第9話目 GHOST IN THE WELL.ⅰ

少しずつ日が傾くにつれて空は血のように真っ赤な月の輪郭がぼんやりと浮かび始めている。なるほど、見れば見るほどにこれは不吉な何かが起こりそうな予感がしてくる



「《あれか》」



イルイの案内で村に案内してもらった俺は遥か上空から村を見下ろしていた。村の中心部では橙色の明かりがちらほらと灯り、いくつもの影がゴワゴワと蠢いている。蠢いている影は人だ。何やら準備をしている。そして中心部にあるのは井戸に蓋をする様に祀られた3mは下らないルビーのように美しい大石であった。だが見てるだけで吸い込まれてしまう危うさを感じる。あれが件の血の石で間違いないだろう



言い伝え通りなら大昔に封印された鬼が井戸の奥底にいるのか



「《降りるぞ》」



俺の言葉にイルイは少しだけ一抹の不安を覗かせるたが覚悟を決めて小さく頷く。

それを確認してからバサリバサリ、村の人たちが事前に存在に気付けるように大きく羽を羽ばたかせながらゆっくりと下降してみせた。

大きな影と羽ばたく音によって俺の存在を視認した村人たちは途端に軽くパニックになっていた。祟りとか天災などという失礼な言葉を口走り終いには祈りはじめた



「《あうあう。今すぐこんな物騒な祭はやめて、シュークリームを千個捧げる、アーカーシャ降臨祭を始めるのです》」



石の直ぐ近くに足を着けるが意外にも誰も逃げ出した様子はなかった。腰が抜けたり白目剥いてる人も少しいるけど些事だろう。

ただ固唾を飲んで呆然と俺へ視線を集中させていた。いや徐々に冷静になった人たちは俺の手に収まるイルイの存在に気づき始めた



「《何人か隠れて様子を伺ってる人たちがいるね》」



周囲を見渡すと村人を取り囲んでいる者たちの中にあの三人組のうちの2人ゴラムとポルも見受けられた。イケメンシュウはいなかった。全員纏っている空気が似たり寄ったりの物々しいので冒険者なのだろう。

俺が体を屈めるとイルイはシュタッと地面に降り立つ



「嗚呼、嘘よ、どうして戻ってきて」



「イルイ!お前はなんで~~…ッッ!」



そんな中で誰かが彼女の名を叫んだかと思うと、人垣を掻き分けて2人の男女が飛び出してくる。

2人を見て、イルイの表情が幾分か綻んだ



「お父さん お母さん」



イルイに駆け寄った2人はギュッと力強く彼女の小さな体を包み込んだ。少女も瞳を潤わせながら精一杯抱きしめ返していた



「ごめんね‥‥」



「俺らのことは良かったんだ。どこへなりとも行っちまえばよかったんだ。この、馬鹿野郎」



イルイの両親は何らかの折檻を受けたのだろう。棒で滅多打ちにされたのか顔や身体のあちこちがパンパンに腫れていたし消毒液の臭いが鼻についた。骨にヒビくらいは入っててもおかしくないくらい重傷なのは明らかだった。しかし2人とも自分の事は二の次と言わんばかりに口を開けばイルイ、イルイと娘の事ばかりを気にしていた




「《えっと…「イルイよ!よくぞ よくぞ戻ってきた」



俺の言葉を遮って親子の睦まじい空気に水を差したのは1人の老婆だった。嗄れた声をあげながら此方にツテツテと近づいてくる



「主ならきっと戻ってきてくれると、わしは信じていたぞ」



「む、村長様」



「あれは一時の気の迷いだったのだな!月は既に昇っている。主が戻ってこなかった万が一の為に冒険者ギルドなる所から急遽腕利きの者たちを多数集めておったが、その必要が無くて安心したぞ」



「さあ、皆のもの急いで儀式の準備を」



全員をまくし立てる勢いで矢継ぎ早に言葉を飛ばしてくる婆様。

保険の為に人を呼んだってことは封印されている鬼を倒す気だったのだろうか?まあそれなら話は早いので此方としても助かるのだか、それはそれとしてイルイにはやってもらわないといけない事がある。

イルイの意思表明だ。


何故そんなことをする必要があるのかと聞かれると返事に困るが……アーカーシャの力なら或いはそんな過程は必要とせず暴力というプロセスのみで簡単に解決できるのかもしれない。しかしなんだろう。それってイルイのこれまでの苦悩とか葛藤を軽んじている気がするのだ。ポッと出の分際で弁えて欲しいというか、今回の件が解決した後もイルイたちの人生は続いていく事を考えていないというか



向き合って話し合うことが必ずしも正しい行動なわけではないことは分かってる。でもイルイも彼らも少なくともこういう大切なことに関しては何らかの折り合いを付けるべきなのだ



「村長様!」



庇うように立つ両親の前に出てイルイは強く呼びかける



「なんぞ?」



雰囲気で察したのだろう。糸目をカッ!と見開き射殺さんばかりの視線でイルイを睨む

少しだけ、イルイの肩が跳ね上がるが勇気を振り絞り先程より声を張り上げる



「私‥‥私、は!イルイ・シュテンバードは!まだ死にたくありませんっ!」



その言葉を前に火が消えたように辺りの空気が静まり返る。非難するような口調で村長は顔色を変えて詰め寄っていく



「お前は!自分が何を言っているのか、本当に分かっているのかえっ?!」



「私には夢があります!憧れがあります!私のこれからを勝手に……勝手に貴方たちが決めないでください!!」



イルイも怯まない。更に熱が入る。2人とも堰を切ったように感情が爆発していく



「ッッ……!夢だと!?ああそうさ。死んだみんなにもあったろうよ!でも立派にお務めを果たしたぞ!必要なことだったからだ。だが選ばれたお前が首を横に振る。それだけでこれまでが台無しになるんだ!無意味なことになるんだぞ!本当にそれが……」



「私が生きたいと思うことがそんなに悪いことなんですかっ!」



「聞き分けろ!お前の我儘で大勢が死ぬんだ!封印が解けたら其所にいる父も母も。村の皆が死ぬ。それが本当に正しい選択か!イルイっ!!」



「わ、わたしは……」



「《死なないよ》」



俺がイルイと婆様の間に身体ごと割って入る。このままだと取っ組み合いの喧嘩になると思ったからだ



「《大丈夫。俺が誰も死なせない》」



「《だから、復活する鬼ってのが本当にいるかどうかを石を退けて確かめよう》」



考えてみなくても千年というのはとてつもない年数だ。俺が生きていた時代の千年前なんてまだ摂関政治してたり、源氏物語とか書いてるくらい昔なのだから


それだけの間封印されていたのなら、きっととっくの昔に死んで灰になっているに違いない。死んでいるのなら封印が解かれようとまるで無問題。ガッハッハッハ!ついでに生贄問題もこれにて解決なのだ!と俺は内心ほくそ笑んでいた



疑わしきは罰せずは基本である。確固たる証拠も無しに鬼がいるとのたまう奴は、先ず赤き真実で鬼が井戸の中で生きていると宣言して貰うのが筋ってもんだろう



「《千年も前のいるかどうかも分からない鬼のために、子供を犠牲にするのを俺は絶対に許さない。なんならいても絶対に許さない。絶対にだ》」



「《だから俺がこれから存在証明の為に石を持ち上げて鬼を確認する。話はそれからだ』


畳み掛けるように言葉攻めに舌の根が僅かに渇いた俺に対して婆様を初め全員が怯えたように身を竦めていた。そんなに強い言葉を使ってはないよな?



「イルイよ。このお方は先ほどから何を怒っていらっしゃるのだ?」



言葉が通じていない‥‥だと!?

誰でも良い。22世紀のネコ型ロボットを呼んで来い。いや、タヌキだっけか


あ、やっぱポケットだけでいいです




あとがき

裏設定①


血の石は魔導具の一つ。当時の筆頭魔導師が創った。実は意志が宿っており(石だけに)儀式の前に生贄を選んだら、それを村長に伝えている。

因みに選んだ子以外の生贄を許さない。魔力が高い子を所望するのは大体10年単位で石の魔力が切れるからである。

仮にイルイを生贄にした場合は、今後1000年は生贄が必要なくなる位、イルイの魔力はズバ抜けて高い

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