古風

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 風を切るような鋭い音と共に矢が的に当たった。

 同時に歓声が上がる。

 爽やかな秋晴れの空の下、王宮の裏に位置する春塘臺ではいつものように王(正祖)が弓射に勤しんでいた。

「今のところ、全て命中している!」

 侍している武官の一人が感嘆するように呟くと

「今日は五十射のうち四十九射当てるとおっしゃていたよ」

と隣りの武官が応えた。

 彼らが話している間にも王は矢をつがえ弓弦を引いていた。そのたくましい腕の筋肉が袖に覆われていても見えるようだ。

 武官たちの目を掠めた矢はまたも命中した。

 矢は次々と放たれていく。全て吸い込まれるように的に当たる。

「ほう」

 見ている者たちはその度に感嘆する。

 残り射数も少なくなってきた。

 矢が的に向かって飛んでいった。

「あっ!」

 人々から悲鳴が上がった。矢が的から外れたのである。

 だが、王は何事もなかったように次の矢をつがえた。この矢は見事的中した。

 僅かだが矢はまだ残っている。これを全て命中させなくてはならない。侍している者たちは、はらはらしながら見守っている。

 次の矢もまた次の矢も命中していく。

 いよいよ最後の一矢となった。

 王が弦から手を離すや否や矢は的の中央に当たった。

 王の顔にようやく笑みが浮かんだ。

 武官たちは安堵し、そして王を称賛するのだった。


 王は側仕えの者に弓を渡し衣服を正すと、左右に並んでいた武官たちが王の正面で隊列を組んだ。

 王は彼らに向かって講話を始めた。

 まず、朝鮮国歴代の王たちは太祖李成桂を始めとして射弓に優れていると王室と弓術の関わりについて述べ、続いて射弓の意義そして本日の感想で結んだ。

 続いて“古風”が武官たちに下賜された。“古風”とは王の射弓の成績がよかった時、侍した者たちに王が褒美を与える習慣である。もともとは臣下の方から好結果を得た王に求めたそうである。

 今回の“古風”は貴重な薬剤だった。

 儀式はここまでで、次は宴席だった。

 参席者は美酒佳肴を楽しみながら今日の射弓についてあれこれ語りあった。

 人々は一様に現王のような立派な君主に仕えられて光栄に思っているようであった。

 こうした様子を見ながら、王は彼らに応えられるように今後も精進せねばならないと誓うのだった。

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古風 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

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