第13話 追及
朝もチラッと見たが、高級そうな紺のブレザーに身を包んだ、貴公子然とした男だ。
慌てて来たのか今はやや息を荒くしている。
『来たぞ! 中に入れろ!』
ビルの外から叫び声が聞こえる。
典型的な、人へ命令する事に慣れた人間だ。
その後ろには、同じく今朝見かけた執事と、カルミッドも控えている。
執事はヴァイス以上に息を荒くしているが、カルミッドは全く疲れた様子を見せなかった。
「さてカレーナ。心の準備は?」
「大丈夫よ」
カレーナの返事に頷きを返し、俺は風の精霊の力で外に声を轟かせた。
『ヴァイス様、わざわざのご足労ありがとうございます。カレーナ様の御意向により、貴殿のみ当ビルへの立ち入りを許可します。ドアからお入りください』
俺の声を聞いて、ヴァイスがドアノブに手を伸ばそうとする。
『ヴァイス様、少々お待ちください』
カルミッドがヴァイスを制止し、自らがドアノブを捻った。
『動きませんが、罠は無いみたいですね』
確認すると、カルミッドは身を引き、入れ替わったヴァイスがドアノブを捻る。
ドアノブが回り、ヴァイスがドアを引く。
開いたドアに、カルミッドが身を滑らせるように侵入しようとしたが、不可視の壁に阻まれた。
カルミッドがこちらを見る。
今、俺と奴を隔てているのは魔法の壁のみで、視界は通る。
しばらく視線を飛ばし俺を観察していたカルミッドは、やがて再び身を引きながらヴァイスに語り掛けた。
「どうやら魔法によって私は中に入れないようです。お気をつけて」
「あ、ああ」
ヴァイスは先ほどカルミッドが弾かれたあたりを手で押したが、何も遮るものがないことを確認し、中に入ってきた。
同時に、ドアは自動的に閉まった。
やや慌てたように振り返るヴァイスに、俺は声をかけた。
「ようこそ私の事務所へ。カレーナ様の依頼によりこの場をセッティングさせていただきましたシモンと申します。以後お見知り置きを」
俺ができるだけ丁寧に自己紹介をしたにも関わらず、ヴァイスは睨みを飛ばしてきた。
「お前、自分が何をやっているのかわかっているのか?」
「といいますと?」
「皇家の人間を連れまわし、追手を攪乱し、あまつさえ抵抗して騎士団の備品を破壊。どれだけの罪状があると思う?」
「これは異なことをおっしゃいますな」
「なに?」
「私はあくまで街を視察したいというカレーナ様のご意向に沿ったまで。追手を攪乱と言われましても、私のエスコートで街を散策するカレーナ様を、勝手に心配した騎士団の方々が捜索しただけですよね? しかも彼らは無抵抗の私に銃を向け、発砲まで行いました。銃の整備不良のせいで事なきを得ましたが」
「貴様⋯⋯減らず口を叩くな、魔族風情が」
不満から、忌々し気に呟くヴァイス。
差別的な発言ではあるが、いちいち気にしてもしょうがない。
俺は振り返りながら手のひらを上に向け、案内するようにカレーナへと向けた。
「種族差別はよろしくありませんな。私の主張は、カレーナ様もご同意いただけるかと存じますが」
俺の弁明を聞き、ヴァイスはカレーナを見た。
突然話を振られた形のカレーナだったが、まるで示し合わせたように答えてくれた。
「ええ、彼の言う通りよ。むしろヴァイス、この大げさな騒ぎは何? 迷惑だわ」
婚約者の思わぬ裏切りだったのか、ヴァイスは一瞬、憤懣やるかたないという感情を表情に浮かべる。
が、すぐに取り繕うような笑顔を浮かべた。
「カレーナ、僕は君を心配して⋯⋯だから知り合いに頼んで騎士団に協力してもらったんだよ」
「何てことしてくれたの? 皇家は権力と一定の距離を保つことを条件に、存続を赦されているというのに。そこに婿入りしようとする人間が、帝都で武力の象徴たる治安維持騎士を、恣意的に動かすという事の重大さすら考えられないのかしら?」
うーん、すがすがしい程の正論だ。
完璧と言っていいだろう──男を立てる気が一切感じられない、という点を除けば。
はっきりいってカレーナの言葉は『お前バカなの?』と言っているのも同然だ。
俺と同じ感想だったのか知らないが、ヴァイスは再び憤懣を表に出しそうになるも、なんとか抑えている、ように見える。
「そ、そう、君の言う通り、バカな真似をしたかもしれない。でも、それほどまでに君を心配してるってことを理解して欲しい」
おお、粘るねぇ。
まぁ、結婚後ならともかく今は皇家と王家。
カレーナの方が、家格が上位なのだから気を使って当然かもしれない。
「心配? あなたの心配は私と婚約が正式に破棄されたら、皇帝になれないからでしょう? 私の事なんて、肩書を手に入れる道具くらいにしか思ってないくせによく言うわ」
「カレーナ、どうしたんだい。普段の冷静な君とは思えないよ、そんな言い方⋯⋯」
「あなたと! アンナが! 抱き合っているところを見たの! 私が何も知らないと思って!」
カレーナの剣幕に、ヴァイスが絶句する。
しかも思いもよらない言葉だったのだろう、ヴァイスはしばらく何か言おうと口を動かしたが、出てきた言葉はなんの捻りもない言い訳だった。
「ち、違うんだカレーナ、誤解だよ」
「何が?」
「いつの事を、言ってるのか、わからないけど⋯⋯」
しどろもどろになりながら、ヴァイスが視線を彷徨わせているが、明らかにその言葉は悪手だ。
カレーナは隙を見逃さず、冷たい言葉で斬り込んだ。
「いつの事ってなに? そんなに思い当たる節があるってこと?」
うん、そうなる。
俺でもそう追及する。
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