元エリートショタ銀行員の異世界転生成り上がり
月猫ひろ
1「俺の値段は30万円」
マジで信じられない。この世に神はいないのか?
それとも神は俺に、これっぽっちも興味がないのだろうか?
頼んでもないのに作ったくせに、助けてくれないのは無責任ではないか。
生前一生懸命勉強して、いい大学に入って、一流の銀行に就職した。
クソな上司やバカな本部に辟易していたが、それなりに仕事を覚えて、営業成績を上げていた。
苦労、苦労、苦労で耐え抜いてきた人生。面白い事も何もなく、目指していた仕事にもやりがいは見付からなかった。
そんな矢先、逆ギレした客に刺されて俺は死んだ。
理不尽すぎる。誰に文句を言えばいい?
そりゃ、神様しかいないだろう。
そもそも相手は要注意先で、金を貸せる可能性はゼロに等しかった。客にもそう説明していたが、「審査だけはしてくれ」と泣きつくから、優しさで手続きをしてやったのだ。
忙しい合間を縫って稟議を書き、無駄な労力を使うなと怒鳴られながら上司にハンコを貰い、できる訳ないだろとバカにされながら本部に承認を求めた。
他の仕事が溜まっているのに、融資部に直接行って、役員に直々に説明だってした。
でもやっぱり、稟議は否決された。こんな返済能力が疑わしい店に、金は貸せないとのことだ。
そりゃそうだ。初めから客にもそう説明していた。
そんな中でも俺は、できる全ての事をやったのだ。俺が担当したから、融資ができなかったわけじゃない。俺じゃなくても貸せなかった筈だ。
審査が否決になった事を説明しに行った時、客はショックを受けている風でも無かった。
「そうですか……」とへらへらして、話も早々に店の奥に引っ込んだ。
元々可能性は無いと言っておいたから、理解してくれたのかと思っていた。
けれど、しばらくするとあいつは包丁を持ってうちの支店に押しかけ、「お前のせいで店が潰れたんだ」「家族もバラバラになった」と罵り、俺を包丁でめった刺しにしやがったのだ。
救急車で運ばれながら、絶対に人に優しくしてやらんと心に決めた。
もちろん、それで俺は死んだんだけど。
でも運がよかったのか、それとも死んだ奴は全員そうなるのかは知らないが。俺は剣と魔法のある異世界に転生した。
最初はなろう系小説みたいだとテンションが上がった。けれど現実は甘くない。待っていたのは主人公なんてほど遠い、誰に知られる事も無い人生だった。
俺が赤ん坊として生まれたのは、小麦みたいな作物を作っている貧しい農家。教育なんて受けさせてもらえず、物心ついた時から毎日一日中働かされた。
剣とか魔法とかを使えるわけもなく、学園生活や冒険、政権争いにも無縁。農作業とかどうでもいい村の掟ばかり知って、十年近く過ぎたと思う。
そんなクソどうでもいい転生生活を過ごしてきた俺だったが、その時点ではまだ最悪じゃなかったらしい。
とうとう奴隷として売られてしまったのだ。訳が分からないと思うが、これが現実なのだから仕方がない。
村が野党に襲われて両親が殺され、流れ流れて奴隷になったとか、そんなドラマチックなものじゃない。沢山いる兄弟の中でも体の小さい俺を、金に困った両親が奴隷商人に売り飛ばしたというだけの顛末だ。
10G……日本円で言えば10万円ぐらい。そんなはした金で……マジで信じられねぇ。
「おら!てめーら起きろ!お客様が来たぞ!」
うとうとしていると扉が開き、小太りのおっさんが入ってきた。奴隷商人のパプキンだ。
俺達奴隷は洞窟みたいな狭い牢獄に閉じ込められ、そこで4人一組で生活させられている。
プライバシーも何もない、雑魚寝の部屋。まあ奴隷だからプライバシーというか、人権すらないのだろうけど。
さながらペットショップの犬とか猫とか。
客は鉄格子越しに俺達の品定めをして、気に入ったやつを買っていくのだ。
「今日のお客さんは上者だ!買われる奴は最高だ。俺が買われたいぐらいだぜ!」
パプキンはいつになく上機嫌で、幾つかある檻を叩いて回っている。
ガンガンと煩い音で、寝ていた者もみんな目を覚ます。
「とはいえ今日のお客さんは、字が書ける奴をご所望だ!うちにはダードしかいないから、買われるのはダードだけどな」
なら関係ない俺を起こすなと、文句を言いたくなる。
この世界では教育は贅沢なものだ。転生前の日本の様に、一定の年齢になったら学校に通わせて貰えるなんてことは無い。
王族や貴族、一部の金持ちだけが学問を学び、文字や算額を収めることができるのだ。そして一握りの天才たちだけが、剣術や魔法を学ぶことが許される。
俺のような農家は文字もかけず、生まれた家の職業を継ぎ、領主様に税金を納めて、いつかのたれ死ぬしかない。
成り上がりなんて有り得ない。精々が狭い村のコミュニティで、年寄りだからと偉そうにすることぐらいしか出来ないだろう。
「はっはー!やはり君と違って、有能なオデはすぐにここから脱出できてしまうのだな」
鼻に付く笑いを撒き散らし、隣にいた奴が立ち上がる。
これ見よがしにマウントを取ってくるこいつが、件のダードだ。ダートはパプキンに呼ばれ、檻から出ていく。
檻の前には大きなテーブルが置いてあり、ダードはそこに座った。
お客と奴隷が面談をするためのスペースだ。売買契約などもそこで取り交わす。
パプキンの言う通り、ダードは文字が読める。
かといって、賢い訳じゃない。というかバカだ。
たまたま商人の家に生まれ、たまたま両親の手伝いで簡単な読み書きの必要があり、たまたま学習できただけ。
日本なら小学生だって、文字を読んだり書いたりできる。十代半ばのあいつがそれができたって、別に凄い事じゃない。
「チクショウ……」
俺は文字が読めないし、書くこともできない。
もちろん前世の知識はあるが、この世界の言語は日本と違う。
日常会話と農業については教えられたが、それ以外を学ぶ機会などなかったのだ。ただそれだけ。
ちくしょう……なんでこんなに、惨めな気分なんだ。
「「「「おおおおお!!!」」」」
三角座りで顔を伏せていたら、突然周りから歓声が上がった。
何事かと顔をあげると、お客さんが入ってきたらしい。
「美人だ……」
部屋に入ってきたのは2人の女性だった。
1人は黒くて長い髪で、真っ赤なドレスの20代前半ぐらいの貴婦人。凛とした無表情で冷たい印象を受けるが、飛び切りの美人だった。
もう1人は赤い髪をポニーテールにした、背の高い女の子。年は十代後半ぐらいだろうか?この子もシュッとした美人系で、かなりかわいらしい。
簡易的な胸当てをして、腰には剣を下げていた。
この世界では帯刀は特権だ。貴族の貴婦人と、それを護衛する騎士だろうか?騎士にしては若すぎる気はするけど。
2人に見とれていると、同部屋のおっさん2人の声が聞こえてきた。
「うおー!俺もあんな美人に買われてー!」
「止めとけ止めとけ。ありゃバウンズのとこだ」
「あ?なんだそれ?」
「金貸しで貴族になった、エグイ一族だよ」
「あー!あのえげつないって噂のとこか!金が返せなくて、奴隷に売られた商人も多いとか!従業員をぶち殺したってのも聞いたことあるぞ!うーわ、やっぱ関わりたくねー」
今なんて言った?金貸し?金貸しが文字を読める奴を探してるだって!?
「おい!あんたら、奴隷を探してるのか!」
思わず立ち上がり、走り出していた。もちろん檻は閉まっているが、鉄格子に組み付いたまま話しかけた。
テーブルについていたダードと赤髪がこちらを向く。貴婦人は気にせず椅子に座り、パプキンは棒を手にこちらに向かってきた。
「おい、ガキ!グレンシア様に失礼だろ!今日のオーダーは文字を読める奴だ!読み書きのできないてめーは黙ってろ!」
「うっせー、パプキン!お前に話してねーよ」
「あ~?なんだ、このクソガキ!すいませんねー、うちのカスが」
パプキンに怒鳴りつけられ、檻を棒で叩かれる。
だがそんな事を気にしてはいられない。この世界で生きてきた10年近い時間……いや、その前の20年以上を合わせたって、今ほど頑張らないといけない瞬間なんてない筈だ。
「聞いてくれ!俺はアンタ達の役に立つはずだ!いや、立って見せる!」
とにかく必死に、女たちに話しかける。
かなり騒がしくしているが、貴婦人はこちらを見ようともしない。奴隷なんて人とも思っていない様子で、まさに貴族様といった雰囲気だ。
一方机でパプキンの説明を聞き、ダートと話していた赤髪の女の子には戸惑いが見られる。面倒そうな感じで、どうしようかと貴婦人に目を向けている。
それで確信した。俺は絶対にこいつらに買われてはいけないのだと。
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