長編SF:深淵より来たれり

のいげる

第1話 プロローグ 予兆

  〔 地球近傍 ギュネリアン天文観測衛星:2072/01/08 〕


 広範囲走査型新型望遠鏡が周囲に突き出たロッドに微かな振動を吸収させる。

 ジャイロが重々しく回転し、衛星の姿勢をわずかに変える。大きさの異なる複数のジャイロがそれに連動し、更なる微調整を行う。超高精細CCDが標準星を捉え最終的な微調整を終えると、ギュネリアン天文観測衛星は全天体追跡を開始した。衛星の周囲を覆うマスクを静かに回転させ周囲の光をスリットから撮りこむ。地球近傍のハローがノイズとなって煩わしいが、搭載している観測用AIにはそういう感情はない。

 光学走査が終わると、次は複雑な形状の電波反射吸収体の微細金属網の出番だ。各種電磁波領域を満遍なく観測し、数値の山に換える。

 数ゼタバイトの膨大な高精細画像を貯め込んだストレージが走査され、ちょうど二十四時間前の画像と比較を開始する。


 程なく警報信号が地上に向けて発信された。地上の受信局がいきなり慌ただしくなる。

 暗い部屋の中のスクリーンに宙図が広げられ報告内容が精査される。

 太陽系外での超新星爆発にも比する超光量の局所的爆発放出。担当者はその表示に仰け反った。ギュネリアン天文観測衛星に最優先命令が飛び、望遠鏡が再調整されると、問題の宙域に対する集中拡大走査が行われる。同時に世界中の天文施設にも報告が流される。

 地球上のあらゆる『眼』がオリオン座方向の一点に注がれた。


 その監視の嵐の中でも、新しく生じた光り輝く存在は消えなかった。光速の20%という途轍もない速度からわずか一時間で減速を行い、その運動量の差分をすべて莫大なエネルギーに替えて放出する。


 人類開闢以来のこの事態に、全人類の間に緊張が走った。この状況は明らかな知性体の出現である。


 だがまだこの時点で人類は抱いていた。

 希望という名の愚かな夢想を。

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