隔つ闇…23

さて、忠内さんと話しをして今回の一件は京の幕臣の悪だくみなのだろうと見当はついたものの、確信があるわけでもなく、証拠もない。


まして抗議していく場所もないのだから、お手上げだ。表立って秀頴の切腹の話しが出たのなら、江戸から来た旗本やら、忠内さん達も抗議するだろうけれど

あまりに非公式な話しで抗議したところで、もみ消されたら証拠はないので追求すら出来ない。新選組は上からのお達しに弱くて保身第一。抵抗するつもりはないらしい。


 左之さんや永倉さんが近藤さんに抗議してくれたが、昔の試衛館の近藤さんなら聞いてくれた話も、今は局長となってしまった近藤勇は聞く耳などない。

周斎先生が見たらお嘆きになることだろう。


 結局、割を食ったというのか、人身御供にされたというか、各々の我欲に翻弄されて都合よく巻き込まれたということか。


だか、俺にとって秀頴に二度と会えないことは全ての望みを絶たれたのと同じ。京に来たのも秀頴と並んでも引けをとらない男になるのが目的だった。

なのにどうだ? 結局は一番大事なものを失い、自らは手を汚すことばかりだ…。


確かに江戸の頃に比べれば多少は身分も良くなったのかもしれない、でも目的を失ってまで得たもは虚しいばかりだ。


酒びたりの日々、ちょっとしたことで喧嘩になる。眠れない、食欲すらない。荒れた生活だと判っていても是正するつもりなど到底なかった。


見るに見兼ねた左之さんが声をかけてくれた。


「なぁ宗次郎。たまには美味しいものでも食って精をつけねぇか?」

「今は何も…」

「まぁそう言わず行こうや。今のお前はしっかり食べることからだ」

「そうですかねぇ…」

「そうだぞ。いい店を紹介してやる、だから…」

「奢れと?」

「察しがいいじゃねぇか」

「やっぱり左之さんは、どこまでいっても左之さんですね」

久しぶりに笑った。


二人で東山の方の湯豆腐を食べに行き、八坂神社を通り桜を見た。先日…、そう秀頴とこの桜を見たのはついこの間のこと。まだ残る桜があるというのに。桜が終わる前に終わってしまうとは、思いもよらなかった。

桜に気をとられていると左之さんが真剣な顔をして耳打ちしてきた。

「宗次郎、つけられてる」

「気配は感じてました、右ですね?」

「バカ! 左だ!」

左之さんは俺が言った右方向をみた。副長の息がかかった監察方が様子を伺っている。


俺は気づかなかった左を向く。


えっ… 秀頴…??


事の真相が見えてきたところだから、お互いに打ち合わせて知らぬ顔をしながら会っても支障はなさそうなものなのだが、監察が見ていては副長に報告がいく。

腹を切るのが俺だけなら構わないが、秀頴に及ぶのは避けたい。


近づいて来た時には、またこの間と同じ様に酷い言葉をぶつけるしかなかった。


来るな! 秀頴。頼むからそれ以上きてくれるな…。祈るようにその場に立ち尽くしていた。


理不尽な一方的な別れ話を納得できてはいないだろう。秀頴の性格ならことの詳細を確かめて納得したいはずだ。


やはり秀頴は近づいてくる。困った顔をしていた俺に左之さんが囁いた。

「本当はここでこっそり会わせてやりたかったんだが、アレがいちゃまずいな?」


そう言うと左之さんは秀頴の方に歩き出した。


「ってことで、宗次郎は話しが出来ないんだよ悪いな、若様」


もちろん納得のいかない顔で秀頴は俺を見ている。フラフラと近づいてくる…。


「来るな! いいから俺に近づくんじゃない!! もう縁を切ったんだ!!二度と目の前に現れるんじゃねぇよ!」


いいたくもない言葉、何度言えばいいのだろう…。

秀頴を残して足早に立ち去ろうとすると突然の風が桜の花びらを舞い散らせる。

花吹雪。大好きな光景だというのに、目の前が滲んで見えない。


泣いているのを気取られない様に背を向けて歩く。

左之さんが後から追いかけてきた。


「宗次郎、すまない。こんなつもりじゃ…」

「わかってます。ありがとう左之さん…」

「なぁこうなりゃヤケ酒でもするかい?」

「そうですね…」

「お前のおごりだぞ!!」

「左之さん…」

相変わらずの左之さんの言葉に泣き笑いだ。


それにしても、残していった秀頴の様子は気になる。気にはなるけれど俺ではどうしようもない。何もしてやれない。悲しみを与えるばかりの俺に存在価値など見出せない。

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