第17話 最強の騎士vs魔王(1)

 カルミッドの雰囲気から感じるのは、計画が邪魔された怒りなどという単純なものではない。

 長年蓄積された恨み。

 それが抑えきれず噴出している、とさえ感じる。


 そこまでの恨みは、流石に身に覚えがない。

 なぜそこまで魔族を恨むのかを尋ねようとする前に、瞳から情念を消したカルミッドが動いた。


 ──速い!


 銃をこちらに向け、狙いを定め、引き金を引く。

 それが一つの動作にきっちりと収まっている。

 アスリートさながらに、相手に死をもたらすために行われた動きは、芸術の域まで高められている。

 恐らくヴァイスは何が起きているかさえわからず、下手すればカルミッドの動作に見惚れたままこの世を去ったかもしれない。


 かちんと、撃鉄が下りる音がした。


「報告通り、銃は撃てないみたいだな」


 その表情に驚きはない、あくまでも確認といった感じだ。

 カルミッドの呟きに、俺は肩を竦めて返事をした。

 

「気になるなら種明かししてやろうか? お前がなぜ魔族をそこまで恨むのか教えてくれたら話してやるよ」


「いや、別にいらん」


 カルミッドは銃口をそのまま上に向けた。

 パン、と音を立て弾丸は発射され、倉庫の屋根に当たった。

 パラパラと破片が落ちる。


「お前に向けなければ発射できる、ということか。現象を阻害するタイプの魔法⋯⋯精霊系だな」


「ほう、勉強してるな」


「いや、実戦で得た知識さ──魔族どもを殺しながら、な」


 カルミッドは銃を捨て、腰のサーベルを抜いた。

 同時に、俺の死角に回り込むように動く。


 これもかなりの速さだ──身体強化無しで行える動きではない。

 俺は途中まで視線で追ったが、やめた。


 俺の首を狙って放たれたカルミッドの横薙ぎは、「かきん」と音を立てて止まった。


 俺に付き纏う過保護な精霊たち、そのうちの一つ『土の精霊』が、サーベルと俺の間に壁を生み出し、盾となったのだ。

 カルミッドは攻撃箇所を次々と変えながら攻撃を繰り出したが、その都度、壁が生成されすべて止める。


 鉄と岩がぶつかる音が二桁を越えたころ、カルミッドは動きを止めた。

 同時に、生み出された土の盾がゴンゴンゴンと音を立てながら次々と地面に落ち、砂になり、消えた。


 俺が振り返ると、カルミッドは刀身の状態を確認しながら呟いた。


「自動防御か。この速さでは突破できんな」


「剣を折らないだけ大したもんだよ」


「なら、速度と力を上げるしかないな」


 カルミッドが懐に手を入れ、小さな鉄の容器を取り出した。

 カパッと音を立てて開き、手のひらに錠剤を落とし、口に運び、ごくんと飲み下した。


「さて、薬が効くまで話してやろう。なぜ俺が魔族を恨むのか、だったな?」


「気が変わったのなら、聞こうか」


「俺の父は、熱心な種族共存主義だったんだよ。小さな商店をやっていて、積極的に他種族を雇っていた」


「立派な父親だな」


「ああ、立派だったよ──魔族の従業員に金を持ち逃げされて、店を潰して首をくくっても、遺書に『他種族を恨むな』と書いてしまうほどにな」


「⋯⋯」


「俺も遺言は守りたくてね──だったら魔族を皆殺しにすればいい。他の種族を恨む気はないからな」


「個人への恨みと、種族は分けろって話だと思うが?」


「さぁ、どうだろうな。どのみち、父には確認できないだろう? ここにいる他の騎士たちも似たようなもんだ。同僚、友人、家族⋯⋯それぞれ失ってるんだ、お前たち魔族によって、な」


「それはお互い様なんじゃないか? 人間によって殺された魔族を知ってるぞ?」


「効いてきた、無駄話は終わりだ」


 さきほどカルミッドが飲んだ薬──おそらくエルフの薬師が調合した強化薬だろう。

 副作用が強いが、解毒の魔法が使えるならノーリスクだ。


 先ほど以上の速度で、カルミッドが攻撃してくる。

 だが、今回は一回だけだった。


 がきぃぃぃいんと激しい音がする。

 サーベルは岩の盾の半ばまで食い込み、止まった。

 俺が手を振ると岩の壁はくるりと回転し、パキンと乾いた音を立ててサーベルを叩き折った。


「この速度でも無理か」


「いや、大したもんだ。ここまでできる奴はなかなかいないよ」


 俺の賞賛に、カルミッドは眉一つ動かすことなく、フンと鼻を鳴らした。


「俺もここまでの相手は初めてだ⋯⋯だが、そろそろ終わりにしよう」


「残念だが、お前が俺を殺すのは無理だ。そして俺も、お前を殺す気はない。自首しろ」


「いや、殺せる。人質がいるからな」


 カルミッドは人質のそばにいる騎士の元へと歩き、新しいサーベルを受け取った。

 そのまま、騎士たちへと命じる。


「次にこの男が抵抗したら⋯⋯人質を一人殺せ」


 カルミッドの指示に、騎士たちが頷く。

 その様子を見て、俺は声をかけた。


「最強の騎士としての誉れを感じないな」


「他人が勝手にそう呼んでいるだけだ、俺はそんな称号にこだわりは無い。魔族を殺すのに、手段は選ばんよ」


「なるほどな」


「まぁ、お前に俺の怒りがわかるはずもない。身体強化の魔法が使えるところを見せただろ? つまり、俺の中にも薄汚い魔族の血が流れてるってことだ。それが何より屈辱だよ」


 カルミッドの表情に、再び暗い情念が浮かび上がる。

 それはもしかしたら、彼の深い絶望を表わしているのかもしれない。




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