第8話目 心が叫びたがっているんだ

示談金を積もうにも、お金の目処が立たない事に気付いてしまう。示談金は積めない代わりに人生が詰むとはこれいかに。

おちおちおち、落ち着け俺。まだ慌てる段階じゃない。誠意を持って話せば分かってくれる……筈

前科持ちになったら色々と辛い。世間は弱者と犯罪者に対して優しくないのだから

最悪、クラウドファンディングでもして金を募ろうかな。恵まれない龍に愛の手を、なんてね



「だって、私は…今回の儀式の生贄、ですから……」



「《な、ナマニエ?》」



「イケニエ!」



儀式の生贄。子供の口から出るには少々似つかわしくない物々しい響きのワードに俺は思わず眉を潜めずにはいられなかった。人身御供ってやつだろうか。

アニミズム文化がある地域だとそういうの未だにあるらしい、っていうか昔の日本もそうだし、こういう魔法や神秘のある世界だと殊更に根強そうな考え方だ



「……私はこのクノアノスの森で千年以上も前に暴れていた"六凶鬼"その内の一体緑鬼を封じている血の石の守護を仰せつかっている防人さきもりと呼ばれる一族なんです」



「村には古くから儀式があります。十年に一度三夜を血みたいに真っ赤に染めあげる血月の夜に合わせて純血の少女の命を石に捧げる。

さもなくば封印が解けて鬼が厄災をもたらすと。だから私を含め子供たちは儀式に選ばれるのはとても素晴らしい事なのだと。常々教えられてきました……」



話が見えてきた。つまり



「《それで今回選ばれたのが……》」



イルイが顔を下げた。噴き出す気持ちを無理矢理抑え込むようにギュッと胸を掴んで何かを呑み込むように見えた



「はい……私は人より特別魔力が強いって。だから村のみんな、とっても羨ましがってて、喜んでくれて、お役目を果たせるのは光栄なことだから、何も怖いことはないよって‥‥‥でも、私、私は!ずっと!ずっとずっとずっと恐くて不安で、悲しくて、選ばれたくなんてなかったのに────!」



昂った気持ちに釣られる様に、イルイは思わず強く握った拳を振り上げていた。でも、行き場のない葛藤や怒りを何にぶつけていいのか分からない



「なんで……私なんですか」



その小さな体はワナワナと小刻みに震えていた。

何かに縋りたくて絞り出すような言葉だった。

不運としかいえない境遇だろう。何よりも運が悪いのは、イルイが周りと同じ考え方や価値観に染まっていないことだ。子供にとっては取り巻く環境が全てだ。言い換えればこの小さな環境こそが世界なのだ。幼い子供が誰にも悩みを打ち明けられない。誰にも頼れない。悩みや価値観の共有が出来ない。

彼女にとって、この世界は一体どんな風に写って見えたのだろう




「《……》」



イルイちゃんは今2つの道を選ぶ事ができる。

みんなを優先して生贄として死ぬか。或いは自分を優先して儀式から逃げて死ぬまで罪悪感に苛まれる道の二つに一つ。どちらを選んでも、当人は結局幸せになれないのがミソだ。



「そしたら。そしたらね?毎日隠れて泣いていた私にお父さんたちが嫌なら逃げちゃえって」



嗚咽混じりの言葉を漏らしたイルイちゃんはいつの間にか、目に涙をいっぱい溜めて蹲っていた



「でも、私、これからどうしたらいいのかなぁ……これで……いいのかなぁ……」



必死に平静を保とうとする姿は子供らしくなかった。その姿がどうにも淡雪ちゃんとダブる。



「《俺が言えたギリじゃないけど、それは自分で決めた方がいいよ》」



俺の突き放す言葉に少女の眼鏡の奥に見える瞳が一瞬大きく見開かれる



「……そう、だよね。ほんとにダメな子だ、私」



「なに、やってるんだろう……やっぱり」



「村に、戻るよ、戻って……」



イルイちゃんは一瞬だけ絶望に打ちひしがれたような顔を浮かべたが、スカートの裾をギュッと握りしめ、直ぐに俺から顔を隠すように俯いて静かに涙と共に結論を吐き出そうしたのを俺は手で制した



大人だろうと子供だろうとちゃんと考えて、考え抜いて出した結論なら俺はそれを軽んじるべきではなく、可能な限り尊重してあげるべきだと思う


だがこれはそうじゃない。身勝手な周囲の期待と大人の都合が。年端も行かないこんな子供に気持ちの悪い自己犠牲を強いている。いや、強いられているんだ……か?まあ茶化す場面でもないな。これは



「《なあ…一つだけ聞いてもいい?

イルイちゃんはさ。死ぬ前にやりたい事とかないの?》」



「なに?いきなり…」



「《夢とかなかったの?》」



俺の問いかけに少女は俯いたままだった。だが暫くして涙を拭き、鼻をすすりながら、顔を上げ徐に口を開く



「……旅を」



「いつか。大きくなったら。旅をしたかったの。長い旅を。それでね。色んな国や場所をいっぱい回って。色んな事を知りたかったの。もしかしたら、お友達も大勢作れたのかな?」



「《生きてればな》」



「後ね。魔法が好きなの。こんなにも素敵で優しい魔法や魔導具が世界で溢れてるから、それに携われる魔導師になりたい。それも世界で1番の魔導師に。なれたのかな?」



「《生きてればな》」



「後ね。恥ずかしいけど。結婚もしたい。お母さんみたいにお父さんみたいな素敵な人を見つけること、出来たのかな?」



「《生きてればな》」



「後ね。後……うぅぅ」



「わあぁぁぁぁん!!」



今度は言葉にはならなかった。理性で押さえつけていた感情の波は涙として、或いは森中に響く程に大きな声として、イルイちゃんが発露している。その姿は何よりも子供らしかった



したいこと。やりたいこと、俺にだって、思い返せば悔いが山のようにある。

あの漫画の結末はどうなるのだろう?

俺のPCに封印されし禁じられた中身は無事闇に葬られたんだろうか?

26回目の告白を待ってるあの子はどうしてるんだろう?



「《生きてれば、全部叶えられるんだぜ?》」



俺はもう叶えられないけど、この子はそうじゃない。まだ生きてる。生きてるなら幾らでも巻き返せる。やり直せる



「でも‥‥」



「《俺に良い考えがある》」



どこぞの超ロボット生命体の司令官の如く、俺の中にある一つの妙案を提案することにした



「なんで見ず知らずの私にここまでしてくれるんですか…」



俺には恩師がいる。その先生は口癖のように言っていた。自分より小さな子どもが困ってる時は何より親身になってあげろって。

先生の教えが今俺の中で生きてます



ふふ。元気かな先生。本当に懐かしい。児童ポルノ所持がどうとかで旭日章をシンボルマークにした人たちにオシャレな腕輪を付けられてテレビのワイドショーを賑わせた露理紺田先生は



「《俺がそうしたいと思ったから》」



最大多数の最大幸福という言葉がある。

わかりやすく例を挙げれば、トロッコ問題がそうだろう。片方の路線には1人。もう片方には5人。トロッコに轢かれる場合、どちらかを見捨てなければならない。そうなった時に1人の方を見捨てるのが正しい選択だろう。

実に功利的で合理的な考え方だと思う。


だが多数の命が救われる名目があるのなら目の前の少女の命を切り捨ててもいいのか。踏み躙っても構わないと思えるのか。差し伸べられた小さな手を振り払えるのか。その切り捨てられる少数がどんな気持ちで死ぬのだろう。そう考えると非常にやるせない気分になる。っていうかそもそも子供が死ぬと気分が悪い


ここでチェス盤をひっくり返すラテラルシンキングの考え方が今の時代大切なのだ。考えるべきはどちらにトロッコを動かすか?ではない。考えるべきはどうやってこのトロッコを誰も傷つけずに脱線させるかなのではないだろうか

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