エピローグ
それで事の顛末。
悪魔退治の後、しばらくして裁判が開かれた。
我らがウィルは「王族侮辱罪」をはじめ、逃亡生活中に重ねた数々の破壊活動によって「国家転覆罪」の疑いがかけられたが、『グレムリン&ゴーレム』、『竜人ゴーレム』、『デーモン』討伐等の功績とエレオノーラ王女殿下の猛プッシュによって、罪は帳消し。
無罪放免にあやかった。
その上、長年謎とされてきた古代遺跡『ファフロツキーズ』の起動とその運用という快挙を成したとし、宮廷魔術師としての序列が上昇。
それに伴い、第二姫様付き魔法使いをも拝命する。
さらには、逃亡中の研究の成果が評価され、元々の「死霊術・異界学の専門家」の肩書きに加え、『一級魔導具技師』、『傀儡魔法の開祖』、『古代魔法文明の第一人者』としてまつりあげられることに。
さらにウィルの躍進は止まらない。
焼け焦げたデーモンの遺骸から削り出した【デヴォルの木炭】を組み込んだ魔導具商売が大当たり。
非魔法使いの方々にもお手軽に魔の御業が使えるという事で魔導具市場を独占。
すかさず特許を取り、またたくまに億万長者。
爵位も購入し、ウイリアム・ウィルオウザウィスプ伯爵の出来上がり。
約束通り
調子に乗ったウィルは、
「なんならもう一本建てようか? あ、二本が好い?」
などとぬかす始末。
完全ないいことづくめ。さすがはウィルオウウィスプ。転んでもただでは起きない。悪運だけはめっぽう強い。
これはもう、これまで以上に威張り倒し、手の付けられない有様かと思ったが、存外にそうではない。
心を入れ替えた、とまでは言い切れないにしても、人当たりは多少良くなった。
大学の学者たちを邪険にしたりはしなくなったし、多少は勉強もしたので学生の質問にも答えられるようになった。
伯爵になったことで新たにお城を建てさせ、使用人を大勢雇い入れて、いまのところ数えるほどしか辞めてない。
もちろんファフロツキーズにも住んでいる。
どちらかというとお城の方が別荘って感じ。
本宅はファフロツキーズ。
国に没収されたりはしなかった。
また、王様は今回のウインディの経緯を鑑みて、国民に対し魔法及び魔法使いへの理解を深める為に運動を起こし、国中でイベントや講習会がたくさん開かれた。
王様はその為に宮廷魔法使いや魔法使い連の中からその活動のメンバーを収集。
そのリーダーには、
「どうせお城から逃げ出すのなら役に立つことで出かけろ」
という事で、エレオノーラ王女が起用された。
そして権力と地位に伴う責務でだいぶ忙しくなったウィルも、姫様直々のご指名でこれに駆り出された。
今回あまり見せ場のなかった筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロンは、「ウインディ」という大罪人を育んだ責任者として、降格処分や何かしらのペナルティを負うかに思われたが、本人の八面六臂の活躍でウィル同様、お咎めは一切なし。
しかしフィヨルドでの敗走、デーモン討伐では補佐役に甘んじた失態、『
サー・アレクサンドラ・ユスティアス副団長は、『ウィルオウウィスプ捕縛分隊』を立派に勤め上げ、対デーモン戦でも近衛騎士団の名に恥じない活躍をしたことでいくつもの勲章を与えられ、後世、王国内に『紅い護剣』あり、として勇名をはせる事になる。
出番の少なかった兄も降格などは無く、凶悪なゴーレムに単身挑んだ勇気を賞賛され、一、二個勲章を授与された。
気になるのは、ウインディの末路。
彼女の行ったことは、未遂とはいえまぎれもない王族殺しと国家転覆罪であり、絞首刑は免れない。
しかし、ある人物の鶴の一声によって彼女の罪は大幅に減刑され、今は沙汰を待って王城の牢獄に囚われている。
その「ある人物」とは?
時はデーモン撃退直後に戻る。
⁂ ⁂ ⁂
ボロボロになった中庭で。
縄で縛られ、愛猫とも引き離され、悲し気にうつむく少女が一人。
さあ、そんな彼女がこれから役人によって連行されて行かれそうになった時、
『誰もこの哀れな少女を救えないのか』
ウインディの嘆きを聞いた全て者は、残らず自らの無力さに打ちひしがれていた。
立派なご高説を垂れた主人公も、近衛騎士団副団長も、筆頭魔導士官も、私利私欲の為に大勢の命を奪おうとした者を不問に処すことはできない。
この場には王族や政治家など
彼らは責任と義務の奴隷であり、私情で動くことは、世に混乱を招く要因となる。
我らが国王陛下は自らの無力さを呪った。
王様が直接ウインディを不幸にした訳ではないにせよ、心を痛めずにはいられなかった。
政治家を睨んでも何も解決しない。
王様は自らの腕の中ですやすやと安らかに眠る王子の未来の為にも、ここは国家元首として声を上げねばならない。
そう思っていたところへ、
「ちよぉーっと待ったぁぁあッツ!」
と愛娘の方が先に声を張り上げた。
一体いつ移動したのか、ウインディを連行する役人の前に立ちはだかるようにして両腕を広げ、中庭からお城に入る為の扉の前に立っている。
そして、
「控えおろうっ! 皆の者、頭が高いっ。
と自身の横を大仰に示し、口上を述べる。
中庭に集まった者は死者を紹介されてオロオロ戸惑っていたが、視えるウィルは恐れおののき、その場で「ははぁー」姫に合わせて平伏する。
視えない輩はますます訳が分からない。
姫は「大魔法使いの杖」を使って全員に霊視の魔法をかけ、その御姿を直視させる。
姫の隣に居たのは、酒瓶を片手に持った赤ら顔の酩酊幽霊であった。
視えた所で混乱はぬぐえないオーディエンス。
はて? あれはいつぞや、送火の魔法使いが降霊に失敗した時の酔いどれ幽霊ではなかったか?
姫は小首をかしげる民衆に向かって、
「聞いて驚けっ、我らが送火の魔法使いウイリアム・ウィルオウウィスプの降霊の儀は失敗などしていなかった!」
衝撃のカミングアウト。
目を向いて驚く王様たち。
平伏していたウィルも「ええっ!?」と思わず顔を上げる。
⁂ ⁂ ⁂
姫に代わって筆者の私が説明しよう。
そもそもウインディにウィルの降霊術を邪魔する事は出来なかったのだ。
いくら彼女が天才と称されようとも、血族特有の秘術を模倣できる訳ではない。
実際、ウインディはウィルを陥れた後「辺獄の門」が開けずに苦心していたではないか。
「辺獄の門」が開けないという事は、冥府の世界を通して、彷徨う魂を呼び出せないという事で、降霊の儀の時にいくら術を上書きしようとも、ウインディはウィルの邪魔をすることはできなかったのである。
すなわち、王様の兄はウィルが言っていたように生前から大変な酒豪であり、死後霊体になってからも
皆が一目見て兄と分からなかったのは、生前の肖像画が盛り盛りで美化されていたのもあるが、兄は趣味の鹿狩りに出たっきり山で遭難し、野人と見分けがつかないほど彷徨った挙句、酒の湧く泉にたどり着いてそこで急性アルコール中毒で死去。
幽霊は死亡時の姿が反映されるため、そらぁ見分けがつかない。
ご都合主義と憤ることなかれ。
これまでも伏線はチラホラあり申した。
⁂ ⁂ ⁂
王様は、
「ほ、本当に兄上なのかっ……!?」
感極まった様子で姫の隣にふわふわ浮いている幽霊に近づいていく。
そして、幽霊にすがるように、
「兄上……、私は……わたしは王の器などでは……ほんとうは兄上が……」
と声を殺して泣いている。
兄御の幽霊は、弟の頭を優しくなで、
「すまんなぁ、俺がふがいないばっかりに……お前はよくやってるよ」
と慰めの言葉をかける。
周囲は兄弟の感動の再会に胸を打たれている。
二人はひとしきり再会を堪能。
そうして別れの挨拶を交わしたのち、兄御の幽霊はふわりと宙に浮く。
「皆の者ォ! よおく聞けっ」
家臣や政治屋に呼びかけ、
「ジョン=ソーマ・ルイス・レオンティーナ・オブ・アンブロシウス、これより冥途へまかりこす。短いながらもそなた等のおかげで楽しい生涯であったぞよ。大儀であるぞ。そして、これからも我が弟に存分に仕え、王国の発展に寄与してまいれ」
と、威厳たっぷりに今生の別れを告げる。それを受けて涙する臣下も。
しかしすぐに酒瓶を取り出して、酔っ払い、
「ああ、これは最後の命だがな、我が名においてウインディ・バアルゼブルの罪業を一切不問に付す」
と衝撃発言。
連行されていたウインディは、はっと成仏しようとしている酩酊幽霊を見上げる。
「お前の師匠の言うとおりだ。復讐はむなしい。面白おかしく生きよ。余の様に」
……うつむくウインディ。
デーモンに追い立てられ怖い思いをした来賓たちは、いくら王族の命なれど素直に受け入れられないといった顔をしていた。
「反対意見もあるだろうが、一切受け付けない。文句があるならあの世まで来いっ! もしこの命に背いた者は、余が直々に枕元に立ってやるからなぁ~。心せよぉー」
いやぁな顔をする来賓たち。
「なぁに、死人の最後の頼みだ。気前よく聞き入れてたも。ではの。皆の者息災でなぁ~」
そう言って兄御の霊は、ドロンと嘘のように消えてしまった。
あっけにとられる生者たち。
涙を拭いた王様が一番に動き出し、連行されかけの涙を流すウインディの手かせを外す。
⁂ ⁂ ⁂
そんなこんなで、雨降って地固まる、世は全て事も無し。
全員が全員お咎めなし。
⁂ ⁂ ⁂
【魔法使い】とは、
人智を越えた、魔の領域の御業に魅入られた者達のこと。
生まれつき学者気質な者が多く、好奇心旺盛で、探求心の塊のような輩が大半を占める。
彼らは自分が扱える力の神髄を知りたくしようがない。
その性分はこの【力】に見染められた者の定め、
というよりも、逆にそういう人物に寄ってくるのかもしれない。
連中は人間のような下等な存在を贔屓して、何の対価を欲しているのか。
もしくは、既に得ているのか?
イラストに描かれるような物ではない、肉眼で見るような、本物の太陽の様に真っ白な軍服を着た青年は、唐突にそんな話を始める。
「王族殺し未遂」と「国家転覆罪」を大幅に減刑され、今お城の孤塔に幽閉されているゴスロリの少女は、その突拍子のない話をされ、やや語気を強めて、
「何の話ですか……、先生?」
とイラついた様子で尋ねる。
青年は、差し入れで持ってきたベイリーフの鉢植えを日当たりのいい場所に飾っている。
聞こえていないのか、と思った少女は返事を催促しよう口を開こうとしたが、
「魔に魅入られたら最後、僕らはその深淵を覗きたいという欲求に抗えない。あれほど魔法を憎んでいた君が、最後まで魔法を断ち切れなかった一番の理由さ」
唐突に返事を返した青年を見て少女は、不愉快そうに眉をしかめる。質問にも答えていないし。
少女はうんざりしたように、座っていたベッドにコテン、と横向きに倒れ、黒い愛猫を抱きしめる。
これまでと同様に。
来客が来たから起き上がっただけ。
何せ囚人はやることがないからして。
それから黒猫の耳越しに青年をジロっと見上げ、
「先生は怒っていないのですか?」
少女はじれったいのはたくさんだとばかりに直球な質問を投げかける。
「ん~、なのんことぉ?」
青年はベイリーフの鉢植えの微調整をしながら、飄々とした態度。
「わたしは先生の事も悪魔に喰わせようとしたんですよっ」
少女は青年の態度が気に入らず、拗ねたような口調で青年に詰め寄る。
しかし当の青年は、
「全っ然?」
と、少女の不機嫌も殺されそうになったことも一切気にしていないような口調で答える。
青年は部屋に入ってきたままの格好でベイリーフの世話をしていたので、少女にニコッと微笑みかけてから、三角帽子と将校マントを
それから椅子を引っ張ってきてベッドのそばに腰かける。
「正直に言おう。
僕は少々君を侮っていたよ。
まさか『悪魔召喚』とはね。
(「やられたよ」と言わんばかりにメガネの眉間部分に手を当てて、口角を上げて首を振る)
デーモンの完全な顕現なんて観測史上、実に150年ぶりの快挙だよっ!!
独学でそこまでたどり着いたんだろぉ?
実にお見事。
青年はスタンディングオベーション、こそしなかったものの、それぐらいの勢いで高らかに拍手する。
独房の外で待機していた番兵が何事かとびっくりするほど。
(中にいる人物が人物なので、番兵は室内を改めようとしたが、青年の使い魔である白ネズミ(人間形態)に邪魔されてしまう。)
褒められても何ら嬉しくない少女は、猫の後頭部を吸入しながら青年のハイテンションに耐えている。
「ねえ、ウインディ。もう一度僕のところに来てくれないかっ? 僕は君の才能に大いに期待しているんだ。君とならより高みへ望める」
青年はそのオシャレな丸メガネの奥で、野望の炎をメラメラと燃やしている。
そんな眼差しを向けられて少女はやや気圧される。
だが、すぐにその目を生意気そうな目付きでまっすぐ見返し、
「せっかくのお誘いですが先生、わたしにはその未来はありませんから。あのインチキジジイや酔っ払いや、お転婆姫や
まくしたてる少女の言葉を遮るように、
「ところがどっこい、これを見よっ!」
青年は一枚の封書を少女の眼前に押し付ける。
『ウインディ・バアルゼブルをアエイバロンの養子とする』
そんな第一文が視界に飛び込んできて少女は飛び起きて、その封書をひったくり、書かれている文言に視線を走らせる。
その間、青年は、
「姓が変わって君は今日からアエイバロン、【ウインディ・アエイバロン】。
『光明の徒』の一族だ。
「バアルゼブル」が気に入ってるなら残してもいいよん。
天涯孤独の君には初めての家族かな?
まあ、魔法使いの家系だから変人揃いだけど、『どん底』よりはいくらかマシさ。
これからは僕の事を『お兄ちゃん♡』って呼んでもいいし、これまで通り『先生♡』でもいいよ♪」
などと気持の悪い事を言っている。
少女はそれを聞いてサァーっと顔から血の気が引いて行く。
青年はそこからさらに悪い顔になって、
「僕はね、今回の事件で【魔法】のさらなる可能性を見た気がするよ。
【悪魔召喚】に【
いやあ……、魔法の神髄は計り知れないねッ☆
僕もこの先、さらなる深淵を覗きたいっ!!
君と僕ならそれが望めるっ。
(ヒートアップした青年は、少女の手を握る)
僕に君の力を貸してくれないか? 僕なら君の願いを叶えられる。
全ての奴らを下に見る? 世界を見返してやる?
大いに結構。
一緒に魔の御業の
そうしてアルベルトは「ニタアァァ」と顔を歪ませる。
⁂ ⁂ ⁂
新たな波乱を予感させつつ、
『元は宮廷魔術師、いま国賊。どうにかお城に帰りたい』
原題:『Will-o'-wisp Again 帰ってきた魔法使い』
原作/翻案/噺:森岡 幸一郎
これにて閉演。ぱちぱちぱち
[エンディングテーマ]
があるとすれば
1976 Bee Gees
『You Should Be Dancing』
Dear Windy
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