18.噴水事件
僕が外の庭園を望む廊下を歩いている時だった。
「きゃああ!」
という悲鳴と共に、バチャンという水飛沫が上がる音がしたかと思うと、ザワザワと周りが騒ぎ始め、悲鳴が上がった方に人が集まり始めた。
学院内の騒ぎは黙認できない。漏れなく僕も一緒になってその方向に向かう。
そこで見た光景に僕は一瞬息が止まった。
一人の令嬢が噴水の中で尻もちを付いている。
そして、その前には手を伸ばしている小柄な令嬢が一人。
その光景から簡単に想像つくのは二つ。
噴水に落ちそうになった子を助けようとして手を伸ばしているのか。
または反対。その子を噴水内に突き飛ばしたか。
「ひどい! ひどいですわ! 私が何をしたと言うのですか? こんな・・・! あんまりです!」
噴水内で尻もちを付いている令嬢は立ち上がろうともせずに、そのまま顔を覆って泣き出した。
「わ、私は、そんなつもりじゃ・・・」
噴水前で立ち尽くしている令嬢。
必死に首を振っている。
「いいえ! 私は貴女がセシリア様を突き飛ばしたのを見ましたわ!」
一人の令嬢が人集りから一歩前に出ると、そう叫んで小さな令嬢に向かって指を差した。
すると、もう一人がそれを加勢するように一歩踏み出して、同じように叫んだ。
「私も見ましたわ! 貴女が突き飛ばしたところを! クラウディア様!」
クラウディアは必死に首を振っている。
「ち、違いますわ・・・、私・・・」
「酷いです!! クラウディア様!!」
噴水内で顔を覆ったままのピンクブロンドの髪の令嬢が泣き叫ぶ。
周りの人集りはどんどん大きくなる。
僕はすぐに飛び出した。
★
「静粛に!」
僕の一言に周りはシーンと静まり返った。
僕はつかつかとクラウディアの傍に近寄った。
「何があったの? クラウディア?」
「カ・・・イル様・・・」
クラウディアは半泣き状態で僕を見上げた。
「カイル様っ!」
噴水の中から声を掛けられた。
相変わらず女は噴水内に座り込んでいる。
「私! 突き飛ばされて・・・!」
チラリと彼女を一瞥した後、クラウディアを見た。
顔は真っ青だ。早くこの場から連れ出してあげないと。
しかし、このギャラリーのせいでそれができない。
なぜなら、僕はこの学校の生徒会会員の一人。身分だけでなく、その立場としてもこの場を見過ごすわけにはいかないからだ。
心の中で舌打ちをしながらも、僕は噴水の中に入り、水浸しの令嬢―――セシリアの腕を取ると立ち上がらせた。
「ありがとうございます・・・。カイル様!」
彼女は僕の腕に自分の腕を絡ませ、しなっと寄り掛ってきた。
「うう・・・、酷いです・・・、私、何もしてないのに・・・、クラウディア様がぁ」
僕に縋りつくようにシクシクと泣く彼女に、
「とりあえず着替えた方がいい。風邪を引くといけない」
無難な回答をして、噴水から彼女を引っ張り出した。
その様子をクラウディアが小刻みに震えながら見ている。
「大丈夫だよ、ディア。心配しないで。僕は君を信じてるから」
僕はにっこりとクラウディアに笑って見せると、空いている手で彼女の頭を撫でた。
しまった、手が濡れていたから、彼女の髪を濡らしてしまった。
僕にしがみ付いているセシリアはギョッとしたよう顔を僕に向けた。
「な、な、何でですか? この人、私を突き落としたのに!」
さらに僕の腕にギュッとしがみ付くと、クラウディアを指差した。
もうちょっと、いい加減離れてくれないかな? それと人の婚約者を指差さないでくれる?
「違いますわ! クラウディア様はそんなことしていません!」
「そうですわ! 反対ですのよ! 助けようと駆け寄ったのですわ!」
クラウディアの友人二人が飛び出して叫んだ。
「え・・・」
セシリアは目を丸めて彼女たちの方を見た。
しかし、セシリアが何かを言うよりも早く、クラウディアを犯人扱いした令嬢が口を開いた。
「助けるですって? どう助けたらこうなるのです? 現にセシリア様は噴水に落ちていたではありませんか。しかもどう見ても突き飛ばされたように!」
彼女はクラウディアを指差し、いきり撒いて声を荒げた。
それに対し、クラウディアの友人も令嬢らしからぬ大声で応戦する。
「本当ですのよ! 噴水の傍を歩いているセシリア様の足元にバナナの皮が置いてあって、彼女はそれを踏んで滑って噴水に落ちたのですわ、背中から!」
バ、バナナの皮??
「クラウディア様は先にそれに気が付いて、慌てて駆け寄ったのです。でも間に合わなくてセシリア様はバナナの皮を踏んづけてしまって」
バナナの皮って・・・。あ・・・。
「何をふざけたことを! どこにバナナの皮なんてあるというのです!」
「そこにありますわね」
セシリア側の令嬢の叫び声を、とても冷静で凛とした美しい声が遮った。
カツンカツンと小気味良く踵を鳴らして、一人の令嬢が僕らの近くまで歩み寄ってきたと思うと、途中でピタリと立ち止まった。
そして顔を覆っていた扇をパチンと畳むと、それで自分の足元を指した。
「これではございません?」
うん、あったね、バナナの皮。先に言われた。
そして僕が視線を送った先を、彼女も同時に扇で指した。
「そして、あちらの噴水脇の黒い跡・・・。あれは踏みつけた時にできた跡ではございませんこと?」
よく気が付きました。リーリエ嬢。
踏みつけて蹴とばしたら、丁度その位置にバナナの皮は飛んで行きそうだ。
それにしてもバナナの皮って・・・。
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