「記憶の」と「狂気の」
彼方のカナタ
「記憶の」と「狂気の」
「記憶の」
その日は、雨が強く強く降っていた。
その時は、誰も彼女を救わなかった。
その顔は、悲しみに染められていた。
けれども、けれども同時に僕には彼女が嬉しそうに見えてしまった。
日本全国を襲ったあの大地震から三日。比較的被害の少なかったこの地域では、被害状況が判明していた。勿論、「比較的」というだけであり、実際は普段、地震の震源付近で起きている事と同じ様な被害である。
何軒もの家が倒壊し、多くの火事が起き…。
初めにも言った様に、この日、地震より数時間後に雨が降り始めた。この時、倒壊した家の上に立つ少女を僕は見つけた。
僕を除く全ての人が彼女から感じられる悲しみで声をかけられなかった。
僕は彼女に狂気の片鱗が見え、話しかける事を躊躇った。
ただ、放置するのは良くない。そう思い声をかけた。
「な、なぁ。大丈夫か?」
彼女は僕を振り返りこう言った。
「そう見える?」
「あ、えー。見えない、な」
僕はその問で返答されるとは考えていなかった。だから、正直に答えてしまった。だが、彼女はそんな僕を非難するわけでもなく、
「大丈夫。こんな時に普通に見えたら話しかけないよ」
と言った。
その後、僕は彼女に何かしてあげる事も出来ず、別れてしまった。いや、彼女が離れて行ってしまった。当然だ。見知らぬ男に話しかけられても怪しいと思うだけだ。
だが、今僕はその時のことを後悔している。とても、深く。
彼女が、あの………になった事を……で…った時は、………自分の非力さを痛感し…。
今はその話題…も無く……て来たが…当…は 何度もニュ………に取…げられ、日本中で…も有名となってし……。僕が、僕があの時……を……て引き…めれたならば……。
ああああぁぁぁぁぁぁぁあああー!
何度も思い出す。その度にどうしても抑えられない、理解不能な気持ちが溢れ出てくる。
あの日から彼女を見たことは無い。彼女は何処に行ったのだろうか。そんなことを頭の片隅に置きながら今日も一日を過ごす。
今日は休日。買い物にでも、行ってみるか。
「狂気の」
その日は、雨が強く強く降っていた。
その時は、誰もが私を救わなかった。
その顔は、愉しみに染められていた。
私は、その状況を愉しんでいた。だが、その一方で、救済を求めていた。
私は、あの大地震で全てを失い、ずっと、心の中で欲しいと思っていたモノを手に入れた。ただ、それは何か私の生活を良い方向へと導くモノでは無かった。
この時、私は家も家族も友人も金も物も、全てを失ったのだ。その代わり、私はもう一つの私と今は無き相棒を手に入れたのだ。
私は、ごく普通の家庭に生まれた。
そう、思っていた。
皆も私と同じ様に本当は苦しみの中にいるのだと、そう思っていた。
父は、仕事で家に居ることなど殆ど無かった。父は、一ヶ月に一回は帰ってきた。だが、滞在時間は、ほんの数時間で、母と少し会話をして、出て行ってしまう。私が寝ている様な時間に父は帰宅するので、勿論、幼い時は父の顔は知らなかった。それどころか、父の存在さえ疑っていた。
母は、私に厳しかった。母は幼い頃から厳しい環境で育ったと聞く。母の父つまり私の祖父は世界中を旅していた。家にはほぼ居らず土産も無かったと言う。母の母つまり私の祖母はよく犯罪や悪徳商法に巻き込まれていた。そのせいで家には借金取りが来たり、警察が来たり…。それなのに、祖母が営んでいた喫茶店【檸檬の道】で、祖母は客にサービスとして料理の量を多くしていた。そのせいで家はどんどん貧しくなったという。
母は服を2着しか持っていなかった。母の家にはアイロンが無かった。だから、洗濯したあとは、乾かして、布団の下に敷いて、服とナフキンのシワを無くしていた。母は頼る人が居なかった。
母が願っていたのは、私が母と同じ様な道を歩まないこと。だから、母は「子供の頃、これをやっていれば、これが出来るようになっていれば」と思うものを全て私にやらした。水泳、武道全般、英会話、算盤、書道、洋琴、提琴、絵画、料理、手芸………。
これらの全てを私はこれまでに習得してきた。勉強も頑張った。けれども母は次から次へ新しい事を始めさせた。その結果、私は体調不良となった。時間も失くしていて、友も居なかった。結局、母とは異なるものの、良いと言えない方向へ進んでいた。でも、私にとって、それが当たり前だった。その世界しか知らないのだから。
私は中学生の時、初めてこれが可笑しいのだと気付いた。
当たり前故にやめることはなかったが、徐々に反発するようになっていった。
そんな中、あの大地震が起きた。その日は珍しく父が帰ってきている日だった。中学生の私は以前と違い、父が帰って来る午後11時迄起きている事も多くなり、父の顔を見る機会が少し増えた。当然、家族へ良い思い等持っていなかった。そして、全てが潰れた。
私は潰されなかった。私は、子供だ。子供にとって、「親」という存在は大きなものだ。人生を、その生き方を決定づけると言っても過言ではない。だから、失ったモノを理解するのには時間が必要だった。私は悲しんだ。が同時に私は歓喜した。
「これで…自由?」
この時、私の中にもう一人の私を見つけた。
正確にはもう一匹の「私」だ。
それは【怪物】だった。心の闇、暗い部分が具現化したような、しかし実体はないものだ。
私は…
「な、なぁ。大丈夫か?」
ん?あぁ、私か。振り返ると、一人の男性が私に話しかけていた。
「そう見える?」
彼は一瞬言葉に詰まった。そして、
「あ、えー。見えない、な」
といった。彼は申し訳無さそうな顔をしていたので、私は
「大丈夫。こんな時に普通に見えたら話しかけないよ」
といった。
そして、私は【怪物】に導かれるままに、歩いていった。彼の元から離れた。
暫くして、私は相棒に出会った。【怪物】もそれを気に入ったようだった。名をキリカとつけた。
そして数年後。私はある事件を起こした。怪物と相棒と共に。
その日も、雨が強く強く降っていた。
その時も、私は彼らを救わなかった。
その顔も、紅い血で染められていた。
その雨で、紅い雨は流されていった。
その事で、彼らを失うことになった。
その血で、多くの人々を悲しませた。
血で染まった筈の顔は、雨で流されていく。まるで、彼等の死がなかったかのように。
その後も私は、この世界の、国の理不尽を狩り続けた。私が一般市民にとって、その理不尽の一つであるというのに。そして、終わりを迎えた。相棒が折れてしまったのだ。
怪物も、私も酷く悲しんだ。それの墓も作り、この連続した事件をやめた。最後の事件の直後、あの男性を再び見つけた。だが、話しかけることは無かった。勿論、私の事は知っているのだと思う。
私はもうまともに生きることは出来ないだろう。そう思って隠れ家を転々として生きている。
「あー。醤油がきれてる。買いに行かなくちゃ」
大切な調味料の一つの醤油を買うために私は最寄りのスーパーへ向かった。
ぁ………。
「記憶の」と「狂気の」 彼方のカナタ @VERE
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます