのに黙っているのは私の性分に合いませんので」


ああ、ビンセントの言う通りだ。正義感強いね。気も強いけど。


「もちろん、逆も然り。本当にクラウディア様が突き落としているのを見ていたら、庇い立てなど致しません。はっきりとそう申し上げます」


リーリエ嬢は扇を口元に添えたまま、周りの集団を見回した。


「クラウディア様のお友達以外にこの現場を目撃していた方はおりまして?」


凛とした声が響き渡る。


「はい。私、見ました・・・。確かに、先に落ちてましたわ・・・」

「僕も見ました・・・。結構、時間差はあったと思います。ぜんぜん、間に合っていなかったというか・・・」


ぽつぽつと名乗り出てくる生徒たち。

それに、焦ったように尻込みし始めるセシリアを庇った令嬢たち。


「で、で、でも私たちからは突き落としように見えて・・・」


「確かに、そちらからの角度ではそのように見える可能は否定できませんわね。本当にそのように見えましたのね?」


「ええ・・・、本当に・・・、そう見えました・・・」


リーリエ嬢は軽く溜息を付くと、僕の方を見た。

嫌な予感がするな。


「どうされますか? カイル様」


やっぱり、最後の締めは丸投げか。派手に広げておいて・・・。


僕はちょっと大げさに溜息を付くと、セシリア嬢を見た。


「君が噴水内に落ちてしまったことは同情するよ。でも、確かめもせずに人のせいにするのは良くないと思う。もし本気で落とされたのだと思ったのだとしても。それはあなた方たちもね」


僕は敵対側の令嬢二人を見た。

この二人は知っている。僕に色目を使っていた令嬢だからね。

クラウディアを貶めようとは大した奴らだ。どうしてやろうか。


「申し訳ございませんでした!」


誰に謝ってんだか・・・。謝る相手が違うだろうが。もう遅いけどね。


「そうか。君たちに反省の色があるなら、改めて僕の婚約者に対して非礼を詫びてほしい。後日で結構。もちろん君もね」


セシリアに微笑むと、僕は彼女から腕を抜き取った。


「え・・・? え・・・? 私・・・。突き落とされたんじゃ・・・」


「ないみたいだよ。ショックからそう思っているようだけど、違うようだ。落ちる前にツルっと床が滑る感触が無かったかな?」


「・・・いいえ」


粘るな。この子・・・。


「そう。でも、クラウディアが君を突き落としたのではないことは、これだけの目撃者の発言で断言できる。君に認めてもらえないのは残念だ」


「カ、カイル様! カイル様は私の味方では・・・? あの、それより、私、ずぶ濡れで寒いのですが・・・」


「うん。とても寒そうだよ。早く着替えた方がいい」


「あの・・・、救護室に連れて・・・って・・・」


彼女の手が僕に伸びる前に、僕はスッと体を避けると、クラウディアを横抱きに抱えた。

さっきから言葉も発せず、真っ青になってカタカタと震えている。

冗談じゃない、僕の天使をこんなに怖がらせるなんて!


「そこの殿方、セシリア様を救護室に連れて行って下さるかしら」


リーリエ嬢が近くにいる適当な子息に指示すると、二人ほどが慌ててセシリアのもとに走り寄った。


「ありがとう。リーリエ嬢」


クラウディアを抱えてリーリエ嬢の横を通り過ぎる時、僕は彼女に敬意を表した。


「私は大したことしておりませんわ。お大事にクラウディア様」


クラウディアはハッとしてリーリエ嬢を見た。口をパクパクさせるが言葉が出ない。


「ごめん。クラウディアは返事できない状態だ。正式なお礼はまた」


「ですから、そんなことは結構です。早くお帰りあそばせ」


リーリエ嬢は扇で口元を覆ったまま、ツンと顔を逸らした。

ふーん、なるほど。何となくビンセントが気に入ったのが分かった気がするよ。

確かにいい子だ。

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