3「新しい人生」

「いくら……その使うのはレジャー費……遊ぶためなんだな?」

「ああ、自分を購入して、あとは遊ぶためだ!読み書きは一週間で覚える!アンタらの所で働かせる予定なら、給料はさ、あんたらがよく分かっている筈だ!」


 俺には相手の情報が全くない。情報を集めている時間もない。

 なら餌を撒くだけ撒いて、相手側に考えさせるのが定石だ。


「なるほど……なるほど!グレンシア商会が給金を払うなら、返済資金はこちらで管理できる訳だな」


 赤髪ポニテが食いついてきた。一人でぶつぶつと考え込んでいる。


(よし!資金使途が分かるなら、赤髪ポニテはそれなりに優秀で、でも扱いやすく未熟だ)


 金を貸す用途は、大きく分けて3つある。


 1つは消費者ローン。レジャー資金だ。

 正確に言えば冠婚葬祭や引っ越しなんかにも使えるし、そもそも事業資金にしようとする奴も多いけど……まあ貸す方の建前としては概ね『(仕事以外の一時的に必要な)遊ぶための金』だ。


 2つ目は事業資金。仕事に使うお金で、設備資金と運転資金の2つある。簡単な保証協会付きからがっつり不動産が絡む面倒くさいものまであり、難易度はピンキリだ。

 3つ目は住宅ローン。家や土地などを買うお金。サラリーマンが家を買うためのあれだ。


 この中で一番貸し易いのがレジャー資金。なぜ遊ぶ金が一番貸し易いのかって?遊ぶ金だからだ。もし貸した金を全て使ってしまっても、働いて返せよで済む。


 でも仕事のための金を全て使われると、大変な事になる。それは余剰資金を失うことを意味し、仕事がダメになることに直結する。当然収入がなくなるので、金が返ってこなくなるのだ。

 だから事業資金は、レジャー資金と違って簡単に貸すことは出来ない。住宅ローンは消費者ローンより手続きが面倒だ。よほど分不相応や信用に問題がなければ貸せるが。


「500G……600Gでどうだ!いや、2,000Gはどうだろう!」


 赤髪ポニテが、目を輝かせて提案してきた。

 2,000万円……10歳に満たない子ども相手に、メチャクチャ言ってる気がするが、事情は分かる。


 金融機関の営業が、客に過剰な貸付額を提案する理由は1つ。ノルマを達成したいのだ。

 大抵営業には一定期間にいくら貸してこいとノルマが設定されている。日本ではノルマを達成しなければ、人間扱いして貰えない。毎日別室に隔離されて何時間も詰められ、普段の仕事中も人格攻撃をされ続ける。


 この世界がどうなのかは分からない。が、赤髪ポニテの反応を見るに、人を働かせる仕組みというは、どこも変わらないのだろうと思う。日本と同じようにノルマが設定されており、達成できなければ貴婦人に詰められるに違いない。


 奴隷のいる世界なんだから、もっとひどい罰を受けてもおかしくはない。


(ノルマ……嫌な響きだ。金融には戻りたくないけど……このチャンスを逃すわけにもいかないし……)


 営業はその月で実行できる案件のスケジュールを、上司に提出する。おそらく500なんぼかが、赤髪の今ある予定案件を全て行っても、ノルマ達成に足りない部分じゃないだろうか?

 で、2,000Gが、一発でノルマ達成できる金額か?もしくは特別な稟議なしで、個人の裁量で貸せる最大値なのかと思う。とにかく数字を稼げる時に、稼いでおこうと言う腹だろう。


 いずれにせよ、今この時点で、赤髪ポニテにとって俺は神となった。


 銀行の営業にとって、自分の言う通りに金を借りてくれる客は神でしかない。あと100万貸付ノルマが足りない、あと1個キャンペーンを取らないといけない。そんな時に神客にお願いして、ノルマを達成させて貰うのだ。

 要するに赤髪ポニテがノルマを達成できるかどうかが、俺次第になった訳だ。もう雑には扱えない。


「いいぜ!貸してくれよ2,000G」

「おー!助かります!」


 了解を出すと、赤髪はリュックを下して何かを探し出す。

 紙を取り出すと、机で熱心に書き始めた。


 パプキンもダードも何が起きているのか分からないらしく、おどおどしている。

 ふと気が付くと、貴婦人はじっと俺の方を見詰めていた。


(やりづれー)


 デキる上司という雰囲気で、心臓がギュっとする。

 しかもこの世界に生まれて初めて見た超美人で、ついドキドキしてしまう。


 もちろん村にも女はいたが、化粧も体形管理もしていない奴らばかり。ただ女であるだけの奴らだ。

 一方でこの貴婦人は、芸能人みたいな磨き上げられた美しさを持っている。美しくあるための努力しているのだろう。この人にとって、美しくあるのも仕事の1つなんだと思う。実際ビジネスに於いて、見た目の美しさは大きな大きなアドバンテージだ。


「グレンシア様、2,000Gの稟議の承認を貰いたいのですが……」


 赤髪ポニテは書類の作成が終わると、貴婦人……グレンシアにお伺いを立てた。立ち上がってヘコヘコしている様子は、銀行員時代を思い出して懐かしい。

 グレンシアは書類を受け取ると、淡々と赤髪ポニテに質問していった。


「返済資金はどうするのですか?」

「私達と働かせるのであれば、そこから返済させられるかと」

「教育してみて、それでも使い物にならない場合はどうします?」

「私が何とかして、仕事を教えます!」

「貴女自身の仕事もおぼつかないのに、ですか?」

「え……と……すいません」


 赤髪ポニテが普段の仕事を詰められて、へこんでしまう。

 気持ちは分かるが、負けるな!


「あの!あの子結構かわいいから、綺麗にして売れば結構いい値が付くと思います」

「さすがに2,000Gは付かないでしょう。実際プロの奴隷商人が30Gの値を付けています」

「そ、それは肉体労働用の奴隷商人だからでは!高級の男娼として売れば、そこそこの値段になるかと……私なら結構出します!」

「貴女の趣味を混ぜないで下さい」

「う……かわいいのに……」

「それにこの契約方式だと、私達はあの子を奴隷として買う訳ではありません。なので、奴隷として売るのは手間がかかります。私達が従業員を、奴隷として売ったと言う噂が立っても面倒ですし」

「そ……そうですね……たしかに…たしかに!」

「そもそも必要資金30Gに対して、余剰資金が多すぎます。使途についても複数の物が混じっています。複数の資金使途で承認が欲しいのであれば、分けて稟議を書きなさい。横着な仕事をするなと、いつも言っているでしょう。契約という喪は雑とは真逆。美しくないといけません」

「はい……」


 グレンシアに言い負かされて、赤髪ポニテはシュンとして席に戻ってしまった。

 いや、負けるな!がんばれ!俺の人生賭かってんだぞ!


「しかし、ここで自分の購入を訴えるのではなく、奴隷身分からの脱却を図るのは、悪くない選択でしょう。この中で唯一まともに人間と判断してもいいかも知れません」


 グレンシアは、静かにそう口にした。

 それを聞いて赤髪ポニテは嬉しそうな顔になり、再度グレンシアにお願いをする。


「2,000Gは多いかもなので、600Gを……」

「200Gです。それで稟議を書きなさい」

「う……分かりました」


 グレンシアの有無を言わさぬ短い言葉に、赤髪ポニテは反発することができなかった。大人しく席に戻り、新しい書類を作り始める。


 ……お?お?お?


「リザ、諸々後は任せます。私は先に帰るので」

「了解です!任されましたー」


 グレンシアは席を立ち、扉へと向かう。

 それを見たパプキンが、大慌てで後を追った。


「奥様!どういう事か分からねーが、奴隷は買わないのかい?ダードは読み書きができる、賢い奴だぜ!」

「事ここに至っても、自分の売り込み方がわからない者など、必要ありません」

「そ、そりゃそうだが……ダード!何かアピールしろ!」


 パプキンが、呑気に座っているダードを促した。


「オ、オデ!文字が読めるぜ!」

「そう」


 ダードの必死のアピールに、グレンシアは口の動きだけで返す。

 頭を抱えるパプキンをしり目に、グレンシアは部屋を出ていってしまった。扉の前で待っていた柔和そうなメイドさんが、ぺこりと頭を下げて静かに扉は閉めた。


 ダードが文字が読めるということで、パプキンは数百Gのボッタクリの値段を付けていた。きっとグレンシアは、それを気にしないだけの財力があるのだろう。

 パプキンからすれば数百万Gが30Gになったのだから、気落ちもするに違いない。


「よーし、できたぞー!」


 牢獄の暗い雰囲気も気にならないのか、赤髪ポニテが呑気な声を出す。

 鉄格子に寄り、紙とペンを差し出してきた。


「200Gの契約書だ。こちらは金証。これにサインを書いてくれ。あ、君は文字が書けないのか」

「名前書けばいいんだろ!貸してくれ!」


 紙とペンをひったくり、書類に「村正」と日本語で書き付ける。

 懐かしい……この異世界で付けられたのではない、両親が付けてくれた俺の名前だ。


「従業員優遇で、金利は24%に下げてあるぞ」

(たっけー!?けど、ここは日本じゃないんだし、しかたねー)


 メチャクチャ高いが、交渉なんてしてる暇はない。

 パプキンやダードに邪魔されない内に、契約を済ますべきだ。ダードや他の奴隷が自分に金を貸せと言い出したら、またややこしい事になりかねない。


「はい、書いたぞ!」

「了解だ。なんて書いてあるのか全く読めないけど、いいか。確認しました、っと」


 赤髪ポニテは書類とペンを受け取り、書類をファイルに挟んでリュックにしまう。

 そして代わりにリュックから、2つの袋を取り出して差し出してきた。


「100Gの袋が2つだ。確認してくれ。あ!手数料は2G引いてある」

「ありがとな!」

(手数料もたっけーけど!もう何でもいいや!)


 鉄格子の隙間から手を出し、赤髪ポニテから袋を受け取る。

 ずしりとした重い袋。中に薄い金貨が100枚入っている。俺の値段の7倍近い金額だ。


 久しぶりに見た大金に震えてくる。

 いや値段以上に、これが人生の重さなのだと実感した。


「ガキ!それ200Gかよ!」

「俺達によこせ!」


 後ろから怒鳴り声が聞こえ、あわただしい足音が迫ってくる。


「うそだろ!?ちょっと待て!」


 同じ檻に居た、2人のおっさんが走ってくる。

 目がガチだ!ひ弱な俺が勝てるわけがない!


 殺されると覚悟した瞬間。

 ――ゾクリと、

 背中から強烈な寒気が襲ってきた。


「貴様ら。うちの客に手を出すなら、命を失う覚悟はできているんだろうな?抜くぞ?」


 赤髪ポニテだ。

 彼女はおっさん2人に対して、強烈な殺意を放っている。剣の束に手を掛け、臨戦態勢だ。


「ひっ!すいやせん!」

「冗談です、騎士様!!」


 赤髪ポニテに気圧されて、あっさん達は壁まで逃げていく。

 この世界では騎士が奴隷を殺しても、お咎めなし。そもそも奴隷が勝てるわけがないので、突っかかるだけ無駄だ。


「冗談ならよかった」


 赤髪ポニテは柄から手を離してにっこりと笑い、リュックを背負い直す。

 パプキンに指示をして、俺を檻から出させた。


「ち……てめーに2,000G付けとけばよかったぜ」

「損したなー、おっさん。これ30Gだ」


 袋から金貨を30枚取り出し、パプキンに渡す。

 パプキンは金貨を数えると、ニカリと笑った。


「たしかに!受け取りました」

「急に丁寧だな」

「金を払うなら、客だからな!しかもてめー、仮市民権を手に入れるんだろうしな。こいつが市民様だと、ケッ!」

「あんたもプロだねー?仮市民権って、なんだ?」

「知らねーのかよ!正式な市民権を手にする前の、仮の都市滞在許可だな。そこで品行方正だと認められたら、正式に市民権が貰えるって訳よ」


(ビザみたいなものか。そもそも俺って、都市に住めなかったのかよ!)


「でもまー、成り上がりっぽい!無敵な気がしてきた」

「言っとくけど、仮市民権の手続きには170G近くするぞ」

「マジかよ!」


 つまりこの金は、仮市民権申請のための物か。単に200G借金からスタートかよ。


「萎えた……」

「なに贅沢言ってんだ、てめー!市民権に必要なのは金じゃねー。身元を保証してくれる人がいるかどーかだ。騎士様の保証なんてよー」


 溜息を吐いたら、怒られた。パプキンは羨ましそうに赤髪ポニテを見た。

 赤髪ポニテはその視線を無視して、俺の方に歩いてくる。


「よろしくね、少年。私はリザ・ザッカード。ん~、かわいいな!あとはおねーさんに、すべて任せたまえ」

「わっ!?」


 リザと名乗った赤髪ポニテが、突然抱き着いてきた。

 柔らかい感触に包まれ、いい匂いに満たされる。


「ちょっと!離して…うぷ」

「いい子、いい子~♥」


 振り解こうと暴れてもお構いなし。バカ力でホールドされ、頬を擦り付けられる。

 女っ気のない人生だったので、正直……堪らないですが。


 困っていると、どこかから誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。

 なんとも情けない、子どもみたいな声だ。


「おやおや……大丈夫かい?」


 なぜかリザに優しい声で頭を撫でられる。


「う……うぅ……」


 驚いた。泣いているのは俺らしい。慌てて赤髪から離れ、涙を拭う。子どもの体だから、子どもみたいな振る舞いをしてしまったのかも知れない。


「大丈夫。これからが君の新しい人生だ」


 リザに頭を撫でられ、言葉が胸の奥までしみ込んできた。

 何故泣いたのかなんてわからない。悲しくもなかったし、嬉しくもなかった。


 ただ今の人生……いや死ぬ前からの全て数えて、初めて助けて貰った気がしたのだ。

 俺が勝ち取った自由なのに、おかしな話だ。

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