追放された私は陛下の隠し子なんですって

アソビのココロ

第1話

「……追放したマギーが王の隠し子だと!?」


 ここはオレみたいな冒険者の集まる食堂兼酒場だ。

 思わず声を荒げてしまったが、周りもうるさいから誰も聞いちゃいねえ。

 まだ酒の入っていたカップをひっくり返したのはもったいなかった。


「おい、情報屋。ガセもいい加減にしろよ。王家絡みの誤情報はシャレになんねえぞ」

「それがどうやら本当らしい。王家から迎えが来て、マギーが引っ立てられてったというところまでは事実なんだ」


 引っ立てられるって罪人に使う言葉な?

 情報屋も落ち着きをなくしているようだ。


「これ以上は有料だ」

「ちっ!」


 銀貨を二枚テーブルの上に出す。


「毎度あり」

「いいから聞かせろ」

「マギーの母親は王宮の女官だった。それで陛下のお手付きになったが、先妃様が大変な悋気持ちだったろう?」

「ああ」


 聞いたことがある。

 産褥で亡くなった先の王妃はメチャクチャ嫉妬深かったと。


「当時王太子だった陛下がその女官といい仲になった時は、まだ先妃様とは婚約前だったんだ」

「じゃあ仕方ないじゃないか」

「まあな。でも仕方ないじゃすまねえのが男と女の間ってやつでよ」


 ははあ、もっともらしい話だな。


「それでマギーの母は追い出されたのか?」

「ほとんど身一つでな。常識で考えりゃ、王妃に睨まれた女なんかに手は貸せねえだろ? 結構な苦労をして娘を育てたらしいぜ」

「なるほどな」

「ハンフリーだってマギーを見て変だとは思ったろ?」

「変だって言うか、訳ありなんだろうなとは」


 母子二人暮らしで危険な森の側で暮らしていた。

 罠で小動物を捕らえたり木の実を採取したりのカツカツな生活の割には、所作が綺麗で読み書きが達者みたいなアンバランスさは感じていたのだ。

 マギーの母は王宮の女官だったと言われりゃなるほどだ。

 平民にしてはバカに大きな魔力を持っているのを知り、オレの冒険者パーティー『鋼の魂』に誘った。


「……確かに王の血を引いていると考えると腑に落ちるな」

「だろう? マギーの瞳の色にしてもだよ」


 マギーは明るい紫の瞳をしている。

 出回っている肖像画から、王家によく出る瞳色だと知ってはいたが……。


「銀貨二枚にしては情報量が少ねえぞ」

「急かせなさんなって」


 酒を飲んでのどを潤す情報屋。


「突然陛下の御落胤だなんて話が飛び出すのも変な話だろう?」

「そうだな」

「ハンフリーんとこのパーティーが好調だからなんだ」

「何だと?」

「ここんところずっと魔物退治のスコア上位常連だったからな」


 『鋼の魂』がお偉方に知られ始めているのか?

 オレにも運が向いてきたようだ。

 もっともマギーの魔法を軸にゴリ押ししてただけなんだけどな。


「『鋼の魂』に魔法を操る少女がいるってことが知られ、そしておそらく俺の同業者みたいなやつに調べさせたんじゃないか? で、陛下の隠し子かもしれないって話になった」

「マジかよ」

「何でマギーを追放したんだ? いい子だったじゃねえか。貴重な魔法使いだし」

「それは……」


 大きいのは方向性の違いだ。

 マギーは魔物退治が面白くなってきたところだろうが、他のメンバーは一〇年は遊んで暮らせる金を荒稼ぎした。

 マギーの半端ない魔法のおかげだ。

 もう危険を冒して魔物退治するより、冒険者ギルドの職員やアドバイザー的な役を指向していた。

 マギーに頼りっぱなしじゃねえかと言われるのも癪だった。

 追放には全員が反対したが、対立が表面化する前に別れた方がいいと判断したのはオレだ。


「……口うるせえし、オレに靡かなかったからな」

「靡かないって。あの子の歳って一三か一四だろ?」

「えっ?」


 そうなの?

 大柄だからもう少し上だと思ってた。

 危ねえ、子供に手を出すところだったぜ。

 情報屋が笑う。


「手を出してたら面白かったな。王女を傷物にした勇者だって評判になってたぜ」

「マジでやめろ」

「処刑されるか、逆に貴族に列せられたかもしれねえ」

「架空の話で喜ぶんじゃねえ」

「ハハッ、それでだ」


 表情を引き締める情報屋。


「最新の情報だ」

「おいおい、これ以上オレから毟ろうってのかよ」

「王家があんたを探してる」

「……何だと?」


 真剣な顔だな。

 本当なのか?


「娘を傷物にしたあんたを……」

「してねえよ!」

「追放したのは事実だろ? 含むところがあるんじゃねえか?」


 そうかも。

 背筋が寒くなる。


「俺が知ったのもたまたまなんだ。顔馴染みの憲兵に『鋼の魂』のハンフリーが今どこにいるか知らないか、上が捕らえて来いという命令を出してるって言われてな。空っとぼけといたが」

「恩に着る」

「なあに、あんたは金払いがいいからな」


 銀貨を一枚追加で握らせる。


「じゃあな。オレは逃げる」

「ああ、賢明な判断だ。叙爵の可能性もないではないが」

「縛り首の可能性の方がうんと高い。ああそうだ、一つ頼まれてくれるか?」

「内容による」

「『鋼の魂』に伝言だ。ベンが次のリーダーだとな」


          ◇


 ――――――――――同刻、『鋼の魂』から追放されたマギー視点。


「外国で身を隠したか、さもなくば……」


 声を落とす立派な身なりの男性。

 この方がお父様だなんて。


「既に命を落としていたかと考えていたのだ。クローディア、今まで探し当てられなくてすまなかった」

「いえ、よろしいのです。陛下も頭を上げてくださいませ。困ってしまいます」


 お母様はかつて王宮に勤めていた女官だったそうです。

 陛下と愛し合い、そして私を身ごもりました。

 が、当時陛下の婚約者になったばかりの先の王妃様の怒りに触れて、仕事を追われたとのことでした。


「クローディアが生きていてくれてよかった……」

「陛下……」


 陛下が目を閉じ、細かく震えているようにも見えます。

 お母様は大層愛されていたのですね。

 お母様も涙を落としています。


「そしてそちらが我が娘か」

「はい、マギーと申します、陛下」

「うむ、クローディアによく似ておる。予にもな」


 お母様がよく言っていました。

 私の明るい紫の瞳の色は、父から受け継いだものだと。

 あまりない色だと思いましたが、王家に伝わる瞳色だったのですね。


「ここ一年ほど、冒険者パーティー『鋼の魂』が魔物退治に活躍しているという話をチラッと聞いてな。魔法の得意な紫の瞳の少女がいると」

「『鋼の魂』はハンフリーさんという方がリーダーなのです。魔物相手の立ち回りや探索の心得をたくさん教えていただきました。レベルもかなり上がったのです。大変感謝しています」

「ふむ、しかし『鋼の魂』はそなたを追放したと聞いた」

「はい。五日前のことでした」


 何が何だかわからなくて、ハンフリーさんに食ってかかりました。

 私の魔法は『鋼の魂』に貢献している自負がありましたから。

 でもハンフリーさんは、私のお上品な口の利き方が嫌いだと言うばかりだったのです。

 他のパーティーメンバーも止めてくださっていたのに、ハンフリーさんは頑として聞き入れず。


「……でもハンフリーさんは知っていたと思うのです」

「マギーが予の隠し子であるということをか?」

「はい。何かと私の目を話題にしましたから」


 可愛い目だ綺麗な瞳だと、恥ずかしくなるようなことをです。

 ハンフリーさんみたいな立派な大人が、私のような子供を口説いているということはないでしょう。

 やはり王族貴族に多い魔法の使い手ということ、それからこの紫の瞳から推測していたのだと思われます。

 決して口に出しはしませんでしたが。


 そしてお上品な口の利き方を追放の理由にしたこと。

 父である陛下の元で暮らせというメッセージなのでしょう。


「おそらく陛下が母と私を探していることを知って、ハンフリーさんは私を追放したのだと思います」

「タイミング的にはそういうことか。なかなかの情報収集力ではないか。そしてそなたを追放したということは……」


 そう、王家の褒美なんかいらないということなのでしょう。

 ハンフリーさん格好いいです。


「一言礼を言いたい。クローディアが世話になった者達は無論のこと、そのハンフリーなる冒険者にもな」

「はい。私ももう一度ハンフリーさんに会いたいです」


 私を森から連れ出し、可能性を教えてくれた人。

 お母様と私に明るい未来を与えてくれた人。

 今でも私の憧れの人、あの格好付けのハンフリーさんに会いたい。


「憲兵に捜索させている。程なくハンフリーに相見えることができるだろう」

「嬉しいです」

「それほど目端の利く者なら騎士に取り立ててもよい。冒険者としてはかなりの腕なのだろう?」


 騎士はどうでしょうか?

 自由な生き方を望む人だと思います。


「さあ、今日はここまでだ。ゆっくり休むがよいぞ」

「「ありがとうございます」」


          ◇


 クローディアとマギーは王宮のアネックスを拝領した。

 自分達の身分をよくわきまえていたのでひっそりと暮らしていたが、市井の話をよく知る母子の元には陛下だけでなく、マギーの異腹の弟妹達もよく訪れることとなった。


「ふうん、ハンフリーってすごい冒険者なんだなあ」

「はい、ハンフリーさんは優秀な方なんです」


 結局ハンフリーさんは見つかりませんでした。

 『鋼の魂』をメンバーのベンさんに譲り、どこかへ雲隠れしてしまったようです。

 ハンフリーさんほどの人が本気で隠れるつもりなら追ってもムダでしょう。


 ハンフリーさんと私の抜けた『鋼の魂』は、もっぱら後進の指導に当たっているそうです。

 陛下に認められ、報奨も賜ったほどの冒険者パーティーですから、話を聞きたがる人も多いとのこと。


「姉様は魔法使いとして名を馳せたと聞いております」

「大したことはないのですよ」


 私は確かに魔法の素質はありました。

 しかしパーティー内で私のレベルが最も低かったものですから、『鋼の魂』の皆さんに鍛えてもらったのです。

 その内範囲攻撃魔法が使えるようになると、面白いようにレベルが上がるとともに『鋼の魂』の名も知られるようになっていきました。

 私の魔法の才を見抜き、優先的に私のレベルを上げようとしたハンフリーさんの功績です。


「いいなあ。ボクも姉様に魔法を教わりたいです」

「それは……」


 魔物を倒してレベルを上げるのが先だ。

 レベルが上がれば魔法力も魔力容量も上がるというスパルタ方式は、王族向きではない気がします。

 冒険者にとっては一番有効だったと思いますけれど。


「……私のは我流ですからおかしなクセが付いてはいけません。魔道士の先生に教わりましょう」

「ええ?」

「私も御一緒して学び直してもよろしいでしょうか?」

「姉様も? それは嬉しいな」


 慕ってくれる可愛い弟妹ができて私も嬉しいです。

 お母様もニコニコしています。

 幸せな生活をプレゼントしてくれたハンフリーさんには感謝しかありません。


 あなたは今頃どこで何をしていらっしゃるのでしょうか?

 ハンフリーさんにとっては、成功した冒険者パーティー『鋼の魂』も窮屈な世界に過ぎなかったのでしょう。

 今は枷から解き放たれた鳳のように、自由な生活を満喫しているのでしょうね。

 叶わない願いとわかっておりますが、もう一度あなたに会いたい。

 感謝の気持ちを伝えたい。

 そして……お慕い申しております。


          ◇


 ――――――――――その頃隣国の安酒場にて。


「オレはこう見えて、一国の姫を顎で使っていたことがあるんだぜ?」

「ガハハ。そりゃあ豪勢だ!」


 ちきしょう、誰も信じやしねえ。

 本当なんだぜ。


 ハンフリーの寝言まがいの自慢を本気にする者は誰もいないのだった。

 ハンフリーは自嘲気味に呟く。


「……まあオレにはこれくらいの境遇がお似合いか」

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