第07話 水輪の魔獣(後編)

「ええ、すでに他のキャンプに魔術師の応援要請は行いました」

「やっぱ居ないのか、アレに対抗できる魔術の使い手は」


 ギルドの顔色の悪い職員さんが状況の説明をしている。

 前に聞いた課長さんだろう。


「隔離移動車の手配が済めば、三~四日で来てもらえるのではと」


 キャンプと娑婆は三日間ルールで隔離されているが、防疫対処した車両なら行き来はできるらしい。なるほど。

 ただ、そんなに例のある事態ではないため車両の手配には難航しているようだ。

 


「仕事になんないな、俺らでできることも考えないと」


 とりあえず、講堂に椅子を並べて対策会議を開催中。

 影響が出ると工期にまで響いてくる。

 肉体労働の討伐者の健康管理上から休養スケジュールまでもがギルドとの契約には含まれているため、強制的に入れ替えになってしまう。ギルドの討伐者の健康管理はスケジュールよりも優先度が高い。

 それもあり、次のローテーション群に丸投げは沽券に関わるという意識が強い。


「俺らは初心者なんで詳しくないんだけど、こんな奴とか日常茶飯事なのか?」

 一斉に首を振る面々。

「バカ言うな、あんなのそうそう出てこられたらたまんねーよ」

 よかった、心配するような魔獣は居なかったんだ。


「とりあえず魔術師あつめて飽和攻撃したらどうだ?前衛を盾にして」

 と、まず脳筋な対策を発言する。いや、脳筋ちゃうわ。なんとしても認めん。

「巻き添え発言するやつは言うことが違う。が一理ある。お前、率先して盾にもなってくれたよなぁ。ありがとう」

「しかし、あの車輪魔術、どうやって防ぐ?この脳筋魔術師でも吹っ飛んでたぜ」

 殴らねばならぬ



「そもそも何で魔術が効いていないんだ?」


 うーん

 あれ?


「俺の砂魔術は効いてた。目潰し」

 俺の証言に集まってくる魔術師たち。


「そういや確かに。近距離なら効くのかな?」

「じゃあ魔術師が接敵して至近距離から」

「ヤメロ、水流でノックアウトされる未来しか視えない」


 みな夕食も摂らずに集まっていたので、ギルドの庶務が気を利かせて、まかないの蕎麦が提供されてきた。

 昆布やらカツオは無いため出汁は鶏ガラで具は鶏の中華揚げ、ラーメン汁の蕎麦って感じだ。箸は普通にある。

 それを啜りながらも議論は続く。


「車輪魔術の原理がわからん」

「あんな持続性のやつを連発してたら、あっという間にスタミナ切れるっす」

「おまえ、クラス3でバテるとか言ってたっけ?」

 確かに、通常の魔術は一瞬しか働かない。

 それでも数発で打ち止めである。

 魔獣相手でも無駄撃ちさせて弱らせるのは鉄板の対応だ。


「見ていて思ったんだが、あれは発動のままの待機状態なのでは?持続してるんじゃなくてさ」

 仮説を思いついた魔術師がいた。

 全員がそれに耳を傾け、続きを促す。


「我々の普通に使う術式は、投射して使うよな」

「ふむ」

 目潰しもそうだ。投げつけるイメージ。

「あのリングは、まず水滴があり、集まってリングになってた」

 初めて見たときを思い出す。たしかにその通りだった。

「それをぶつけて、威力の出た分だけ消費していると考えるならば、リングを出していても消耗しないんじゃないか?」

「ああ、設置系すね。あれは発動するまで消費されないんで」

「ああ、見えなくて踏んだら発動するから前衛から嫌がられる系魔術のトップ」

「術者が距離を置くと不発するのもなぁ」

 設置型あるある。


「しかし、なぜ空中に浮かんでいるんだ?」

 俺は疑問を投げかける。

「それは、なぜ魔術は空中を遠距離まで飛ぶのかという疑問に近いっす」

 言われてみれば、そうなのか。

 魔術だって実際に投げたり持ち上げているわけじゃない。

 空中設置できても良いわけだ。


「通常の魔術では投射距離、つまり射程が問題となって、現象としての魔術は放散してしまう。しかし、あのようにリング状に投射する術式は聞いたことがない。実は射程や時間経過ではなく術者からの絶対距離が重要なのかもしれない」

「設置ミスもそれなら、理屈は通りますね」


「オマエアタマイイナ」

「魔術師は大概インテリなんだがなぁ。特に学院卒は

 輪を組んでる全員の眼が俺に向く。脳筋という文字が浮かんで見える。

 魔術師連中から距離を取っている・・・いや離れている前衛達までもだ。

 お、俺は誰を殴ればいい?


「ここでだ。実は投射型術式でもアレンジで軌道を変えるのはよくある」

 目潰ししか持たない俺のために説明してくれてる。

 箸先をくくくっとカーブさせて解説。

「いやまて、あんなに湾曲させるなんてどうやるんだ?俺はできない・・・と思う」

「やり方はどうでもいいだろ。軌道を変える手段あるってことだ」

 実際に軌道変更しているならば、あとは程度の問題ってことか。

「俺らが意識している魔術構成とは違う、何かの要因があるんですね」


 ふむ。


 ぶわっさっ

 がたたっ


「やめろ、何するんだ。蕎麦に入るじゃないか」

 俺の出した砂埃が舞い、丼を持ったまま慌てて下がる一同。


「すまん、軌道なんて意識してみたことなくて」

 意識してみる。うーん、前世の加速器みたいな感じかな?

 チューブを思い描いて、そこを通す。こう。


「お、おっ?なんすか?これは」

 たなびく埃のような砂粒が俺の指先で回転している。

 今度は潮が寄せるように集まる魔術オタクたち。


「他の砂はほれ、もう消えてるのに。このリング状の砂は消えてないな」

 観察した一人が言う。なるほど、手放していない術は消えないのか?


「宴会芸じみた技に思えるが、偉大な知見かもしれん」

 うん、いつもより多く回しております。スピナーかな?ぐるぐるぐる。意外と楽しい。


「こんなに軌道は変えられるのか!?どうやってるんだ」

「いや、やってみたら出来た」

 いつもは無意識に放出している砂だけれど、軌道を意識しただけである。

 何かの方法とかではなくフィーリングなので、やり方に関してはさっぱりだ。

「この脳筋め」蹴る


 コツを掴んだのか、リングを増やしたり、サイズを変更したり。

 あ、サイズを縮めても回転速度はかわらん。角速度一定CAVだな。

 回転モーメントによるものじゃないのか、この運動は。

 速度を上げてみる。おお、上がった。ぎゅるんぎゅるん回ってる。




「その宴会芸はどうでもいいんだ、あいつの魔法抵抗はなんなんだ?」

 ハブされている前衛陣からのブーイング。

 それがあった。対策会議だったな。



「思いついたんすが」

 忘れて曲芸に釘付けだったのを誤魔化すように、ミヒャエルの発言。


「あいつ、ラッコだっけ?まあいいや、ラッコは手元から魔術を使ってませんね」

「そうだ・・・な」

 リングも空中に突然湧いて出たことを思い出す。


「あれって手元からは撃てないのかもしれないっす」

「なんで?」

 唐突な結論に、ついて行けない一同。


「子供す。ラッコは子供らをシールドとして使ってるんじゃないか、と。だから子供の張り付いていない頭には魔術が効いた。という推論はどうでしょう?」

 ああ、納得する。

「シールドの範囲外に魔術を発現させて使ってるのか。だからリングなのか」

 可能性はあるけど、それはつまり。



「じゃあ、結局は子供らから始末して倒せばいいのか」

 飽きていた討伐者が結論を述べる。

「なんか普通すぎない?・・・結論」



「もしくは顔に魔動具で攻撃するとか?」

「三メートルはあるだろ、届かないよ。飛びつけば別だが」


 俺を見るな、俺を。

 ああ、うちソーンズプライドの奴らまで見てるんだが。裏切り者どもめ。



 そこに課長が飛び込んで叫ぶ。

「養生区に問題のラッコが侵入したとの巡回からの通報がきた!」

 もはやラッコという呼び名は確定だな。


 なんでケダモノが夜に来るんだよ。

 あ、夜行性なのか?むしろ正しいわ。


 あ、なんですかコレ?

 長めの筒を手渡される。いやこれは。困るんだが。

「終わったら返せよ」

「俺の人生が終わったら返すよ」

 蹴られた解せぬ。


「いってらー」

 魔術師連中はお休みだ。

 魔術効かなくて、相手はバンバン撃たれたら怪我人が増えるだけ。

 とはいえ、恨みがましい目でみてやる。羨ましい。




 ────────




「目標は一本木周辺らしい」

 うっ、嫌なところに。


「お上りさんはみんな来るんだな」

「目立つからな。いいランドマークになりそうだ」


 もう深夜も越えて、あたりは暗闇である。

 この世界でも月はあるが、今夜は新月なのか単に地平線に沈んでいるのか見えない。ちなみに月は普通に一個だった。ただしウサギはいない。タヌキの顔みたいな模様だ。カチカチ山でタヌキが逃げおおせた世界線?猿の惑星的な未来とかいう話じゃないな。

 もしかすると曇っているのかも。キャンプ区画の探照灯は非常事態ということで消灯しているため雲の有無はわからない。ちなみに人類は未だに点と点にしか生存域が無いため観測点も限られている、したがって天気予報の精度は悪い。雨でも降ってきた日には目も当てられないことになるだろう。

 カーテンは増感にも使えるので薄ぼんやりとした地形は見えなくもない。しかし、走るには暗すぎてどうにもならないのが困る。歩くのが精一杯だ。

 ランタンでも掲げれば楽かもしれないが、明かりに眼が慣れてしまうと暗くなった時に厳しい。特に野外では。


 とあちらこちらを探し回っていた時、ポン。と一本木あたりに光弾が生まれる。

 先行の偵察隊が発見したのだろう。照明弾を打ち上げたのだ。



「宴会が始まっちまってるぞ。急げ皆の衆」



 明かりが尽きないように第二、第三の照明弾が灯るころ、ようやく前衛陣は現場に到着できた。

 突然の昼間に興奮したのだろうか、ラッコが暴れている。

 偵察員は攻撃力は低いため回避専念で翻弄しているようだ。


「俺らも牽制するから、ブラッドは取り付いて頭を狙ってくれ」

 魔動具を渡してきた奴が言う。

「これ、使ったこと無いんだが・・・」

 素直に疑問点を聞く。

「え、ああ、魔族出身ならそういうこともあるか。沽券に関わるもんな。攻撃用魔道具の使い方なんて意地でも学ばない、と」

 実物でレクチャー。

「握りのスイッチをこう、押しこんで安全解除、そうしたら前にスライドできるから、押すんだ。指を離すとバネで戻ってオフになる。

 ああ気をつけろよ、こいつは五十センチほど炎が吹き出す。熱いぞ。

 交換したばかりだから五分くらいは使えるが、無駄撃ちはやめとけ」


 あれ、カタログには。

「カートリッジじゃないのか?マガジンでリロードできるとか、せめて魔宝石の詰替は?」

「そりゃ人族国家フリディアの高級品だな。交換はギルドに出してやってもらってる。だいたい戦闘なんて普通は五分もありゃ終わるから、そんな高いもの使えねぇよ。欲しいけどな」


 グリップ内弾倉式みたいに、ジャムる可能性もあるかもな。リボルバーの消えない理由。

 リリア中尉・・・セールスの道は遠そうですね。


「長距離踏破偵察任務とか請け負うクラスのチームじゃ、引っ張りだこなんだよな。俺もなりてぇ深層討伐者」

 いつかはクラウン。


「おい、女郎と野郎どもレディース&ジェントルマン、ちっこいのを潰してくぞ!気を入れろ!!」



 到着した先はもう戦闘パーティが始まっていた。

 回避専念な偵察員たちに業を煮やしたラッコは、リングを振り回して対抗。

 攻撃範囲はさほどではないが、近づけないため膠着状態だ。



 あ、なんだ?ラッコの頭の上に子供ラッコが鎮座している。

 親の活躍にきゃっきゃと何やら楽しげだ。特等席だな。



 足元では人間が子ラッコを引き剥がそうとするも、あまり効いていない。

 リングを避けながらでは腰の入った攻撃はままならないのだから当然だろう。

 走り込んでジャンプする討伐者もいるが、対空は完璧だ。ちょいとリングを傾けるだけで面白いくらいにすっ飛ばされる。ダメージは無くてもメンタルに来そうな賽の河原的な苦行であろうか。


 視線を切るように疾歩で近づいて、おい。

 背中側の子ラッコが、しがみついてる手でクイクイっと親に知らせる。この親子に恨まれる筋合い・・・ああ、俺あったわ。

 お尻ぺんぺんはそんなにムカついたのか、ごめんよ。

 何より岩石持ち逃げしたり、砂を掛けまくったり、やりたい放題だったな。



 親が伝家の岩石を振り下ろしてくる。

 それは悪手だぜ。忘れたか!


 バサッ

 あ、頭の上の子ラッコが覆いかぶさって・・・


 ガっツン!

 俺は岩石の直撃を頭で受けた。

 目潰しは子ラッコに防がれてノーダメ。

 子ラッコに目を奪われての失敗だ。特に自分もギュッと目をつぶる姿が高得点。いいねしたい。


「ああ、それで頭の上に待機してたのね」

 誰かが呟く。


 ヘルメットがなければ即死かもしれん。それにしても効いた。

 バックステップで後退して二撃目は避ける。


「なんて奴だ、頭良すぎだろ!?」

「遊ばれてるんじゃないかと思ってたから、安心したあたしがいるのも確か」

「それな・・・じゃねーよ」



「まてっ、じゃあ魔動具攻撃も防がれるんじゃないか?」


 嫌な予測ありがとう。確かに頭のガードが完璧じゃどうにもならんな。



「こん畜生!!人間様舐めるなよ」

 子供の観測網の反応より速く!

 回り込んで子ラッコを足がかりに駆け上る。

 頭の踊り子を引っ剥がそうとしたところ・・・


 子ラッコが脇の下から取り出したのはそこそこ握りやすそうな石。

 ガッツン!ガツツン!!ガツツツゴン!!!


「あたっ、あたたた」

 速いビートで繰り出される連打に足を滑らせて転落する俺。


「人間様!」

 誰だ!ちくせう!!どさくさに!涙がちょちょ切れる。

 とっさに頭に浮かんだ言葉が、つい出ちゃっただけだろうけど、ナチュラルに傷ついた。

 とっさに、皆が思ったことを代弁されたみたいで。

 なぜなら俺自身が思ったからだよ。うん。



 踏み付けを避けつつ後退。イノブタで慣れてらぁ!



「ワイヤー掛けるぞ!動きを停めるんだ」

 後続が駆けつけ、手に持った火薬式の発射筒ランチャーからワイヤーが伸びて巻き付く。

 耐荷重で数トンはありそうなワイヤーが何本もかかり、動きを阻害する。


 みちちち。うっそだろ、台付けの端を持ってる奴らがまとめてなぎ倒されてる。

 いや、あれだけの子供らをぶら下げつつ、それなりに走り回ってるな。討伐者の数人なんぞ重しにはならない。


 そして水洗で流されていくワイヤー班。

 それでも腕やらに絡まったワイヤーのため動きは鈍ったかも・・・

 ああ、子供らが解きにかかってる。本気で頭いいじゃねぇか、このやろ。




 このままじゃ!




 それは思い付きだった。

 リングになぎ倒される討伐者。

 自由に繰り出すそれはただの水だ。




 ならば。




「お、おい。なんだそれは」

 気づいた討伐者が声をかけてくる。

 声に恐ろしいものを見た畏れを感じる。







 もっとだ・・・もっと砂を。もっと多く、もっと速く、もっと大きく!!

 回転は速く。チューブは細く硬く!!




 何者にも停められない勢いを!!!




「若!」「ブラッド様!!」

 近くにいたヒートとフーガが気づいて驚き声を上げる。




 俺は、猛スピードで回転する二メートルほどのを高く掲げて、ラッコに突進する!




 何故か光の輪と化したそれ。

 気づいたラッコは水の輪ウォーターサークルで応戦してくるが。

 水を巻き込み、回転するそのリングはまさしくウォータージェットだ。

 ダイヤすら切り裂く剣。




「いくぞ!くそラッコ!!」




 ぞぶん




 すれ違いざまに浴びせかけた砂の輪は、

 シールドごとラッコを袈裟懸けに切り裂いた。




 ────────




「ああああ、疲れた。もう寝たいヤバい!ハイになってるぅ」

「すごいな、ブラッド!!魔族に戻れんじゃね?」

「怪我人は荷車にのせろ!引っ張っていってやるからな」

「ワイヤー置いてっていいのかな?」

「ギルドの回収班が拾うだろ」

「それより、ラッコの子供ら大勢逃しちまったな、怒られないかな?」

「大丈夫だろ、親が居なけりゃただの動物だよ」

「ハラヘッタ」


 ラッコを退治して意気揚々と帰還する討伐者たち。

 東の森には陽が昇る前兆の朝焼け雲がかかり、彼らを祝福しているかのようだった。




 しかし、帰っていった彼らが目にしたのは・・・

 慌ただしく人が行き交う駐屯地キャンプの姿であった。

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