2.私は悪役令嬢

「私はそのお話の悪役令嬢ですの! カイル様とヒロインの仲を引き裂こうとする!」


彼女は叫ぶようにそう言うと、再び俯いてしまった。


前世だとか恋愛小説の中の世界と言われても、まったくピンとこない。


それにしても、僕とヒロインの間を引き裂く悪役ねぇ。

今聞いている限りだと、そのヒロインが僕とクラウディアの仲を引き裂く悪役だと思うけど・・・。だって僕らは既に婚約者同士。世間一般的には将来を約束された仲なのだから。その間に割って入ってくるということでしょう?


「ねえ、クラウディア嬢。僕は別に君の妄想癖は嫌いでもないし文句も無いよ? でも、自分自身を否定する妄想はどうかなあ。自分が悪者役の物語を想像しても楽しくないでしょう?」


僕はやんわりと彼女を諭した。


「いつもみたいに、『私はとある国のお姫様で、継母に捨てられて森をさまよっているところを妖精に助けられた』とか、『毒リンゴを食べて死にかけたけど、王子様のキスで目が覚めた』とか、そういう妄想の方がいいと思うよ」


彼女が小さい頃、そんな妄想を膨らませ、周りを巻き込み『お姫様ごっご』たるものをやっていたことはよく知っている。

もちろん、僕は王子様役として付き合わされそうになったが、その都度、上手くかわして逃げていたものだ。


「『お姫様』ではなく『悪役令嬢』だなんて。突然不良に憧れでも持ってしまったのかな?」


「違います! 違いますわ! カイル様、これはいつもの妄想ではございませんの!」


クラウディア嬢はピョンと立ち上がると、両手を握りしめ上下にブンブンと振って、必死に否定する。小さい彼女がそうする様はまるでリスか何かの小動物だ。見ていて飽きない。


「私だって妄想でわざわざ悪役令嬢なんてなりませんわ! ましてや断罪されるバッドエンドなんて! 妄想をするなら今でも断然お姫様です! 辛くて苦しい経験をするけれど、最後には素敵な王子様が助けてくれるハッピーエンドですわ! ある日、突然魔物に攫われるのだけれど、王子様が空飛ぶ絨毯に乗って助けに来てくれたり、他には、魔女の呪いを受けて眠り続けているところに王子様のキスで目覚めたり・・・」


ちょっとスイッチが入ったかな。まあ、いいか。

このクッキー、かなり贅沢にバターが使われているね。美味しいな。


「意地悪な継母と姉妹に虐められて、一人だけ舞踏会に置いて行かれ泣いていると、そこに魔女が現れて・・・」


―――モグモグモグ。

こっちのフィナンシェも美味しい。うん、薔薇の風味の紅茶とよく合うね。


「蛙の姿をしていた王子様がお姫様のキスで魔法が解けて・・・、って! 違いますわ!」


あ、やっと、戻って来たかな。


「本当に違うのです! 妄想ではないのです! ここは私が前世で読んだ物語の中なのです。物語なのに現実なのですわ!」





「クラウディア嬢、見送りありがとう」


帰る僕を門まで見送りに来てくれた彼女にいつものように挨拶をした。

彼女は少し不安そうに僕を見つめている。


「あの、カイル様・・・」


「いい? クラウディア嬢。今日はゆっくり休んでその変な夢物語は忘れてしまうんだ」


にっこりと笑って彼女を見ると、彼女はとても残念そうな顔をした。


「信じて下さらないのですね・・・」


「うん。もちろん。だってあまりにも信憑性が無さ過ぎるからね」


僕のはっきりとした否定に彼女はシュンっと肩を落として俯いた。

そんな彼女の手を取ると、そっと甲にキスを落とした。


「信じない僕が気に入らない?」


甲に口を寄せたまま、上目遣いで彼女を見る。

彼女は真っ赤な顔でブンブンと顔を横に振った。


「き、気に入らないなんて! 私がカイル様を気に入らないなんて! そんなこと天と地が逆さになってもあり得ませんわ!」


「そう。それを聞いて安心したよ。では、お休み、クラウディア嬢」


僕はゆっくり彼女から手を離すと、用意されていた馬車に乗り込んだ。

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