第5話目 耳をすませば
ゴクリっ……。誰かが唾を呑み込む音が聞こえてしまうくらいに只々不気味なほど静寂だった。
兵たちは姫の僅かな一挙手一投足に目を光らせている。恐らく妙な真似をしたら直ぐにでもあの腰にぶら下げている剣で即座に姫の首を落とすのだろう
「軍人が嫌いとはいえ、少し冗談が過ぎましたね」
口元を隠して冗談だと宣うその言葉を信じる訳がない。兵たちは互いに目をやり、覚悟を決めた表情で更にジリジリと詰め寄り始める
「今の言葉は我々の信頼を完全に失いました。故にこの国を守る最初の砦として我々は貴女という危険を拘束すべきだと判断します」
「正しい状況判断が出来ているとは思えませんね。そんな事が貴方達に出来るとでも?」
「出来る出来ないは関係ありません。これが我々の役割なのです」
兵士たちの毅然とした対応は至極真っ当なものであり、寧ろ全面的に姫が悪いので、謝って欲しいのだが、こんな不穏な雲行きになってるにも関わらず、当の本人はまるで余裕綽綽といった様子だった。
逃げる準備は整ってるぞ、姫!早くしろっー!間に合わなくなっても知らんぞーー!
「国防の為なら自分たちの命をまるで勘定に入れない。良い兵隊を持ってるのね、武王は。
本当に虫唾が走る」
言葉をなぞっているだけで感情の起伏が薄い姫が今日初めて、心底相手を軽蔑する言い草に少し驚かされる。
とりあえず、相手が少しでも怖気付くかもしれないし威嚇も兼ねて低く獰猛そうに唸っておくか。
「曹源殿!武器を納めてください。玉巫女様がこの方々と話がしたいと」
1人の男が息も絶え絶えと言った様子で城壁を登ってきてそんな言葉を口にする。どうやら穏便に事を終えることが叶いそうだ
「……承知した。我らのこれまでの非礼をどうかお許しください。魔導師様」
「これより巫女の下へ連れて行きますので、ついて来て下さい」
促されるままに姫がソウゲンという兵士について行くので、俺も後ろから追いかけるように闊歩するとドシンドシンと地面が叫声を上げていた
「……
「(ですよねー)」
俺がため息混じりに首を縦に振ると姫は子どもをあやす親みたいな手つきでお腹をポンポンと撫でてくる
「あまり待たせないようにします。主人を待つのも奴隷……コホン。使い魔の甲斐性ですよ」
別に待たせるのはいいけど、おいおいこの人今俺のこと奴隷って言ったよね?言い直して咄嗟に取り繕ったけど、せめてそう言うなら本人には気を使って、その綺麗な脚で思いっきり踏んづけて欲しい。別に変態じゃないけど、この卑しい奴隷にご褒美をください。変態じゃないけど
「(へいへい。精々言いつけ通りにしておきますよ)」
忠犬ハチ公よろしくな、だがあまり待たせるなよ。俺は我慢弱い。おまけにイケメンが大の嫌いときている。今、イケメン嫌いは関係ないんだが
「何かあったら、直ぐに連絡するわ」
そう言って、姫は連れられ消えていったが連絡って携帯とか見当たらないがどうやるんだ?まさかテレパシー的なあれですか?それだと魔法じゃなくて超能力なんですが。
にしても一体何をして暇を潰しておこうか。正に無聊を託つってやつだな
集まっていた兵たちも、物珍しそうに俺を見ながら自分たちの持ち場へ捌けていったので近くには誰もいない。仕方がないので、先程気がついた事をやることにした
「(ああ、やっぱりだ。目で捉えなくても遠くにいる生き物の存在を感じ取れる)」
何を持ってして相手の存在を把握しているかは不明だが超感覚って奴だろう。俺を中心として遠くにある山を隔てて尚人の心音、虫の羽音、獣の息遣い、なんなら風で揺れる布や下着が落ちる音すら聞き分けられる。見聞色の覇気を極めたどこぞの神様もこんな感じだったのだろうか……ノイローゼになっちまうぜ
「(あーーー~~)」
生物の可聴音域を遥かに超えた高音を出す様に意識して音を飛ばす。反響定位という原理を利用してみたのだ。
返ってきた波長が俺の脳内にこの城のイメージ図を浮かばせる。この城は周囲を二重の城壁で囲んでいて、俺がいる場所は1番南側だ。外側城壁は500人程度で見張りを行なっている様だった。内側の気配は千人程度。中心部の城は七、八千程度の気配を感じる
1人だけハッキリと認知出来る気配があるのは恐らく姫だろう。音を飛ばすのは上手くいったな。なら今度は折角のファンタジーの世界だし魔力を飛ばしてみるのはどうだろうか
「(ハッ~~!ハッ!ハッ!ハッッ!!)」
身体に流れているであろう魔力を自覚は出来ないが、魔法が存在しているのだから魔力がある事は確実だ。ならばと右手に力を込めて地面に撃ち込んでみる
俺たちの立つ大地の遥か真下に張り巡らせていた何かを刺激する感じがした。その何かに力が伝って音を遥かに上回る速度で何倍もの距離に伝わるのが分かった
「(頭痛くなってきた。何だ、これは、喜怒哀楽?)」
よく分からないが返ってきた波長には様々な感情が含まれていた。感応能力とでも呼ぶべきだろうか。余りに情報が多すぎて咀嚼しきれない
「(これは多用しない方がいいかもしれないな)」
そんな事を思っていると、一際強い感情の声が聞こえた
『助けて!誰か……誰でもいいから、私を』
それは死にたくないという悲痛な叫びであった。助けてくれと懇願する声であった。そして俺はそれを聞いてしまった
聞かなかった事には出来なかった。見捨てる事はできなかった。なぜなら多分俺は誰かを救えるだけの力を持っているのだから。
気付けば俺は羽を大きく広げて、飛翔してその声がする場所へと飛び立ってしまっていた
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