第2話 こけし使いだが

――勇者様、どうか、世界をお救いください!


そんな感じの事を言われた気がしないでもないが……



「お、親父!」


「どうした? 友達か?」


「違うって! 外を見て見ろよ!」


 そう言ってみんなの視線を外に向けさせる。


 確かに家の前にあったはずの物置小屋が、無くなっている。


「ど、どういうことだ? どっきりテレビか?」


「どんなドッキリだ! 家持ってっちゃっていいですか? かよ!」


 本当に、どうなっているんだ?


「勇者様。そしてご家族の方々……落ち着いてくださいませ。今、世界は『大魔王カティエ・フォカイ』の魔の手によって、なんだか大変なことになっているのです……」


 美しい少女が懇願し、手を合わせているがこうしちゃいられない。

物置小屋には俺が子供のころから集めていた『カード○ス』があるのに!


 急いで廊下に出ると土間で便所サンダルを履いて、外に飛び出した。


「おいおい……ここは一体――」


 そこにあったはずの物置小屋はなかった。

というより、ここは確実に現実世界じゃないってことが分かった。

 目に飛び込んできたこの光景は……


「ここは、『カレイシュ』の城、その広間です。床を見てくくださいまし。この魔法陣であなた方を呼び寄せました」


「余計な事すんな! バイトどうすんだよ! (あ、もう現場ないんだった)」


 とにかく異様だ。とりあえず家に戻ろうと思って後ろを見ると。

 逆に何で気付かなかったんだ、茶の間と廊下しかなくなってる!


「お願いです! 国に伝わる勇者召喚の儀によってあなた方が現れたのですわ! さぁ! さぁ! こちらで鑑定の儀をやりましょうですわ。さぁ!」


 そんな、これが異世界召喚。まさか俺が勇者になる日が来るなんて……

妙に押しの強いお姫様は、茶の間に戻ろうとする俺の腕をぐいぐいと引っ張る。


「さぁ、皆様方も。今宵は宴ですわ! 勇者がきっと世界をお救いになられます!」


 さっきこの美少女が勢いよく網戸を開けたものだから、戸車が欠けて外れてしまっている。

 その掃出し窓から顔を覗かせて、家族を呼び寄せると、お近くの鑑定の間に移動した。


「さぁ! 鑑定の儀をした後は、初期装備の儀を執り行います。その後に任命の儀をやって、それからそれから」


「儀ぃ儀ぃうるさいな、一回でいいだろ!」


「それでは、勇者様! この水晶に触れるのですわ! さすれば空間に、あなた様のステータスが浮かび上がりますわ! 最初は低いステータスですが、大丈夫! やがて強くなりますわ!」


(まさか、噂の異世界が、自分の身の回りでも起きるとはな。後で田中に自慢しよう)


 ん? まてよ?


「ねえ、君。魔王を倒したら、元の世界に戻れるのかい?」


 気になって問いかけると、その美しい金髪の少女は滝のように汗を流し、高速で目を泳がせると、巧妙に俺を欺きにかかった。


「さ、さぁ! 水晶に、ええ。そこにあるでしょう? 触れるのです! さぁ! ステータスを丸裸にするのですわ!」


(あ……戻れないタイプの異世界だ)


 そうしてふぅと息を吐き、覚悟を決めて水晶に触れる。

 と、頭上に光のビジョンが浮かび、俺のステータスが暴かれた。


***


【シンサク】


レベル:1


職業:こけし使い


能力:ユニークスキル こけし攻撃(今まで作成したこけしの数×0.38)÷2のダメージを与える。


※心を込めずに作ったこけしはカウントされない


こけしをつかってたたかうせんし


***


「こけし、使い……」



 絶句。もうね、絶句。


 その場の誰もが、絶句。


 妹だけが、腹を抱えて笑い転げていた。


「さ、さぁ! もうアナタはいってよし! ですわ! それでは、妹さんかしら? こちらへ……あ、まって! だめ! あなたは本命ですから後にします!」


 そう言って、次の本命である妹は後回しにして、先に母さんを連れてきた。


「この球に触ればいいのかしら? 一体いくらするのか知らねえ、これ」


 そう言いながら水晶にふれると、同じようにビジョンが浮かぶ。

 ただし、内容は俺の時と全く違う。


***


【ヨメ】



レベル:1


職業:賢者


能力:???


その魔力は天を割り、地を裂き。飢えるモンスター共を血の海へと沈めるだろう。

数千年に一度、神々さえも圧倒するほどの力を持ちてこの地に生まれし、魔法の使い手。

数多の呪文、数多の英知をその身に湛え――


***


「ちょっと能書きが長いからここで失礼しますわ!」


 そう言って、母さんの手を引っ張って水晶から離す。

 ぷつん、と姿を消したビジョンを尻目に、口元に手を当てて時間差で驚きの表情を浮かべる。


「な、なんということ! どうにかどこかでうまいこと賢者も見つかったら棚ぼたラッキーと思っておりましたのに! これほど苦労せず都合よく見つかるなんてですわ!」


 オホホと高笑いをあげて喜ぶ美少女は、一瞬、俺の方を見ると「プッ」と噴出した。


「さぁ! 勇者よ! ここに見せつけるのですわ! 勇者ここにあり、と!」


 ドレスの端っこをつまんで小走りに妹の元へと駆けていくと、強烈な力で手首をつかみ、水晶の元へと戻って来た。


「さぁ! さぁ!」


 まさか、俺の妹が勇者だなんて……

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