隔つ闇 (へだつやみ)
隔つ闇…16
秀頴と桜を堪能した数日後、その使者は突然やってきた。
会津からの使者ではなく、京在住の幕臣達が新選組にやってきた。
奥の間で近藤局長や副長の土方さん、総長の山南さんと話をしている。
いつもご挨拶に出向く場所ではなく、全く関わりがない人達が此処に来るのは
解せない。その妙な具合は不安になって押し寄せてきた。
挨拶だけの会見にしては長い。俺達には関係のない話なのかもしれないが妙に気になっていた。
四半刻ほど経った頃だろうか、その会見に呼び出された。
室内には、上座に年配の幕臣。いかにも身分の高そうな人が一人。その脇に従者が二人。この二人も京在住の幕臣のようだ。
その新選組の三人は左の方に控えていて、まるでお白洲の様な雰囲気だった。
一礼して顔を上げる。
「君が沖田君かね」
「はい。沖田総司でございます」
挨拶もそこそこに、用向きを切り出した。
「先日、祇園で何か事件はなかったかね。あ、いやもうよい。事件の内容は判っておる。君ともう一人、江戸からの旗本の二人で浪人を斬り殺したそうだな」
(斬り殺す?それは俺達が理由もなく斬ったといいたいのか?)
この場では声に出すことも憚られ心の中で問いながら、その時の状況を思い出していた。
「無抵抗の者を殺したと町衆から申し出があった」
(無抵抗? 町衆? あれは早朝のことで他に誰もいなかったはずでは…)
「その事について吟味をいたす」
(吟味? 一体どういうことだ?)
「吟味ですか? その事については番所への届けも済ませて…」
「判っておるわい。その分は罪を減じてやろうと考えておる」
(罪を減じる?)
「沖田君。新選組が斬るのならお役目と称して何とでも出来るだろう。だがな儂ら
幕臣を巻き込まれては困るのだ。確かに江戸からのお旗本がいれば、どんな辻斬りであっても無礼討ちで済ませることが出来るからなぁ。そんなことに儂らを使われちゃ困るんだよ。沖田君」
「いえ、私はそんなつもりは…」
「いやお前の魂胆はみえておる。若い旗本を上手を言って巻き込んで、自身の立身出世に利用しようと考えておるんだろう?! えっ違うのか?」
「違います!!」
「口ではどうとでも言える。今後、儂ら身分のある者と並び歩くことも、個人的に関わることも罷りならぬ。よいな!これだけの罪で済んだことを幸いに思うんだな」
「罪ですか?」
「そうだろう。自分の身分もわきまえず、旗本を利用しよって。新選組はまぁ儂らとは身分が違うから武士の慣わしなど知らぬのだろう。それは仕方ないことだ。それについては儂らも寛容だ。だから一度は赦してやる二度はない。わかったな」
(全く納得のいかない一方的な話だった。ただ秀頴とは会うなということか?)
「あぁ一緒にいた伊庭君には罪はない。だが、闇雲に貴様の様な奴を信用した軽率な行動は咎めを受けるところだが、貴様との交流を絶つことで赦免とする」
「赦免?」(何の罪も咎もないはずの秀頴を赦免だと?)
「今後、貴様が伊庭君に近づき交友を続けるというのなら、伊庭君には腹を切ってもらうことになるかもしれぬ。わかったか」
(わかったかと聞かれて、わかるはずもなく一方的な勝手な言い草に納得がいくことではない。ただ俺といては秀頴が腹を切ることになる。それだけは理解した)
全く何も聞いてもらうことも出来ず伏せたまま呆然としていた。
前にいた若い幕臣二人が立ち上がる気配がする。このまま言い捨てて帰るのかと思いきや、いきなり俺の両腕と肩を押さえた。そこへ年配の幕臣がやってきて俺の頭を押さえつけて言う。
「咎を軽くしてやっておるのに礼の1つも言えぬのか。この馬鹿は。我々を貶めるのもいい加減にしろ。判ったな。判ったのなら心底から礼を言うんだ」
(この場をおさめるには礼を言うしかなかった)
「有難うございました」
「そうか、礼を言うというのなら委細認めたということだな。ということだ、お三方これでおわかりかな。では今後は組の中の管理もしっかりして貰おうかのぉ」
その男は言うだけ言って去って行った。
一番上の幕臣が離れた時、周囲に届かない声で左腕を押さえていた男が言った。
「伊庭は俺がいただく。お前如き簡単に潰せるんだよ」
その言葉に怒りを覚え、その男の顔を見た。
「人見! 行くぞ」その声に呼応して、その男は俺に一瞥して去って行った。
人見…。俺が生涯いや、来世になっても忘れぬほどに
一番嫌いな奴との出会いだった。
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