第1章 第3話

「あ、そろそろ呼ぼうと思ってたんですよ」


部屋の片づけが終わり2人でリビングに降りてきたら、夕飯の支度を終えた紅音がキッチンから出てきた。

食卓には所狭しと色々な料理が並んでいる。


「……随分な量がありますね?」

「ええ、今日は修也さんがうちに来たお祝いですから」

「そんな大げさな……でも、ありがとうございます。で、俺はどこに座れば良いですか?」

「私の隣ですよ修也さん」


確かに蒼芽の座った椅子の隣の席にもう1つ食器が用意されている。

蒼芽に促され、修也は席に着いた。


「それではいただきましょう」

「いただきます」

「いただきます」

「どうですか修也さん、お味の方は」

「美味しいですよ。うちの母ではこうはいきません」

「そうですか。お口に合うようで良かったです」


紅音の料理に舌鼓を打ちながら修也は夕飯を食べ進めていく。


「それでね、修也さんって凄いんだよ! 凄い勢いで走ってきたひったくり犯を簡単にひっくり返しちゃったんだよ!」

「いや、あれは相手の力を利用して投げ返しただけだ」

「え? どういうことですか?」

「大きな力に対して真正面から弾き返そうとするならそれ以上の力がいる。でも、逸らすだけならそんな大した力はいらないんだ」

「へぇー……」

「つまりあの時は受け流す要領で少しずつ力の方向を逸らしていったんだ」

「言葉にすると簡単っぽく聞こえますけど実際やるとなると大変な気がしますけど」

「危ないから真似はしないようにな」


修也と蒼芽の会話を紅音は楽しそうに眺めていた。


「やはり修也さんが来てくれたおかげで空気が明るくなりましたね」

「え? そうですか?」

「はい。2人だけだとやはり少し寂しいですし、それに私の仕事の都合でそれすらできない時もありますからね」

「あー……」

「それにしても、修也さん……」

「はい?」

「ゾルディアス流古武術の正統継承者だったんですね?」

「何ですかそのけったいな名前の武術は。そんなもん継承した覚えはありません」

「ほらね? 蒼芽とではこんな会話もできませんから」

「無理言わないでよお母さん……」


こうして終始和気藹々とした空気で修也の舞原家での初めての食事は進んでいくのであった。



「修也さん、お風呂沸きましたよ」


夕飯が終わってしばらくして、蒼芽がリビングにいた修也に声をかける。


「え? 俺が一番に入っちゃって良いの? 住まわせて貰ってるんだから最後でも良いんだけど」

「そんな遠慮しなくて良いですよ。それに今日は修也さんは長旅でお疲れでしょうから」

「うーん、でもなぁ……」

「ふふふ、蒼芽は修也さんがお風呂に入った後の残り湯を堪能したいんですよ」

「え?」

「お母さん!!? 違いますよ修也さん、そんな変な嗜好持ち合わせてませんから!!」

「う、うん、大丈夫、分かってるから……」

「本当にないですからね!?」

「分かった分かった。じゃあとりあえず行ってくるから。えっと、風呂場はどこかな?」

「あ、リビングを出て右の突き当たりです」

「ありがとう」


蒼芽に礼を言い、修也はリビングを後にする。


「もう……お母さん、変なこと言わないでよ。修也さんに変な子だと思われたらどうするのよ」

「大丈夫よ。修也さんはあれくらいのことで変な印象を蒼芽に持ったりするような人じゃないわ」

「それでも、あえて変なこと言わなくても良いじゃない」

「だって面白いんだもの」

「はぁ……」


数々の爆弾発言を悪びれもしない紅音に蒼芽は深いため息をついた。



「お風呂上がりました」


しばらくして寝間着に着替えた修也がリビングに戻ってきた。


「あれ、早いですね?」

「男の風呂なんてそんなもんだろ。それにあまり長湯するのも迷惑だろうし」

「そこまで気を遣わなくても良いのに……じゃあ次は私が入ってきますね」


入れ違いで蒼芽がリビングから出ていく。


「どうですか修也さん、ここでの生活には慣れそうですか?」


蒼芽がリビングを出ていった後、紅音が修也にそう尋ねた。


「お陰様で楽しく過ごせそうですよ」

「それは良かったです。遠慮なく自分の家だと思ってくれて良いですからね?」

「ありがとうございます」

「それと、蒼芽とは仲良くやれそうですか?」

「ええ、それはもう。かなり気を遣ってもらっちゃってなんだか申し訳ないくらいですが」


駅まで迎えに来てくれたり、それからも町の案内や自分の部屋の片付けの手伝いなど、今日一日だけでも蒼芽にはかなり世話になっている。

修也にはそれがありがたかったが、寧ろ気を遣わせすぎて申し訳なく感じてもいた。


「気にしなくても大丈夫ですよ。あの子がやりたくてやったことなんですから」

「はぁ……」

「これからもあの子のこと、よろしくお願いしますね」

「はい。でも俺の方がお世話になりっぱなしになってしまいそうですが」

「ふふ、さっきも言いましたけど、蒼芽がやりたくてやることなんですから気にしなくて良いんですよ」


そんな話をしていると、蒼芽も風呂から上がってきた。


「お母さん、お風呂空いたよ」


廊下から顔だけをのぞかせた蒼芽が紅音に呼び掛ける。


「あら蒼芽、今日はちゃんとパジャマ着てるのね」

「え?」

「やはり修也さんがいるから見られることを気にするのかしら?いつもは下着姿でうろつくのに」

「お母さん!?」

「修也さん、蒼芽ってば名前に『蒼』って入ってるからなのか青が好きなんですよ」

「はぁ……?」

「だから下着も青系が多いんですが、修也さん的にはアリですか?」

「ぶっ!!?」

「ちょっ、何言ってるのお母さん!!?」

「あら、大事なことよ?同性しかいないと人の目を気にしなくなってしまうし」

「あ、それは聞いたことありますね。同性だけだと気が緩むというか何と言うか」

「ええそうです。私の学生時代もそうでした」

「え? 紅音さん、女子校だったんですか?」


修也は母親からは同級生とは聞かされていたが、その学校が女子校だとは聞かされていなかった。


「ええ。だからなのか服装が凄くだらしない子もいましたね。男子の目が無いからって、胸の谷間が見えるくらい胸元のボタンを緩めたりスカートなのに大股開きで椅子に座ったり……」

「うわぁ……流石にそれはちょっと引くかも」

「聞いた、蒼芽? 修也さんはそういう子はドン引きですって」

「私そんな恰好した事無いよね!?」

「これから気をつけなさいって話よ」

「するつもりも無いよ!?」



「本っ当にお母さんが何度もすみません……」


リビングを後にした修也と蒼芽は、場所を修也の部屋に移動させていた。

で、部屋に入ってすぐの蒼芽の平謝りに苦笑する修也。


「まぁ紅音さんなりに俺の緊張を解そうとしてくれてたのかもな」

「だからってあんなこと言わなくても良いのに……修也さん、お母さんの言ってたことは全部デタラメですからね!?」

「じゃあ青が好きってのも? 俺も青は好きだから同じだなって思ってたけど」

「あ、それは本当です。でもそれだけですからね? 確かに今日は青い下着ですけど、本当に偶然ですから!」

「お、おぅ……」


急に自分の下着の色をカミングアウトされてリアクションに困る修也。


「青が一番多いのは否定しませんけど、青以外の下着だって持ってるんですから! 何ならタンスを確認しますか!?」

「いやいや疑ってないからそこまでしなくていいって。てか、良いの?」

「? 何がですか?」

「勢いに任せて今自分のつけてる下着の色カミングアウトしたけど」

「あぁ……変質者とか見ず知らずの人だったら嫌ですけど、修也さんだったら別に良いですよ」

「そういうもんなの?」

「ええ。色を知られるくらいなら別にどうってことありません」

「まぁ言ってしまえば衣服の色だもんな」

「そういうことです。それにそういう事もオープンにできる関係ってなんだか素敵じゃないですか」

「なるほど、蒼芽ちゃんが目指しているのはそういう関係か」

「はいっ」

「じゃあそのうち蒼芽ちゃんは風呂上がりに下着姿でうろつくようになるってことか」

「そ、それは別問題ですっ! というか普段からそんな事してませんっ!」


修也の揶揄いに真っ赤になって反論する蒼芽。


「だって可愛くない下着を見られたら嫌じゃないですか!」

「え? そういう問題?」

「でも可愛いのって大体高いんですよ! 高校生が気軽に手を出せる値段じゃないんです!」

「そうなの? その辺はよく分からないけど」

「だったら今度一緒に見に行きましょう。どれくらいするのか教えてあげますよ」

「いや行かねーよ!? 普通の買い物ならともかく、女性下着売り場とか目の毒すぎる!!」

「あ、じゃあ普通のお買い物なら良いんですね? だったら今日できなかったショッピングモールの案内も兼ねて今週末に行きましょう」

「まぁ、それなら……」

「やったっ! 今から週末が楽しみです!」


今日出会ったはずなのに修也と蒼芽は随分と打ち解けている。長年の友人みたいな空気が今の二人にはある。

これはなんだかんだ言って紅音のおかげなのかもしれない。

紅音の気遣いに心の中でそっと感謝する修也であった。








「蒼芽ー、明日は学校があるんだからお楽しみは程々にしときなさいよー」

「何言ってるのお母さん!?」


……やはりただ楽しんでるだけなのかもしれない。

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