お前の裸を見せてみろ
荒矢田妄
第1話 出会いは夕日と真っ裸
オレンジ色に染まる教室の中で、彼女の存在は煌めいていた。
彼女の瞳には深海の神秘が宿っていて、僕はそこから目を離すことが出来なくなっていた。虹彩に揺れる海の中に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。
美しかった。もし女神がいたんだとしたら、それはきっとこんな姿をしているのだろうと思った。
窓から柔らかな風が吹き込む。
彼女の艶やかな黒髪が舞い上がる。
僕の雄々しい股間のモノが、ぶらーりぶらりと左右に揺れる。
彼女の瞳が波立つ。注がれる視線が下腹部の方へゆっくりとスライドしていくのを呆けた面で見ていた僕は、ようやく今現在自分が置かれている状況を思い出した。
体中から一斉に汗が噴き出す。
彼女は叫ぶ。
僕は全裸だった。
僕、
黄昏時、教室、美少女。そこにちょい足しされる全裸のナイスガイ。何も起こさないはずはなく……と先生方一同が考えたのも当然と言えば当然のことで、平凡な男子高校生に擬態した露出趣味の変態という咎が僕に与えられるのも時間の問題と思われた。
とりあえずパンツを履かされた僕は、そのまま生徒指導室に連行される。誰がどう見ても絶望的な状況の中にあって、僕は不思議に冷静だった。
確かに僕は名前も知らない女子生徒に生まれたままの姿を見せつけた。そりゃもう全開丸出しだった。風に煽られたせいで、親にも見せたことのない部分まで公開してしまったかもしれない。
でも確信していた。今回の件、僕に全く否が無いとは言わないが、百パーセント僕が悪いというのはおかしい。だって正確には、僕は彼女に自分の全裸を見せつけたわけではないのだ。
それを説明しようとしたが、先生たちはもう僕の言うことに耳を貸してはくれなかった。先生方の中では僕イコール異常性癖の変態ということで既に結論が固まっているのだ。「お前がやったんだろう」の一言で僕の言葉は完全に封殺されてしまう。状況は最悪と言ってよかった。
もうダメだと己の社会的生命を諦めかけたその時、僕にとっての救いの女神が現れる。僕の全てを目撃した彼女その人である。
彼女は必死に僕を弁護してくれた。故意でないとは言え、僕は彼女に全裸姿を晒した男だ。普通ならば出るとこに出られてもおかしくない。でも、彼女は僕を守ろうとしてくれたのだ。なんて心の美しい人だ!
彼女曰く、忘れ物を思い出して教室に戻ったら、そこに全裸の彼(つまり僕だ)がいた。即ち、彼が私に全裸を見せつけてきたのではなく、彼が全裸で教室にいるところに私自ら赴いて行ったのだ、と。
この証言で、僕に貼られていた「女子高生に自分の裸を見せつけて興奮する露出趣味の変態男子高校生」というレッテルは剥がされる運びとなった。
ありがとうありがとう。結局は、その、凄いものを見せてしまった訳なのに、助けてくれて本当にありがとうと、僕は何度も何度もお礼を言った。
彼女は少し照れたように笑いながら、いいんですいいんです。私が悪かったの、こちらこそごめんなさいと言ってくれた。
一時はどうなることかと思ったけど、これで事態は一件落着。明日には笑い話にできるさ。ああ良かった良かったと僕が胸を撫で下ろしていると、顎をさすりながら話を聞いていた一人の先生がポツリと言った。
「ところで、なんで花岡は二年生の教室で全裸になっていたんだ?」
この一言で、僕に対する苛烈な取り調べが再開された。
先生方が訝しむのも無理はない。現在僕は高校一年生だ。夕方に上級生クラスの教室に忍び込んで全裸姿になっていたことへの説明はつかない。このことに関しては、もう少し僕の口から説明が必要だろう。
しかし僕はもう焦ってはいなかった。一つ一つを丁寧に、誠実に説明すれば、きっと分かってもらえる。僕はたっぷり息を吸うと、真摯に、ただ事実のみを語った。
まず前提として、僕は水泳部に所属している。加えて今日の五限は体育で、それもマラソンだった。何事も全力投球を地で行く硬派な僕は当然そこでも全身全霊を振り絞った。結果、僕の体操着並びに下着は汗でびっちょりになった。
青春のエネルギーが発露した結果の分泌液なので、清らかっちゃ清らかなんだけど、じっとり濡れそぼる下着を身にまとい続けることが快適かと聞かれればそうではない。なので部活の間、僕は部室の外でパンツを干すことにした。
今日は天気も良くて空気も程よく乾燥している洗濯日和。僕の目論見通り、練習が終わるころにはパンツはしっかりと乾いていて、僕のお宝を暖かく包み込んでくれることを約束してくれていた。
ここで突然強い風が吹いた。僕にとっての不幸はここからだ。
風が吹いた瞬間、僕はパンツの柄をからかってきた水泳部同期の池田に向かって、手に持ったパンツを思いきり投げつけていたのだ。
風が、僕のオムライス柄のパンツを一気に運び去った。
僕は競泳水着一丁のまま、脱兎のごとく駆け出した。
パンツはひらりひらりと舞い遊ぶようにはるか上空を漂っていた。風はパンツを煽り、高度は一向に下がらない。僕をあざ笑っているかのようだった。
待ってくれ。連れて行かないでくれ。僕にはそいつが必要なんだ。
心で叫びながらパンツを追うと、教室棟二階の窓枠にパンツが引っ掛かったのが見えた。僕の願いに呼応するかのようにパンツも全力で風に抗っている。僕とパンツは心でつながっていた。
もう二度とお前を離したりなんかしない。さっきは投げつけたりなんかして悪かった。
今、行くぞ。
僕は廊下の空いていた窓から颯爽と校内に侵入し、目的の教室を目指して走った。
メロスの如くに力強いストロークで廊下を疾走し、階段を三段飛ばしで駆け上がる。ペースは落ちなかった。水泳で鍛えた肺活量の賜物だ。
転がり込むようにして目的の教室に突入すると、窓枠で僕の助けを求めるパンツの姿が目に入った。
感動の再開。しかし時間に猶予はない。パンツの体力もいつまで持つか分からないのだ。
一刻も早く救助しなければ。その焦りが、土壇場で僕にミスを生んだ。伸ばした手がパンツをつかみ損ねたのだ。
パンツが僕の手を逃れ、再び大空に舞い出していくのをスローモーションで見た。
一流のスポーツマンは極限に集中した場面で、全ての事象がゆっくりと動いていくかのような感覚を得ることがある。いわゆる「ゾーン」と呼ばれるものだ。この時の僕も、まさしくゾーンに入っていたのだろう。
僕は最後の力を振り絞り、雄叫びをあげながら躊躇なく体を窓の外に投げ出した。
腕を伸ばして流されていくパンツをがっちりと握りしめる。と同時に膝を窓枠に引っ掛け、背筋の力を使って姿勢を保つと、なだれ込むようにして体を教室の中に戻した。途中窓枠が股間にゴリゴリと甚大なダメージを与えてきたがグッと我慢。男の意地だ。
数多の困難を乗り越え、僕はようやく愛しのパンツを手にした。ついに再会した相棒を裸の胸にひしと抱き締め、僕は誓う。もう二度と君を離さないと。
巡り合えた喜びの勢いで僕は競泳水着を勢いよく脱ぎ捨て、パンツを体に纏おうと……した瞬間に彼女が現れたというワケだ。
僕は語り終えた。
先生方の視線は厳しかった。
僕は反省文の提出を命じられ、我が水泳部には「更衣室以外の場で全裸にならないこと」との注意が生徒指導部から出された。
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