第08話 迫りくる脅威(前編)

 ── 南三市西側火除け地。六時半。



 交通省の狩人による定期巡回は今日も行われていた。

 ただ、いつもと違う状況に狼狽の色を隠せないでいた。


「おい、これは・・・」

 見やる方角、未踏地から野生動物が雪崩を打つように火除け地に侵入してきている。

 継続的な駆除により、火除け地に迷い込む動物は少ないものだが、この数の原因として考えられるのはもう疑いようもない。

 遠くの別班も警報信号弾を打ち上げている。


「魔獣じゃないですか?あれは」

 魔獣らしき大きさの動物までもが何かに追われるように侵入しはじめていた。

「ただ事じゃない。戻るぞ、くそっ無線機を持ってくるんだったな」

「他の班で持ってきているのを期待しましょう。警報の信号弾赤三発、てー!」


「帰投する!地震や噴火の可能性もあるので覚悟しておけよ!」

 信号弾を確認してリーダーが叫ぶ。後ろはもう動物たちに飲み込まれそうな状況だ。




 ────────




 ── 南三市ギルド事務所。六時四十分。



 フーリエは仮眠室で寝ていた。


 昨夜はキャンプ区で発生した特殊魔獣対策のための残業で帰ることができなかったのだ。窓口業務のころは定時退勤だったが、秘書となると上役が帰るまでが勤務時間である。

 早朝に魔獣案件は終息したとの連絡があり、ようやく床に着くことができた。


「フーリエ君、大変だ。西養生区に魔獣氾濫の兆候という連絡が交通省から入った!警報は再確認後だが、その前に職員を非常召集する」

 ドアを叩く声で目が覚める。大事おおごとだ。


「はい、いま起きました」

 脱いで畳んでおいた職員制服を身につける。


「万が一の避難指示のため、手荷物は揃えておくんだぞ。先に行ってる」



 急いで支度を済ませて、事務室に向かう。

 夜番の職員含めて五人で連絡簿を手分けして、片っ端から電話する。

 もう七時も回っているから、そろそろ早番の職員が来ても良いはずだが。




 トルルル




 内線が鳴った。警備室?


「もしもし、何かありましたか?」



 ツーツーツー



「室長、警備室からコールがありましたが、通じません!」

「まさか、もう魔獣などが入り込んできたわけじゃないだろうな!?」

「警報すら出ていませんので、それは無いのでは?」

「仕方がない、私が見てこよう」

 室長が棚に飾っていた剣を持ち出す。

 夜番の若い男も付き添いでヘルメットを被り、剣を持つ。

 この世界での武装は身だしなみに近い。

 小型獣の浸透は意外と多く、護身のための軽武装は必須だ。



「君たちは職員に連絡を」



 そのとき、市街の公共放送で警報音が鳴り始めた。



「ああ、もう連絡は不要だな。武装してここで待機。各所からの連絡を取り次いでくれ」




 ────────




 ── フリディア視察団宿舎。七時。



「オサリバン記法?」

「そうだ。例のフーリエ女史のノートが解読できた」

 電話の相手はミュルン大学の魔動工学部の部長兼、大学学長である。


「いや、一部の解読ができただけだった。魔法共和国カンタウェイの数学者ヨナサン・オサリバンの残した奇書で書かれている数式記法だと判明した。数学屋連中に査読を急遽依頼している。回路の設計資料だとばかり思っていたので盲点だった」

「ヨナサン・オサリバン女史は数学者で、その残した記法で解読可能であると」

「百五十年ほど前に死んだ女性だが、私はまた蘇る!とかなんとか。オカルトかぶれの奇行で有名だ。彼女の残したの数学書の記述で使われているのがオサリバン記法と呼ばれていて、共和国では輪廻転生の証拠とか言われて時折ブームとなって大層面白がられているらしい。うちの物好きが思い出した」


「転生者?は置いておくとして、先生。由々しき事態ですが、内通者が大学にいる可能性があります!おそらく共和国と関係しています」

「なぜ?いや、まてそうか」

「はい。ノートの存在を知っているのはおそらく盗み出した我々だけですが、それとヨナサン・オサリバンを結びつけているということは」

「監査部と軍にはこちらで連絡しておく。いやソーン卿が先か。ともかくフーリエ女史の安全を守ってくれ」




「諸君、先日の襲撃者は共和国の工作員という可能性が濃厚となった。少なくともフーリエ女史自身が狙いである。家宅捜索した時の実働員は機密保持のため一時拘束。すまんな」

 ノートの内容を知りえる人間はとりあえず容疑者である。この任務からは遠ざけておくことにする。



 そのときだった、街中の公共放送でアラートが鳴り響くのが聞こえたのは。

 何事かとざわめくブリーフィングルーム。


「通達!全市に緊急警報が出ました!!西側火除け地全域。大規模氾濫です!!」


 隊長はテーブルを叩く。


「出動中止!警報下で露骨には人員は出せん、三班までは副長の指揮下で視察団人員の所在確認と避難を。市外退避も許可する。場合によってはキャンプに向かえ。ギルド監視中の四班は私の現着後に直接指揮下でギルド施設の防衛に移行すると通達」


 悲報は続く。


「監視班より入電、ギルド施設でハイジャック進行中。緊急召集で出勤してきた職員が拘束されている模様!!」


 隊長はぺちんと額を押さえてうめく。


「強化動甲冑を整備フェリルから返してもらってこい、着装していく!!監視班は現着まで待機」




 ────────




 ── 討伐基地キャンプ。七時。



 ラッコを討伐して戻ったキャンプは騒乱の坩堝であった。



「おい、何か悪い予感がするんだが」

「予感だろ、起こってもいないことを気に病んでも仕方ないさ」

「そうそう、きっと今あたしはベッドの中でうなされてるのよ、ふふふ可笑しいわよね」

「やな夢だよなぁ。もうしばらく寝てるから起こさないでくれよ」

「ハイが高じて何人かトンでそうだな?」



「ご、ご苦労様でした」

 駆けつけた課長さんは、もう顔色が悪いを通り越して白い。顔色が驚きの白さ。



 無情なアラームが鳴り響く。

 この世界で、おそらく知らない人はない警報である。

 このアラームを聞いた一般市民は、急いで近くのシェルターに向かうのが常識だ。



「大規模氾濫警報・・・」

「やめてよ。誰か嘘だと言って」



 さあ、延長戦のスタートです。

 今日一日、頑張っていきましょう!!!




 ────────




 ── 南三市。七時十五分。



 強化動甲冑を着込むと、街に出る。

 警報が鳴り響く中、すでに避難する人が多く、道路は混雑していた。

 諦めて屋根に飛び上がると、屋根伝いに走りだす。


 整備途中の甲冑は今のところは正常だが、不安は残る。

 なにぶん、開発中のテスト用の魔動具であり、α版三機のうちなんとか使いこなせたのは、あたしだけである。何が起きても不思議ではない。

 それでも待ってきてよかったと思う。

 これの運動性ならば一度に四人程度ならば制圧可能だ。

 魔宝石は上限の16カートリッジ。フル稼働させても、45分は持つだろう。

 問題は先日の襲撃者の中に居た男。あの不思議な技は脅威だ。



 不安をよそに問題なく、ギルドの監視ポイントに到着した。

 待っていた監視班の班長から状況報告を聞く。


「襲撃者は十六名、軽装です。職員を装って一階警備室を制圧したと思われます。出勤してきた男性五名女性二名は退出する気配なし。無力化されたのだと予想。なお、フーリエ嬢は昨晩は帰宅していませんでした」

 監視班は監視が仕事だ。出勤してきた職員を邪魔する権限はない。

 勘違いで業務を妨害したら目も当てられないため、静観は当然だった。

「ターゲットが居るのに奴らは何をしてるんだろうか?」

「おそらくですが、フーリエ嬢が施設内で夜勤していたとは知らないのでは?」

 幸運だろう。フーリエを確保していたら族は脱出していたに違いない。

 そうなれば追撃戦になっていた。

 施設内ならば分散していると思われるので、制圧も可能である。


「突入する。一階正面ロビーのシャッターを破って侵入。フーリエの保全が第一目的とし、ギルド機能の回復が第二。襲撃者に構いすぎるな、氾濫が来てるぞ」

 施設内図をもとに制圧作戦を立てる。ロビーから警備室に向かい、そこから階段で五階・六階・八階まで上がる。夜間に照明が残っていたので、フーリエの仕事場はそこと思われる。


 監視役として四方に四名を残した十三名で正面に回る。この際だ、爆薬でシャッターをこじ開けて突入。ロビーには拘束された七名と襲撃者二名がいた。フーリエ嬢はいない。

 襲撃者は排除し、警備室に向かう。四名排除。警備員四名と職員二名が拘束されていたので解放して職員に事情を聞く。視察団として色々と顔を合わせていたので話が速い。

 ロビーとは別途で拘束されていたことから、夜勤の職員だろうとの判断だが正解。


「もしもし、八階?」


 聞き出した作業場に通話したところフーリエが出た。無事でよかった。


「フーリエちゃん、リリアです。警備室からかけています。そこから退避して。襲撃者の目標はおそらくあなたです。一階は制圧しましたが残りの十名がまだ施設内に居ます。注意して」




 ────────




 ── 南三市東側養生区。七時二十分。



 それは、であった。

 すでに頼るべきリーダーは居ない。


 一匹が思う。


 西に向かおう。

 恐くしかし強いアイツに会おう。



 喧しい騒音が鳴り響く中、開け放たれたフェンスを駆け抜ける。

 強いアイツの同族は驚くが、みな西を見ている。すり抜けるのは容易だ。

 アイツの同族が次々と西からやってくる。アイツはどこだろう。

 仲間たちも、寄る辺無い思いから一匹に続いて走るのだった。




 ────────




 ── 南三市西側火除け地。七時二十分。



 それは、石の平原の奥にを見た。

 長らく、そう。数十年のあいだ目にしたことのないの姿だ。

 倒さねばならぬ。



 それは、討伐者ギルドのガラスのビルに映る姿に発奮して、速度を上げ始めた。




 ────────




 ── 南三市西監視塔。七時二十分。



 火除け地の状況を監視している交通省職員が悲鳴を上げた。


「未踏地から、巨大な、そう五十メートル近いと思われる超大型の魔獣が街に向かって進行中!ギルド支部のビルくらいはあります!!」

 双眼鏡を奪い取り、上司も確認する。


「あんなモン、軍が来てもどうにもならないぞ。警戒から避難指示に切り替えろ!討伐者ギルドにも連絡、受け入れ要請。至急便だ!!」




 ────────




 ── 南三市ギルド事務所。七時二十分。



 リリアさんの説明に唖然となるも、事務室に残っている職員に伝える。

 こういう時には、えーと何かあったような。焦ると思い出せない。

 促成秘書ではこういう時に困る。マニュアルはあるのに思い出せない。

 秘書室に取りにいくく時間は無いと思う。

 前世だったら、火災時の非常用シューターがあるのに!



 廊下を走る足音が聞こえた。まずい、皆に机の下に隠れるように指示。


「誰も居ません」

「くそ、この階もハズレか。急がねば軍や討伐者が」

 そのままどこかに行ってくれ。



 その時、電話が鳴った。



 気にもとめないで出ていこうとする男が、不意に気づいた。


「まて、ここはどこからか連絡が来る部署。ということにならんか?」

 ぎくり!


「この部屋は捜索しよう、誰もいないのは不自然だ」

 しまった!頭いいというか、あたしが間抜けなんだろうか。

 気配から相手は二名。訓練されてる戦闘員相手では、ここにいる人員では対処できないだろう。



 けたたましいサイレンが鳴り響く。

 警戒警報が避難指示に変更されたのを知らせるものだ。

 警報とは違い、もはや猶予はない。



 覚悟を決め、立ち上がって指示を出す。

「総員、パニックルームに避難!」

 そう、パニックルームだ。

 閉じこもると外からはマスターキーを使わなければ開かない。

 主に大規模氾濫で使われる各階に設置されている安全室。



「フーリエさん!」

 脱兎のように逃げようとした女性職員が振り返って叫ぶ。


「この人達、あたしに用があるみたいなの。行って」

 分からないなりにパニックルームに駆け出す職員。

 リリアさんの言う通り、あたしが目的らしい。


「フーリエ・バルド嬢だな、一緒に」



 そのとき。ドアが爆ぜ飛んで、ドアと一緒に戦闘服の男が投げ込まれた。

 男はバウンドすると、向かいのガラス窓を突き破って表に放り出されていく。




「これで残りは五名。とうに壊滅判定だぞ。帰らなくていいのか?」




 裏道で助けてくれた全身甲冑の人だった。そう言い放つ。


 駆け出す身体強化魔動具。

 部屋の二人組は、ツーマンセルで相対する。

 一人が組み付いて窓に走り出す。


「ぐ」

 窓から放逐しようってのか!

 倒せなくとも排除するには、それが一番早い。


 二歩だけ疾歩を使い、体勢を入れ替えることに成功。

 そのまま体勢の崩れた男を窓の外に放り出した。


 残りの男を探して振り向く。

 不運にも男のハイキックが仮面を捉え、強くかち上げた。


 あ


 仮面の術式が。壊れた。


 高速の運足で男を巻き込んで突進し、派手に机も椅子もぶちのめしながら部屋を縦断。

 奥の壁に激突して止まった。

 いや、止まらずに倒れた。倒れて壊れたオモチャみたいにジタバタしている。

 よく途中で引っかからなかった、と感心する運の良さだ。

 下敷きになった男はノビている。おそらく甲冑の人も。


 あれに蹴られたら、あたしなんて骨が折れるかな?

 蹴られないように近づいて、観察。ヘルメットの後ろにケーブルがある。

 術式を見る限り、それは回路のジャンパとなっている。

 なるほど。ケーブルで接続するというアイデアは全く無かった。


 捻って装着するコネクタ。それを解除すると、電池を抜いたように動きが止まる。

 あ、これ。おそらくシリアルケーブルだ。これも魔動具。超進化じゃないかI/F回路は詳しく見てみたい。通信制御どうなってる?

 一瞬、好奇心に負けそうになったが押し留めた。そんなことやってる場合じゃない。


 ぐったりとしている。やはり気絶しているのだろうか?

 魔動具は意識とは関係なく、機械的なものだ。

 気絶してすら動作するのも意外ではない。それでも身体強化魔動具の可能性を見せられたような気もする。


 ヘルメットの留め金を外して脱がせると、ショートな金髪があらわれる。

 思った通りリリアさんだった。とりあえず外傷はみられなくてホッとした。



「く、私としたことが」

 リリアさんが目をあける。


「歩けますか?私達もパニックルームに行きましょう」

 リリアはしばし考え、首を振る。

「共和国コマンドかもしれない。パニックルームの装甲壁でも」

 ただの壁では、魔術には対抗できない。


 そしてヘルメットの側面を開け、中を確認して舌打ちする。

「それ、見てもいいですか?」

「分かるのか?」

 訝しげな顔でこちらを見る。

「はい、身体強化の術式ですよね」

 眉がぴくりと。驚いている。



 持ち歩いているカバンから整備用具を取り出す。

 秘書に異動となっても、手放せなかったこれらは、あたしの未練だろう。




「・・・回路の一部が断線しています。ダイ回路基板は無事ですね。これなら」

 回路構成剤をハンダで落として繋げる。



 ヘルメットを返して、動作チェックをしてもらう。

「貴方は・・・」

 唖然としていた。



「なぜ、あたしを守っていたんですか?」

 そう。先日の襲撃では、人族国家フリディアの軍人のリリアさんに救われた。

 魔族の姫君だという理由では納得できない。



 リリアは、しばし考えると、意を決した顔で答える。



「われわれは圧縮回路。と呼んでいる技術を追って、王国エルダウェイに派遣されました」

 圧縮回路?

「視察団の護衛という立場を隠れ蓑として」



「フリディアで、ある王国製の魔動具が発見されました。

 その回路の一部の修理痕には未知の構成が使用されていました。

 大学は国に協力を求め極秘に調査し、やはり王国製の一個の魔動具にもそれを発見しました」

 ああ、それはあたしの仕事かもしれない。

 ダイの一部が破損している魔動具。修理してくれとのお願いに、悪戯心で他の無駄な回路部分を削ってパッチを当ててたことが何回かある。

「そして王国内の伝手によって調査を進め、ここ南三市にたどり着きました」



「その我々が、圧縮回路と呼んでいる技術。あれは貴方の仕業ですね」

 バレた。怒られるのかもしれない・・・済みません。



「フリディア国立ミュルン大学。その学長からの依頼です」

 え?

「その圧縮回路の考案者。貴方を探し出して、。という依頼です」




「だって、おかしいじゃないですか、あたしかどうかなんて」

「もう言い逃れは通じませんよ。

 この魔動具は圧縮回路から得た知見が使用されている試作品です。

 大陸のどこにも、これと同じ技術を公式に用いた魔動具はまだありません。

 それを理解し修理できるとしたら大学の開発班か・・・」



 確信を伴って、リリアさんはあたしを見つめる。



「だから、圧縮回路は貴方が開発した手法だ」

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