『レンタル魔王』は本日も大好評貸出中~婚約破棄騒ぎで話題の皇家令嬢に『1日恋人』を依頼されたので、連れ戻そうと追いかけてくる騎士団を撃退しつつデートする事になりました~

長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中

第1話 レンタル魔王

 開店二十分前の午前九時四十分、慌ただしく起床。

 三階にある寝室を出て、階段を下り、一階の事務所に移動。

 午前九時五十分、茶の下準備をして事務所の外に出る。


 あくびをする片手間に、右手人差し指に魔力を集中。

 顔と同じくらいのサイズをした水球を発生させ、フワフワと宙に浮かべた。


 覗き込めば、まず、寝癖の付いた銀髪が目に入る。

 普段よりも一段とひどい有り様だ。


 他には浅黒い顔、エルフ程ではないが尖った耳、やる気が感じられないとよく評される、眠そうで、目つきの悪い男が水面に映し出される。


 まあ、俺なんだけど。


『シモン、アナタの寝起きの顔⋯⋯私は可愛いと思うわ』


 かつてベッドの中で言われたセリフに


『そうかな? ひどい有り様だぜ?』


 と脳内で返しながら、左手でぴちゃぴちゃと水球に触れ、寝癖を簡単に直し、顔を軽く拭う。

 水球に唇を差し込んで『ずずずっ』と吸い込み、がらがらとうがいをして吐き出したら、残った水を『バシャ』と拡散して道に撒いた。


 次に『パチン』と指を弾く。


 『ブオオオオッ』と音を立てながら、風魔法が発動した。

 顔や手の水気を飛ばし、ついでに髪も乾かし、身仕度完了だ。


 

 目覚めて最初に行うのは開店準備──身仕度と事務所前の掃除だ──といっても、簡単に身だしなみを整え、水を撒いて埃を抑える程度だが。


 ポストに配達されている新聞を取り出し、脇に挟み、俺の『居城』を眺める。


 築百年。

 発展著しい街並みから取り残された、三階建てのボロいビル。

 事務所兼住居であるここに住んで五年。

 一階が事務所、上二階が住居スペースだ。

 引っ越す事は可能だが、俺はここが気に入っている──時間に取り残されているような佇まいが、特に。


 入り口のドアノブに下げてある簡易的な看板を『閉店』から『開店』へと変え、そのまま中に入る。


 簡単な応接セットと、デスクだけの殺風景なオフィス。


 デスクに置いてあるポットの蓋を開ける。

 人から譲り受けた年代物アンティークだ。

 身支度の前に、少量のお湯と茶葉入れて蒸らしてある。


「うん、香りが立ってる⋯⋯良い頃合いだ」


 茶葉の蒸れ具合に満足した俺は、再び右手に水球を、左手に魔法で火を発生させる。


「火の精霊よ、右手の『加護』を抑えろ」


 精霊に命令しつつ、発生させた火を使って水を温める。

 事前に命令しておかないと、過保護な精霊が勝手に断熱してしまう。


「アチチっ⋯⋯よし」


 指先に熱を感じたら頃合いだ。


 沸かした湯をポットに注ぐ。

 湯沸かしはともかく、茶が出来るまでの時間は魔法で短縮できない。

 煮出し終わるまで時間を潰すため、デスクに座り、脇に挟んであった新聞を手に取った。

 

「はえっー。ドワーフ初の大統領誕生かぁ。優勢だと聞いていたが⋯⋯時代だねぇ」


 人類と亜人が融和し、統一国家を作ったのが五百年前。

 帝政が崩壊し、共和制へと移るのに四百年。

 そして百年後──つまり現代、ついにヒューマン以外の種族から、初の大統領誕生だ。


「まあそれでも、魔族からの大統領は⋯⋯まだまだ先だろうな」


 エルフやドワーフなどの『メジャー亜人』とは違い、俺たちのような魔族への偏見はまだ根強い。

 議席もないし、保護政策は他種族の連合頼りだ。

 それでも、魔族なんて迫害されて当然の五百年前に比べれば、まだマシってもんだろう。

 俺みたいな魔族丸出しなヤツが、帝都──帝政崩壊後もこう呼ばれている──に事務所を構えて商売できる程度には、人々の差別意識もやわらいでいる。

 トップニュースから次の記事に移ろうと新聞を捲った時⋯⋯。


 りーん、りーん。


 と、魔法呼び鈴が来客を告げた。

 

「はーい、今行きまーす!」


 まあ、鍵は開いてるし、声を出せば届く距離なので、本来呼び鈴など要らないんだけどな。

 入ってくりゃいいじゃん、ってなもんだが。

 それでも出迎える礼儀くらいはわきまえている。

 返事をしたと同時に、次の記事の見出しと、そこに描かれた肖像画が見えた。

 

「皇族、カレーナ様婚約破棄か!?」


 うわ、気になる。

 俺は皇族関係のゴシップが大好きだ。


 記事に後ろ髪を引かれながら、来客に対応する為に出入り口へと向かい、ドアを開けた。

 そこには鍔の広い帽子を、目深に被った女性が立っていた。


「あの、こちらが⋯⋯『レンタル魔王』? さんの事務所でしょうか?」


「はいそうです。ようこそいらっしゃいました、取りあえず中へ──」


 教育が行き届いた執事の振る舞いを装い中へと案内すると、俺の横を素通りしながら女が中に入って来る。

 彼女はキョロキョロと事務所内を観察した。


「失礼ですが⋯⋯魔王の居城を名乗るには、いささか狭いですね」


 口調からイヤミさは感じない。

 あくまでも冗談のようだ。

 俺は愛想笑いを浮かべながら、軽く返答を返した。


「まあ、そうですね。戦闘用ゴーレムを使役させて、警備させる手間が無い事くらいしか、自慢はできませんね──どうぞ」


 俺がソファーを勧めると、背もたれの存在を否定するかのごとく、彼女は縁に軽く添えるように形の良い尻を乗せた。


 上半身は背筋がピンと伸び、その姿勢から育ちの良さがうかがえた──ついでに、形の良い双胸の存在も。


 ちょうど茶が出来上がる頃だ。

 カップに注ぎ、彼女と、自分用にそれぞれ置いてから、俺は対面に腰を掛けた。


「よろしければどうぞ」


「ありがとうございます⋯⋯良い薫りですね」


 彼女は屋内で帽子を被りつづけるという、自らの礼儀知らずに我慢ならなかったのだろう。

 返事と同時に帽子を脱ぎ、脇に置いた。


 カップを持ち上げ、彼女が縁に口をつける。

 指に光る、赤い宝石をあしらった指輪が俺の注目を引く。


 古い意匠デザインだが、強い魔力の波動を感じる。


 俺がさり気なく指輪を鑑定するのと同時に、彼女も茶のテイスティングを終えたようだ。

 下町で思いもよらず高級料理に出会った──そんな驚きを隠せない様子で、彼女は目を丸くした。


「このお茶⋯⋯とても美味しいですね」


「ありがとうございます。狭くるしい『居城』とは違い、茶葉にはこだわってまして」


 俺の言葉に、彼女は愉快そうに笑顔を浮かべた。

 表情こそ違うが、さっき新聞で見たばかりの顔だ。


「不躾で申し訳ありませんが、カレーナ様⋯⋯ですか?」


 念のために確認すると、彼女がカップを置きながら頷いた。


「はい、ご存じでしたか。光栄です」


「まあ、貴女の事を知らない男はいないんじゃないですかね? 少なくとも、ここ、帝都では」


 新聞がそれほど流通していない地方ならともかく、帝都の住人にとって一番の娯楽は新聞がもたらすゴシップだ。


 なかでも皇族の記事は人気で、掲載されればすぐに売り切れる。


 現在では権力のない象徴とはいえ、まだまだ一部の国民からは尊敬と敵意を集めている。

 しかもカレーナ嬢と言えば、その見目麗しさと穏やかな性格から、国民の評判も高い。

 まあ男なら、一度はお相手願いたいと思うような高嶺の花だろう。



「そうかも知れませんね⋯⋯。ただ、それは本当の私を皆さんが知っている、という事にはならないでしょう?」


「それはそうですね」


 有名人ってのは、噂に尾鰭おひれが付く。

 それは俺も知っている。


 有名人の宿命だ。


「あの、二、三質問してもよろしいでしょうか?」


 彼女の遠慮がちな質問に、俺はビジネススマイルで返した。


「はい。ご利用前に不安を取り除く、それが私のモットーですから。遠慮なくどうぞ」


「はい、では⋯⋯あの、なぜ『魔王』などと名乗ってらっしゃるんですか?」


「目立つでしょう? 商売では目立つとか、興味を惹くのは大事なんです」


「それはそうかも知れませんが⋯⋯」


「まあ私だけではなく『魔王』とか、『魔王の生まれ変わり』を自称する輩は多いですからね。私が思っているほど目立たないのかもしれませんが」


「あくまでも宣伝のためだと?」


「私の場合は。だって今でも皇帝陛下はいらっしゃいますが、『真の意味』での皇帝などいないでしょう?」


 本来皇帝という身分は権力の象徴だ。

 だが、今では権力は剥ぎ取られ、国の象徴に成り下がっている。


 皇族である彼女なら、俺の言わんとしてる事はわかるだろう。


 誰が『魔王』を名乗ろうが、今更この国に魔族を束ね、全権を有する『王』など存在しえないのだ。


「なるほど、仰りたい事はなんとなく理解しました。次にお聞きしたいのですが⋯⋯普段はどんなご依頼を?」


「家事や引っ越しなど、様々です。特に魔法があれば便利な依頼が多いですね」


「魔法を?」


「はい。洗濯や掃除に必要な水は魔法で作れますし、風魔法で埃を吹き散らしたり、土魔法で壁の修繕、何でもやりますよ」


「三属性も魔法を?」


「一応、全属性に適応があります」


「それは⋯⋯凄いですね」


 彼女が感心するのも当然だ。

 魔法は大抵、単属性適応が殆どで、二属性で稀、三属性以上となるとほんの一握りだ。


「わかりました、次に⋯⋯あなたはお強いですか?」


「荒事には少々自信がありますね」


「えっと、どのくらいでしょう」


「そうですね⋯⋯メチャクチャ頑張れば、世界を滅ぼせる程度には」


「もう、真剣にお答えください」


「私はいつだって真剣ですよ?」 


 言いながら肩をすくめ、笑みを浮かべてみる。

 彼女は呆れたようで、それでいて幼子の強がりを慈しむような視線を俺に向けたのち、ため息を吐いた。


「⋯⋯わかりました、もうこの質問は良いです」


 少し不満げな雰囲気を演出しながら、彼女は再度カップを持ち上げ、茶を飲み下したあと「ふぅ」と一息ついてから言った。


「では、依頼なのですが」


「はい」


「私と⋯⋯恋人になっていただけませんか?」




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