9.眩し過ぎる王太子殿下
「やあ、カイル。そしてクラウディア・ロイス伯爵令嬢。よく来てくれた」
美しく金色に輝く髪に、吸い込まれそうなほど澄んだ青い瞳。そして柔らかく優しい笑顔。
そんなビンセント王太子殿下が僕らを迎えてくれた。
「本日はお招き頂き、ありがとうございます。ビンセント王太子殿下」
僕が挨拶する隣で、クラウディアも挨拶をする。カーテシーがなかなか様になっている。
「クラウディア嬢。貴女にお会いできて光栄だ。ずっと前からお会いしたかったのに、僕の親友がなかなかその機会を与えてくれなくてね」
ビンセントは見事な完全無欠なプリンススマイルをクラウディアに向けた。
クラウディアを見ると・・・。
両手を胸の前に組み、目をキラキラと星の形に変えてビンセントを見つめている。
「モノホンって・・・。やっぱり美しいですわ・・・」
すっかりビンセントに見惚れているようだ。彼に返事をすることも忘れている。
「・・・クラウディア嬢・・・?」
首を傾げたビンセントがクラウディアに近づいてきたので、僕は慌ててクラウディアの前に割り込んだ。
「失礼しました、殿下。我が婚約者は殿下の謁見に非常に緊張しているようでして」
にっこりと微笑んでビンセントを牽制、もとい、謝った。
ビンセントは一瞬目を丸めたが、可笑しそうにクスッと笑うと、
「過保護過ぎるのもどうかと思うよ、カイル」
そう言って、ヒョイッと僕の横から顔を出し、クラウディアに向かって、
「貴女もそう思うでしょう? クラウディア嬢」
再び美しいプリンススマイルを送った。
「ま、眩し過ぎる・・・。これがあの有名な天使のスマイルですか・・・っ! これはファンが多いのは当然・・・!」
彼女はまるで太陽の光を遮るように手の額にかざし、ビンセントの微笑みから顔を逸らした。
「・・・面白い子だね、君の婚約者は」
「・・・申し訳ございません」
少しポカンとしている殿下に僕は頭を下げた。
「余程緊張しているようです。本日はもうご勘弁ください」
「え~、面白そうだからもう少しお話ししたいな~」
「殿下・・・。悪ふざけはお止めくださいね。後が閊えていますよ」
「分かった、分かった。ふふ、でも、珍しいものを見たよ、君が焦るなんてね。可愛い子じゃないか。大切にね」
「・・・恐れ入ります」
僕は深々と頭を下げると、眩しさで目をチカチカさせているクラウディアの腕を取ってその場から離れた。
★
「カイル様! ご覧になりまして? 殿下のあの笑顔! エグイ・・・ではなくて恐ろしいほど天使でしたわ! もはやアイドルです! 超絶アイドル!」
クラウディアは興奮のあまりよく分からない単語を捲し立てた。
これはまずいな。ちょっと落ち着かせないと。
公爵令息である僕自身もこの会場では注目を浴びている一人だ。
婚約者いたところで、僕の隣を虎視眈々と狙っている令嬢は多い。その上、自分の方がクラウディアより勝っていると勘違いしている輩がほとんどなので、本当に厄介だ。
今だって、あちこちから視線を感じる。
クラウディアから少しでも目を離したり、彼女がちょっとでも粗相をすれば、それを機に話に割って入って来られそうだ。
「あの笑顔に老若男女、すべての人が参ってしまうのは頷けますわ!」
僕の懸念を余所に、クラウディアは興奮気味に続ける。
「僕は殿下の笑顔は見慣れているからあまり驚かないよ?」
「まあ、そうでしたわね! 流石ですわ、カイル様。あの笑顔に目がチカチカしないなんて! 私は正直耐えきれそうにありませんわ。無理です、無理」
クラウディアは顔の横で軽く手を振る。
それはどういう意味? 褒めてる? 貶してる?
前者だったら僕が嫉妬に苦しむけど、後者だったらそれはそれで問題だよ・・・。
「でも、カイル様。どうして殿下はリーリエ様とご一緒ではなかったのでしょう?」
「え・・・?」
「だって、リーリエ様をエスコートしていらっしゃらないなんて・・・。あら・・・、リーリエ様、あんな遠くにお一人でいらっしゃるわ・・・」
クラウディアの視線の先には、会場で誰とも会話をしておらず、一人グラスを持ち、佇んでいるご令嬢がいる。
しかし、一人でいることに孤独感が無く、それどころか品の良さが際立っている。周りの男どもがソワソワしている様子から、彼女の美しさに臆してなかなか近づけないと言った方が正しいのだろう。
「殿下ったら、ご自分の婚約者を放っておくなんて・・・」
「!!!」
これには流石の僕も本当に驚いた。
頭のてっぺんから足元まで軽く電流が走った。手の指先がピリピリする。
「クラウディア嬢・・・、今、何て言った・・・?」
「え? 何ですの?」
クラウディアは首を傾げた。
「いや、いい! ここで話すのは止めよう。クラウディア嬢、こちらへ」
僕はクラウディアの手を引いて、会場から外に向かった。
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