桜の匂い 第2章 想いのままに 男子編(高校1年生~高校3年生)

遥乃陽 はるかのあきら

第1話 小さな砂丘の上に彼女がいた!(僕 高校1年生)想いのままに・男子編

 部活動で金沢(かなざわ)市の西域(せいいき)に在(あ)る畝田町(うねだまち)の工業高等学校から、近くの金石街道(かないわかいどう)を3キロメートルほどランニングすると日本海に着く。

 其処(そこ)は犀川(さいがわ)の河口に広がる金石の砂浜で、この浜辺と1キロメートルくらい北側に在る金沢港口の大野町(おおのまち)までの防波堤沿いの海岸道路上でトレーニングを行っている。

 トレーニングは腕立(うでた)て伏(ふ)せ、腹筋(ふっきん)に背筋(はいきん)、ジャンプにダッシュ、そしてスクワットで弓を射(い)る為(ため)に使う筋肉(きんにく)と骨格(こっかく)を鍛(きた)えている。

 それから弓道(きゅうどう)の基本となる八節(はっせつ)の動作と礼節(れいせつ)を、ビシッ、バシッと擬音(ぎおん)通りに3年生達からドツかれながら叩(たた)き込(こ)まれる。

 そんなトレーニングメニューを大野の町へ向かう間に4、5回は繰(く)り返す。

 繰り返さないと筋肉と骨格が整(ととの)わないし、動作と礼節も体得(たいとく)できない。

 この同じメニューを繰り返すトレーニングを、先輩達はサーキットトレーニングと呼(よ)んでいた。

 サーキットトレーニングを熟(こな)すと、また走り、金沢港口の橋の袂(たもと)を曲(ま)がったり、橋を渡って醤油蔵(しょうゆぐら)の通りを抜(ぬ)けたりして学校へ戻(もど)る。

 コース全長、約6キロメートル、2時間半のトレーニングコースだ。

 月曜から水曜までの三日間(みっかかん)は持久力と体格を得る為(ため)に、この筋力トレーニングを行う。

 中学校ではスポーツクラブに入っていなかったけれど、陸上競技は好きだった。

 だが、こんなに遠い距離を走った事は無かったし、これほど長い時間を運動に費(つい)やした事も無かった。

 最初の一ヶ月は、先輩達に全(まった)く付いて行けない。

 新入部員の指導には、数人の先輩が付き添(そ)って走ってくれているけれど、僕はいつも5分以上も

遅(おく)れて金石の浜に着いてしまう。

 それにトレーニングメニューは3分の1も熟せていなかった。

 息が切れて、声を出せていない。

 心臓の動悸(どうき)がバクバクと激(はげ)しく高鳴(たかな)り、僕の世界が今にも終わりになっている。

 視界の周りにウネウネと動く糸蚯蚓(いとみみず)のような光る銀線が次々と、たくさん現(あらわ)れては消えて行く。

 これが初めて見た、星が出ると言う事らしいけれど、少しも星らしく見えない。

 走り終えると、いつも目眩(めまい)いと頭痛(ずつう)がして来る。

 米神(こめかみ)がズキズキと痛(いた)み、もうちょっとで、脈動(みゃくどう)する太い血管が破(やぶ)れて一気(いっき)に血が噴(ふ)き出て来そうだ。

 胃(い)から酸(す)っぱいのが上がって来て、咽喉(のど)がヒリヒリと焼けるように痛い。

 胸がムカムカして、やたらと唾(つば)を吐(は)いて海水で口を漱(すす)いだら、更(さら)に痛みとムカつきが酷(ひど)くなってしまった。

 僕は1年生の中で1番遅くて鈍(にぶ)い、全(まった)くのヘタレだった。

 こんなヘタレな状態だから、毎週の前半は親父から加工のアルバイトの依頼は来なくて、トレーニングに集中出来ている。

 高校に入学して間(ま)も無く、僕は部活に弓道部を選んだ。

 矢(や)を射(い)るのは、ただ、弓を引いて的(まと)に矢を当(あ)てるだけのゲームみたいなイメージだったのに、こんなにトレーニングをするなんて思ってもみなかった。

 日本の武道で個人競技、柔道(じゅうどう)や剣道(けんどう)のような技(わざ)と体力と体格差、それに俊敏(しゅんびん)さと気合(きあ)いの勝負じゃない。

 極(ごく)少ない静かな動きで矢を的に当て、より多く的に当てた者が勝(か)つ。

 的は反撃して来ない。

 自分自身との戦(たたか)いだけで、何より物臭(ものぐさ)な僕向きの武道だと思えた。

 僕は道着姿(どうぎすがた)で静(しず)かに弓を構(かま)えて矢を放(はな)つ、矢は狙(ねら)い違(たが)わずに的のど真ん中(まんなか)に中(あ)たる、その無言(むごん)の格好良(かっこうよ)さで彼女の気を引こうと思い、部活を弓道に決めた。

 既(すで)にピアニストの夢を諦(あきら)めてしまった彼女だけど、それでも僕は彼女から感じていた『僕には、何もない』という引け目や負(お)い目から、『これが有るんだ!』と劣(おと)っている事は何も無い事を自覚(じかく)できてから、彼女の横へ立ちたいと思っていた。

 楽器は何も奏(かな)でられない僕だから、彼女との協奏(きょうそう)は無理。

 ならばと、彼女のピアノのパフォーマンスに負(ま)けない感動させる何かを常(つね)に探(さが)していた僕は、弓道を見付けた。

 僕に弓道の才能が有るのか分からないけれど、弓道なら自分自身の努力(どりょく)で得(え)た技能とセンスでヒーローになれる。

 ヒーローになれば、スタンドプレーのパフォーマンスも、或(あ)る程度(ていど)は許(ゆる)されるだろう。

 それに部長に成(な)れれば、弓道部の戦い方も、自分色に染(そ)める事ができる。

 初(はじ)めて弓道部の練習を見た時に、これなら彼女の横に並(なら)べる自分になれる、そう思った。

(大会で優勝したらモテモテで、彼女は、僕の虜(とりこ)になるかもだ……)

 そうなる可能性は、大きい……。

 そんな、チャラくて不純(ふじゅん)な動機で入部した。しかし、実際は全然違(ちが)う。

 現実は厳(きび)しくて、この様(ざま)だ。

 何事も鍛錬(たんれん)を無くして事は成(な)さない。

(ううっ…… 気持ち悪くて、……吐(は)きそう)

 再(ふたた)び、胃から立て続けに酸っぱい物が上がって来て、頬(ほお)が膨(ふく)らむくらいに、閉じた口の中をいっぱいにする。

 それを、先輩達に悟(さと)られないように両手で顔を覆(おお)いながら、僕は無理矢理(むりやり)飲み下(くだ)している。

 酸っぱくてネバネバする口の中は、ムカつきがブリ返すほど気持ち悪い。

 砂浜で、2度のトレーニングメニューを熟した後(あと)、みんなは、海岸道路の方を見ながらザワ付き出だした。

「あれは、女子高校生だよな。珍(めずら)しいな、あんなところに立って、一人(ひとり)で何してんだろ?」

 誰(だれ)ともなしに、言っているのが聞こえた。

 見ると、海岸道路の向こう、土手(どて)のような小さな砂丘の端(はし)に、見覚(みおぼ)えの有る高校の制服を着た女の子が立っていた。

(あれ! あの、制服は……!)

 遠くでも、僕は一目(ひとめ)で分かった。

(彼女だ! 来たんだ。……僕に会いに……、いや、違(ちが)うだろ! 夕陽を見に来てくれたんだ)

 金石の浜でのトレーニングの事は、二日(ふつか)前に彼女へのメールで知らせたばかりだ。

【週の前半の三日間(みっかかん)は、天候が良ければ、学校から金石までランニングです。金石の砂浜で、トレーニングのメニューを4、5回繰り返します。それからまた、ランニングをして大野(おおの)新橋の袂(たもと)を曲がり、学校へ戻ります。時々は橋を渡って大野島(おおのじま)まで行ったりもします。このトレーニングでは体格と筋力を造(つく)っています。雨降りや寒い日は、校舎内で同じように、ランニングとトレーニングメニューをします。夕陽を受けて金波銀波(きんぱぎんぱ)に輝(かがや)く日本海の波頭(なみがしら)がとても綺麗(きれい)です。水平線に落ちて行く真っ赤(まっか)な太陽と、金色(こんじき)に棚引(たなび)く雲は、本当に綺麗です。トレーニングは辛(つら)くて、走り出す直前まで気持ちはナーバスですが、その夕陽の海を見ると、辛(つら)いことを忘(わす)れてしまいます。きっと僕は、この景色(けしき)が見たくて走っているのかも知れません。暇(ひま)が有っても、無くても、1度、金石の砂丘の上から、夕焼(ゆうや)けの海を見て下さい】

 送ってしまったメールを読み返すと、後半が、何処(どこ)かの岬(みさき)に建つペンションからの宿泊を誘(さそ)う観光案内みたいで、恥(は)ずかしくなった。

 それに真っ赤な夕陽と金色雲は帰りに高校近くのバス停から見ただけで、浜辺で沈む太陽を見ていた事は無かった。

 とても、『頑張(がんば)る僕を、見に来てくれ』とは、ヘタレな自分を晒(さら)すようで文字キーを打ち込めず、週の後半のトレーニングをしていない曜日に来るかもしれないのに、『魅力的(みりょくてき)な風景を観(み)に来ましょう』の誘(さそ)いにした。

 彼女とは相変(あいか)わらず、中学校卒業の日の距離感のままに、リアルはメール文のフレンドリーさに程遠(ほどとお)く、通学コースも違う、離(はな)れた別々の高校に進学した為に先日の偶然(ぐうぜん)の出逢(であ)いまで姿を見る事は無かった。

 だから彼女が、僕と親(した)しくしたがっているという妄想(もうそう)で勘違(かんちが)いは出来ない。

 メールに誘われて、見に来る事は有っても、まだ、僕に会いに来てくれる事は無い。

(メールの返事は、寄越(よこ)さない癖(くせ)に、いきなり、見に来るんだ……)

 でも、此処(ここ)まで見に来るだけアクティブになっているから、ちっとは彼女の気持ちに揺(ゆ)らぎが出始(ではじ)めているのかも知れない。

「おい! 近くまで見に行くぞ! 今日は、コースを変更する」

 部長が大声で指示を出し、いつもの半分で浜でのトレーニングを切り上げて、海岸道路へと部長を先頭に全員が走りだした。

 ランニングコースをショートカットして、彼女が立つ、砂丘の正面へ向かう道路を走る。

 近付くにつれて、僕は間違いなく彼女だと確信して行く。

 みんなから遅れて最後尾を走る頃(ころ)には、もう彼女は間近(まぢか)になっていて、直(す)ぐそこに彼女が居(い)て僕を見ていると意識しただけで、一気(いっき)に気持ちが高揚(こうよう)して胸が詰(つ)まり、走りで喘(あえ)ぐ僕を更に息苦しくさせた。

 先輩や同期達は僕を置いて先を走り、せっかく彼女が来てくれたのに、僕はカッコイイところを少しも見せられない。

 海岸道路に出るころには、息絶(た)え絶(だ)えに仰(あお)ぎ見る僕を、彼女は砂丘の上から見下(みお)ろしていた。

 浜辺(はまべ)でのダッシュやジャンプを繰り返したトレーニングで、乱(みだ)れた呼吸を整えられないまま、走り続けた僕は、海岸道路の高機能アスファルトの路面を踏(ふ)んだ途端(とたん)に、ブラックアウトに襲(おそ)われた。

 視野の周囲から急速に暗(くら)くなり、視力が失(うしな)われて行く。

 襲(おそ)って来た一時的(いちじてき)な貧血(ひんけつ)を治(おさ)まるまで遣(や)り過(す)ごそうと、僕は立ち止まり、既に光りが殆(ほとん)ど感じられなくなった目を閉(と)じた。

 目を瞑(つぶ)ると同時に見えていた世界から光りを無くして、水平と垂直の感覚が分からない状態になって、ぐらりと暗闇(くらやみ)の世界が回り、よろける僕の体がガクリとブランコから落ちるみたいに折(お)れて倒(たお)れそうになった。

 よろめいて蹈鞴(たたら)を踏(ふ)んだ僕は倒れまいと足を前後に開き、しっかりと立ち位置のスタンスを確保する。

 バランスを保(たも)つのと、倒れた時の衝撃緩和(かんわ)に両手が無意識に広がった。

 グルグル回る感じに身体(からだ)が傾(かたむ)く度(たび)に、足を踏み直(なお)す。

 僕は必死で転(ころ)がらないように堪(た)え続けた。

 ブラックアウトを巻(ま)き戻(もど)すように、視野の中心から急速に視界と平衡(へいこう)感覚が回復して行く。

 腰(こし)を落とし両手と両足を広げて、まるで、野球(やきゅう)のアンパイアがホームスチールしたランナーに、セーフのジャッジをするような姿勢で身構(みがま)えたまま、僕は海岸道路の路上で固(かた)まっていた。

 僅(わず)か4、5秒の出来事(できごと)なのに意識が飛んで、直ぐに事態を理解できない。

(どうしたんだ? ここは、どこだ?)

 左の方から人のざわめきと群(む)れる気配がして、僕は捻(ひね)るように顔を向けた。

 トレーニングウエアを着た集団が走り去って行く。

 こちらを向いている最後尾の数人が何かを叫(さけ)びながら、身振り手振りで招(まね)いている。

 どうやら、僕を呼(よ)んでいるみたいだ。

 速(すみ)やかに広がって鮮明(せんめい)になり行く視界と状況(じょうきょう)が、僕を儚(はかな)い微睡(まどろみ)から呼び覚(さま)し、眼前に迫(せま)る現実で圧倒(あっとう)した。

(はっ! そうか! 僕は、ランニング中に目眩を感じて、ここに立ち止ったんだ)

 目の前に広がる草地の斜面が、僕の意識を引き戻す。

(そうだ! 彼女は?)

 急(いそ)いで、斜面の上を見る。

(いた!)

 正面の草で覆(おお)われた砂丘から、僅(わず)かに突出した見晴(みは)らし台みたいな場所の上に彼女は立っていて、ニコリともしない無表情な顔で僕を見下ろしていた。

 彼女の瞳は、笑(わら)えない顔で見上げる僕の目を見ていた。

 彼女を見る、その視界の下半分に、西陽(にしび)で照らされた彼女の素足(すあし)が眩(まぶ)しく見えて、悩(なや)ましくも美しいと思う。

(んん!)

 彼女の目線が気になるけれど、僕は視線の焦点(しょうてん)を一旦(いったん)、草地の斜面まで下げて、それから、彼女の足元から上へ移動させて行く。

 校則で決められた丈よりも、かなり制服のスカートを短くしているのに、奥へ隠(かく)れて行くスラリとした足の白さはパンツと思われる光沢(こうたく)の有る黒色の際(きわ)まではっきり見えていた。

 だが、その先は届かない光に布地(ぬのじ)のテカリも消えて急速に深まる闇(やみ)に覆(おお)われている。

 汗で湿(しめ)っぽい僕の股間がサワサワと熱くなりだした。

(くっ、黒の… 下着……?)

 その眺(なが)めは、バクつく心臓の動悸と、息(いき)絶(た)え絶(だ)えの肺(はい)の喘ぎを急加速させる。

(くっ、黒なんだあ。しっ、下のパンツが黒いってことは、普通は、上もコーディネートさせて……、合(あ)いの制服の下は……? ブラも黒? ゴクッ!)

 もしビキニスタイルだとすれば、漆黒(しっこく)の上域(じょういき)が僅かに白っぽくなって下腹部の肌が識別されても良さそうだと未知の暗闇を凝視(ぎょうし)していたけれど、それを見極(みきわ)めるには距離が有り過ぎた。

 生唾(なまつば)を飲み込むような、不確実な思い込みの想像が妄想(もうそう)を生む。

 白い太腿(ふともも)の付け根を隠(かく)すスカートの奥に、黒い下着を着けていると思うだけで居(い)た堪(たま)れない。

 その暈(ぼや)けたイメージが固(かた)まるに連(つ)れて、ムクムクと股間(こかん)が痛く固まって来ている!

(あぅ、やばい! そっ、想像するな! 見るな! 目を逸(そ)らせ! かっ、彼女に気付かれてしまう……)

見ないようにしなければと思うほど、その闇(やみ)をもっと良く見てみたくて眼が離(はな)れなくなり、瞬(またた)きもしないで僕は見据(みす)え続けた。

(あっちゃー。だっ、だめだ! こっ、こんな時に! もう、だめだぁー)

 疲労から来る生殖本能(せいしょくほんのう)も加わって、ビクビクと股間が痛いくらいに張(は)って来る。

 むず痒(がゆ)さを伴(ともな)う痛みに思わず反射的に力(りき)むと、ジャージの中で僕の大事な一物(いちもつ)が一気に張り詰(つ)めて持ち上がってしまう。

(あーっ、まずい! 彼女を……、彼女の顔を見ろ!)

 さっと彼女の顔を見て、僕は青ざめた。

 いつポーズをとったのか気が付かなったけれど、恥(は)ずかしがるようにスカートの裾(すそ)を押さえて、覗(のぞ)かれるのを隠そうとする素振(そぶ)りも見せず、仁王像(におうぞう)のように両手を腰に宛(あ)てがって堂々と構(かま)え、眉間(みけん)に寄せる皺(しわ)と米神(こめかみ)に青筋(あおすじ)を立てる彼女は、じっと、僕を見下ろして睨(にら)み付けていた。

 その無言を決める顔の唇(くちびる)は、への字だった!

(げげっ!)

 その恐(おそ)ろしげで冷(つめ)たい表情に、恥ずかしさと驚(おどろ)きでビビってしまった。

 彼女の顔に戻した僕の瞳(ひとみ)は、逃(に)げ場(ば)を求めて揺れ惑(まど)う。

 僕の視線が戻るのを見計(みはか)ったように、彼女の口が動く。

 それは、ゆっくりと二(ふた)つの発音の動きをした。

『バーカ』

 声にせず、唇だけが動いて言った。

 そうはっきりと、聞こえた気がした。

 上から目線そのものの彼女の冷たい視線は、ヘタレでスケベな僕に容赦(ようしゃ)なく突(つ)き刺さり、道の真ん中でセーフポーズで固まったまま、彼女のスカートの中を覗くような痴漢(ちかん)行為を働(はたら)く僕は、本当にバカみたいだ。

 今にも、河川敷の堤(つつみ)ほどの砂丘から彼女が鬼(おに)の形相(ぎょうそう)で駆け降りて来て、僕の頬(ほお)を往復で平手打ちしそうな気配がする。

 動く……、いや、逃げるタイミング…… を失った僕を呼(よ)ぶ声が聞こえた。

 その声の方を向くと30メートルほど離れて、弓道部の同期達が大声で僕を呼んで急(せ)かしていた。

「おーい、早く来―い」

(ハッ、そうだった!)

 部活のトレーニングの真っ最中(まっさいちゅう)だった。

 部活中だという事を、すっかり忘(わす)れるくらいに、夕陽を見に来た彼女に出逢(であ)っただけで、僕は舞い上がって思考は停滞(ていたい)してしまった。そして今は、元気一杯の股間とは対照的(たいしょうてき)に、気持ちは萎縮(いしゅく)している。

「なにしてんだよぉ! 知らない女子にぃ、見蕩(みと)れてんじゃねーよぉ!」

 同期の仲の良い奴が、叫ぶような大声で言った。

(バカ野郎! いらんことを、言うんじゃねぇ)

「もしかしてぇ、おまえの知り合いかぁ?」

 先輩の一人が、デカイ声で言う。

 そうですけど、あとで話がややこしくなるから聞き流す。

「やっぱぁ、知った女子じゃねぇだろう。スカートの中ぁ、覗いていたしなぁ? スケベな奴だなぁ~。しっかりぃ、見たかぁ。おまえのぉ、あそこもぉ、デカくしてるしなぁー」

 同期達と先輩達が、みんなで僕をからかう。

(あっちゃー、めっちゃ図星(ずぼし)で、すっげー恥ずかしい!)

 離れている先輩達から、くっきりと外見からでも分かる股間の張り具合(ぐあい)は、彼女も、しっかりと見ているのに違いない。

(やめてくれー、そんな大きな声で言うなぁー! ばっちし、彼女に聞こえているし……)

 恥ずかしさに俯(うつむ)いたまま、僕は、みんなに追い着こうと、全力で駆け出した。

 良し悪しは兎(と)も角(かく)、それは、思いがけない非常にラッキーなタイミングの出来事だった。

(見た! 黒のショーツだった! しっかりと見てしまった!)

 学校へ戻るトレーニングコースの殿(しんがり)を走る僕の股間のイチモツは、繰り返し蘇(よみが)える鮮明な記憶の映像(えいぞう)にズキズキと痛いほど張り詰めていた。

(……でも? スカートの中を見られているのに……、何故(なぜ)、彼女は恥じらわなかったのだろう?)


 つづく

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