将軍と僕
あそうぎ零(阿僧祇 零)
第1話 将軍は女の子だった!
お城の
だいぶ待たされているとみえ、隣や前後と盛んに会話を交わしており、大広間は
「これはいったい、何の騒ぎでござろうか?」
「おそらくは、異国船の件でござろう」
「異国船? そんなものは、
「そこがそれ。
「いかにも。本来であれば、まだ人形遊びなどしておられるお歳頃でござる」
「すると拙者どもは、差し詰め、上様ご愛用の人形でござるなぁ」
「ずいぶんひねた人形でござるな。ははははは」
「上様のおなり―!」
そのとたん私語はピタリと止み、辺りは静寂につつまれた。
続いて、全員が平伏する
上段の間の
座布団の後ろに立って皆を一渡り眺めたあと、着座した。
「苦しゅうない。皆の者、面を上げよ」
その声は、まぎれもなく若い女の声だ。むしろ、子供の声に近い。
彼女が将軍・
幕臣の末席に連なっていた
もっとも、確か鎌倉時代に、「
それに、そもそも葵などと言う名前の将軍がいただろうか? 日本史が好きな勇斗には、どうしても腑に落ちなかった。
将軍から勇斗まではだいぶ距離があったが、勇斗の視力は2.0だ。目を凝らして、将軍の姿や挙動を観察した。
時代劇で見るような
「本日は大儀である。さっそく、本題に入る。皆も聞いておろうが、ペルリの艦隊が、先ほど
あたりは、水を打ったように静まり返った。
「誰かおらぬのか?」
しかし、一同、下を向いて沈黙したままだ。
「
葵の甲高い声が、沈黙を切り裂いた。
「申し上げます!」
前から2列目に座っている譜代大名が手を挙げた。
「おお、
「恐れながら申し上げます。武力を用いてペルリらを打ち払うことは、
「ふむ。では、開国に応ずるか?」
「いえ。開国すれば、戦わずして彼の軍門に
「ならば、いったいどうするというのじゃ?」
「はい。ここは、
葵は、ぷいと横を向いた。
「さらに、とっておきの秘策がございます」
「秘策じゃと?」
疑わしそうな葵の視線が、再び榊原に注がれた。
「黄金に加え、大奥にあまたおります美女から、絶世の美女数名を精選し、きゃつらに与えるのでございます。
「
葵が
「ははー」
榊原は、
「お城の金蔵にある黄金と申したが、そんなものはないぞ」
「は?」
「父上・
「……」
「大奥の美女を差しだすとな? 策とも言えぬ、猿知恵じゃな。そちには失望したぞ、榊原」
「恐れ入り
「ほかにないか!」
大広間は、しわぶき一つ聞こえない。
何を言っても咎めないと言った舌の根も乾かぬうちに榊原が
「確か、異国から来たという
最前列にいた
「来ておるはずでございます。誰か、勇斗をここに連れてまいれ」
最後列にいた勇斗は、将軍・葵の前まで連れて来られた。
「そこに座れ。
堀田は、やや心配そうな眼差しを勇斗に向けた。
「勇斗とやら。苦しゅうない。面を上げよ」
「はい」
「おお、
「上様。はしたないお振る舞いはお慎みなされませ」
「はしたないとは何じゃ。思うたままを申して、何が悪い。ところで勇斗、そちは、これから先に起こることを言い当てる、不思議な力を持っておると聞くが、それは
「それは……」
「案ずるな。
「分かりました」
とは言ったが、榊原が大喝された後ということもあり、勇斗は慎重に言葉を選んだ。
「僕はこことよく似た世界にいました。そこでは、時代がもっと先に進んでいましたので、これから起こることが、幾分か分かるのです。ただ、僕がいた世界は、こことよく似てはいますが、まったく同じというわけでもありません。違う点もたくさん見受けられます」
「たとえば、何が違うのじゃ?」
「そうですね……、女の将軍などおりませんでした」
「黙れ勇斗! 御前なるぞ!」
堀田が吠えた。
「うるさいぞ、堀田! 黙るのはそちの方じゃ。勇斗は続けよ」
「でも、徳川幕府はありましたよ。またある時、
「黒船じゃと? 昨年来たペルリの船は、船体が白かったというぞ。だから、
「はい。そのように、僕がいた世界とこことは、似ていながら少し違うのです。僕の方では、黒船を率いていたのはペリーという、アメリカ国の軍人、つまり侍でした」
葵は、興味深そうに、勇斗の話に耳を傾けている。
「して、そちがここに来る前におった世は、ペルリが日ノ本に来てから、どれくらい経っておったのじゃ?」
葵の視線が、ひたと勇斗に注がれた。勇斗は初めて、葵の顔を正視した。どこか、タレントかアイドルの誰かに似ていると思った。誰だろうとあれこれ考えたが、なかなか思い出せない。
「これ勇斗。考えておるのか?」
「は、はい。今、計算しております。でも、僕は暗算が苦手でして」
「何なら、予も勘定を手伝うぞ」
「いえ、計算できました。ペリー来航から、ざっと200年あとです」
勇斗の答えが聞こえた範囲の幕閣たちが、にわかにざわめいた。しかし、葵は動じる風もない。
「そうか。して、そちがいたという200年後も当然、徳川の世じゃろうな? 将軍はどなたじゃ?」
「あのぅ。その答をここで申し上げてよろしいのでしょうか? これは、内密に申し上げるべきかと思いますが」
「ん?……。おお、そうじゃな。勇斗よ、よくぞ申した。堀田、皆のものに、いったん各人の詰め所に下がって
「承知いたしました」
「勇斗は、予に付いてまいれ。堀田も来るのじゃ」
《続く》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます