3.妄想ではなく予言
「帰り際のクラウディア様はお元気でないようでしたが、まだ本調子ではないのでしょうか?」
帰りの馬車の中で、僕の従者のジョセフが心配そうな顔で質問してきた。
「いや、元気だよ。だけど少し・・・、いいや、かなり後遺症はあるようだけどね」
「え! そうなのですか!? それは心配ですね。何か滋養の付くものでもお贈りされては? 毎回、お花では芸がございません。実際、花なんぞ、伯爵家の庭園に腐るほど生えているのですし・・・」
「そうだね。何がいいかな」
棘があるように聞こえるのは気のせいかな? 僕の贈り物のセンスがないって言いたいのかもしれないけど、僕が贈っている花は僕自身が彼女のイメージに合わせて見繕っているんだから。しかも自分で摘んでね。
「それよりもジョセフ。今日はクラウディアから面白い話を聞かされたよ。まあ、彼女はいつも面白いけど、いつも以上だ。かなり興味深い」
「それはそれは。お得意な妄想物語に一層磨きがかかったのですか? あのお嬢様は童話作家におなりになった方がよろしいのではと思うほど、発想力が豊かでございますものね」
「今回は妄想ではなくて予言だったよ」
「予言? これはまた何と申し上げればいいのか・・・。とうとうそっち方向に・・・」
ジョセフは少し呆れたように肩を竦め、軽く首を振った。
本当は彼女の前世と、その時に読んだ物語なわけだが、ややこしいから説明は省く。
僕らがこうして生きている世界が、その物語の中という設定なのだから、その先を知っている彼女の言う事が予言でなかったらなんだろう。
「私ごときが口を挟むのは恐れ多いことではございますが・・・。予言はちょっと行き過ぎでございますよ・・・、カイル様・・・」
彼は眉間に手を当てて溜息を付きながら続ける。
「私もクラウディア様のことは非常に可愛らしく好ましいお嬢様だな~と常々思っておりますよ? 本当でございますよ? しかし、未来の公爵夫人としての自覚が少々足らぬと言わざるを得ません。予言などとは・・・。狂言と捉えられかねません。そのようなことを安易にお話しするお嬢様が公爵令息の婚約者であることは非難され兼ねませんし、足元を掬われる恐れもございます。カイル様がクラウディア様に甘いのは重々承知でございますが、もう少しカイル様の婚約者としての・・・」
「その予言なんだけど、僕らの婚約が破棄されるというものらしいよ」
ジョセフの話が長いので、ちょっとイラっとして遮った。
「はい?」
「僕がクラウディアに婚約破棄を言い渡すそうだ」
ジョセフは眉間から少し手を離した状態で、目をまん丸にして僕を見つめた。
「それも面白いんだ。この僕が他のご令嬢と恋に落ちて、クラウディアを見向きもしなくなるらしいよ。それにクラウディアが嫉妬してそのご令嬢を虐め抜くというストーリーだ」
ジョセフは目をパチパチするだけで、身動きしない。
「極めつけは、学院の卒業パーティーの日に、僕はそのご令嬢を傍に侍らせ、生徒一同の前でクラウディアへ絶縁を叩きつける」
「・・・えっと、おっしゃっていることが・・・分かりません・・・」
「そうだろう? その未来の卒業パーティーなんて王太子も出席されているはずなのに、そのような場でそんな破廉恥な事をしでかすなんて、どれだけ肝が据わっているんだろうね、僕は。学院生活で神経が鍛えられて相当太くなるのかな? あはは」
「カイル様・・・。笑い事では・・・」
「その上、クラウディアの悪事が明るみになって、彼女は伯爵家から追放されるらしい」
「・・・」
ジョセフはアングリと口を開けている。もう言葉が続かないようだ。
「どのように追放されるのかは分からないそうだけど、適当な男に嫁がされるのだろうね。最悪の場合、売り飛ばされるか・・・。まあ、それはないね。伯爵の溺愛ぶりからすると」
「・・・カイル様・・・」
顔は笑っているけれど、膝の上の僕の拳がギュッと握りしめられていることにジョセフは気が付いたようだ。
彼女が下賤な男に嫁ぐなんて、僅かでも想像しただけで、怒りが込み上げてくる。
「驚くだろう? 僕がそんな男に成り下がるなんて」
「カイル様がそのような愚かな真似をなさるわけがないでしょう! 一体、クラウディア様は何をお考えか・・・」
ジョセフは再び眉間に手を当てると大きな溜息を付いた。
「でもね、ジョセフ。強ち狂言、いや、いつもの妄想とは言い切れない部分もあるんだ」
僕が急に声のトーンを落としたことに、ジョセフは驚いて居住まいを正した。
彼女には全く信憑性が無いと言ったが、実は気になるところはある。
「セシリア・ロワール男爵令嬢。彼女が僕の運命の人らしい。だが、ロワール男爵には令嬢はいないはずなんだ」
「・・・ロワール男爵家・・・。流石カイル様、一介の男爵家まで把握されているとは・・・。確かにロワール男爵家には御子がおりません・・・」
ブツブツと呟くジョセフを無視して僕は続けた。
「セシリアという女性はロワール男爵の妾腹だ。ある程度の年齢まで市井で育っている。だが、跡継ぎのいない男爵は彼女を正式な娘として引取り、男爵令嬢として教育を施すらしい。学院入学までに急いでね」
「・・・なる・・・ほど・・・?」
「クラウディア曰く、ものすごくベタな設定らしいよ、これは」
「はあ・・・」
「とにかく、ロワール男爵家を調べてくれないか? 僕らが学院に入学するまであと一年ある。この狂言が本当なら、今頃男爵家にはセシリアが必死に令嬢教育を受けているはずだ」
「・・・承知致しました。早急にお調べ致します」
ジョセフは言いたいことはいろいろあるようだが、とりあえず、ここは飲み込んでくれた。改めて姿勢を正すと、僕に一礼した。
「もちろん、僕としてはそんな女性は存在しない事を願うけどね」
僕はそう呟くと、窓の外の景色に目を向けた。
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