【第四章・革命篇】

9


秋津悠斗が当選1回で総裁選に立候補したニュースは日本中を震撼させた。対するは青山春之助元知事。静和会の客寄せパンダやらと批判を浴びる中、激動の総裁選が始まった。

「いつまでも青春。これからが青春。さらば涙と言おう。千葉県知事3期12年の経験を活かし日本を元気にします!」

 青山春之助はそう締めくくり、ご機嫌で演壇から降りた。

「続いて、秋津悠斗候補から所信表明をお願いします」

「私は、青山先生のようなリーダーシップのある総裁にはなれません」

 会場がざわついた。

「なぜならば、この国の民主主義とは、和を持って尊しと為す。この考えが根底にあるからです。21世紀も開けて間もない頃にもカリスマ性とトップダウンで名を馳せた総理大臣がいました。私の所信表明は、政治のトップダウンとボトムアップに絡めて申し述べたいと存じます。虚心坦懐にお聴きください」

「ある若者の話をさせてください。本が好きで、本に憧れ、図書館司書を目指す。しかし、社会情勢は若者のささやかな幸せに暗い影を落とした。大泉首相は経済学者を総務大臣に抜擢。非正規雇用推進に代表される構造改革を推進しました」

「全ては、行政のコストを削る、と言うトップダウンによって……非正規の司書を増やす指定管理者制度が2003年から進み、その若者は今も苦労しています」

「なぜ図書館にこだわるのか、そう笑われる方もおられるでしょう。しかし、だからこそ、私は逆に問いたい」

「人々が就きたい仕事に就け、衣食住に満ち足り、幸せに友人、恋人、家族と暮らす。そのような社会をもたらすのが政治の役割ではないのでしょうか」

「人々がそれぞれの場所で花を咲かせ、自由闊達に意見を出し合うボトムアップこそがこの国の本質ではないでしょうか」

 令和の元号にこめられたメッセージの引用だった

「秋津政権は対話を恐れません。とことん話し合い、政治に対する信頼を取り戻す。そのためなら変わることを恐れない。私はまだ二十六歳です。いくらでも変われます。変わってみせます。変わらなければならないのです」

 未来に責任を持つ世代として。そう秋津悠斗は締め括った。

演説は終わった。

「東邦新聞の磯月望子です。現在帝一ホテルでは、保守党総裁選の投開票が行われています」

 今回の保守党総裁選は、国会議員票三六〇票と、党員票三六〇票の合計七二〇票で過半数を得た候補が総裁に選ばれるのだ。

「開票結果を読み上げます」


 国会議員票

 秋津悠斗  103

 青山春之助  257

 党員算出票

 秋津悠斗  228

 青山春之助 132

「御屋敷幹事長が国会議員票を締め付けたんだ!」

 秋津は自陣営の国会議員を集め、涙ながらに語りかける。

「ここは、一時、名誉ある撤退をし、力を蓄えようと。私は首班指名で自分の名前を書きに行きます」

 斯波が秋津の肩をぐいと掴み、揺さぶる。

「秋津君は大将なんだから!ひとりで突撃なんて駄目ですよ! 秋津君が突撃する時は俺たちだってついていくんだから!」


10


 ……というニュース映像を、五つ星ホテルの部屋に香子を連れ込んだ悠斗は見ている。

「香子さん、俺はね、日本で当たり前の政治をしたかっただけなんだよ」

 悠斗は拳を震わせ、肩をすくめ、子供のように自分の思いをぶちまける。

「勉強や仕事を達成して、友達や恋人、家族と夕飯を共にする。テレビ観たりネットサーフィンしたりして、明日に希望をもって夢心地で寝る。みんな当たり前のことでしょう!? 国民を幸せにできないなら、保守党なんてぶっ壊してやる……!」

 秋津悠斗は火のごとく熱い言葉を吐いた。

「だけど、俺は総理大臣になれなかった。」

「私は、あなたが政治家だから、すごい肩書だからだから付き合ってきたんじゃない」

 悠斗が目を見開く。

「あなたのまっすぐな思いが、それを臆することなく言う透明な心が、私は好きだったのに。伝わらないのは悔しいよね。それはわかるよ」

「よく言ったわ秋津君! 香子さん!」

 バアン! と扉が開け放たれる。

「誰ですか!?」

「磯月記者?」

 ここはホテルの部屋のはずだが。

「締め忘れてたわよ?」

 二人そろって赤面した。筒抜けだった。

「保守党の荒垣大臣につてがあるわ。元カレなの」


11


 御屋敷幹事長が襖を開けたのを見計らって、女将が酒を置き引き揚げた。

 御屋敷がでんと上座に座る。青山総裁がその隣だ。派閥領袖らの目は険しい。

 永田町、赤坂はデモ隊が殺到し、ここの料亭にまで聞こえてくる。

 保守党政治を許すな!

 若者の声を聴け!

「このまま青山総理大臣になればわが党の支持率は下落するでしょう」

 秋津の信念は野党と利害が一致し、しかも保守党の清新せいしんなイメージにも繋がる。

「羽賀さん、あんた庶民派で昔の総裁選では国民の衣食住を訴えて当選したんでしょ。羽賀さんが秋津君に投票しなかったのが意外だったなあ」 

青山が水を向けるが、下戸の羽賀は烏龍茶を黙って口に含む。

「おい青山、なんてことを言いやがる!」

 御屋敷は赤ら顔で唾を飛ばしながら怒鳴った。

「閣僚経験もない、党三役もやってない、ただの素人やでな!」

「そうか、それが本心か」

 若き荒垣大臣が思い切りよく腰を浮かす。

「政治とはプロだの素人などではなく、国民に寄り添うことが大事ではないんですか!」

あわや保守党派閥の全面抗争勃発か。

「物別れとは寂しいものです」

 岸本が清酒をちびりとやる。

「いくら若い芽を潰せば気が済むんですか」

「岸本、貴様、政調会長に抜擢してやった恩を忘れたのか」

 岸本幹事長就任案をつぶしたのに何を言う。

「抜擢したのは物部先生ですよ。自分の手柄みたいに言わないでください」

 黒スーツの男たちが障子を開けた。

「な、なんだお前たち」

 岸本が東京地検特捜部検事に逮捕許諾請求に返答する書面を手渡す。

「今の衆議院議長は岸本政権の官房長官であることをお忘れなく」

 御屋敷は引きずられていった。

「では、後任の幹事長は私ということで。あとはよしなに」

因幡守が天ぷらをうまそうに頬張る。

 皿に残っていた刺身を青梅一郎が食べつくし、箸を置く。

「青梅派も岸本派も、元は同じ大公池会だ。首班指名は棄権するぜ。好きにやりな」

 西村が青梅の盃に酒を注いだ。


12


 日本国憲法に基づき、26歳の青年代議士は衆参両院から首班指名を受けたのちに天皇から任命を受けた。

秋津悠斗は燕尾服で首相官邸に凱旋した。

尖る靴音は、一人だけではない。


 秋津悠斗内閣総理大臣(保守党静和会)

 斯波高義副総理兼財務大臣(国政民衆党)

 荒垣健内閣官房長官(保守党改新グループ)

 立花康平経済産業大臣(保守党改新グループ)

 柏木神璽外務大臣(民間)

 国枝晴敏防衛大臣(民間)

 矢本シオリ法務大臣(国政民衆党女性弁護士)

 蘇我和成厚生労働大臣(労働党中央執行委員長)

 桜俊一内閣官房副長官(元財務事務次官)

 藤原永満警察庁長官(公安警察)


 若き活力に満ちた新政権に、民衆が歓喜した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る