【今夜も月は綺麗です】100億年生きたロボットが家族を拾いました。

鳥ノスダチ

第一章

プロローグ

 浜辺の心地よい音、目の前を埋め尽くす一面の海とゴミのコントラストは何度見聞きしても飽きない。


 鬱蒼とした森と周りでがれきを食べている機械生命体アニマロイドを背にして、軋む体を動かし流れ着いたゴミを拾い分解する生活。


 この生活を何年間続けただろうか。元の生身の肉体であればとっくの昔に倒れていただろう。


 始めたころは母なる海を綺麗にしようとやる気が湧いていたが。一向にきれいになることは無く、やる気もそがれた今は惰性で行っている。


 日々変わらず本来の目的さえ目を逸らしてゴミを拾い続ける生活はもう飽き飽きだ。


「飽きた」


 そう言いながら手を止めてがれきに腰を下ろした。


 自分の体を見て小さく笑う、なんと汚いことか潮風と油でギシギシのガタガタだ。白を基調に青の差し色がされていた体は、所々かすり傷と切り傷で塗装が剥げて地肌が丸見えだった。


 一度手を止め腰を下ろしてしまうとあふれ出る暗い感情に心が支配されて鬱々としていまう。


 心を入れ替えるために今日は拠点に帰ってみるか。


 もう何年も帰っていない。


 久しぶりの硬いソファーに腰かけて食事でもしよう。機械の体でも食事を楽しめる機能を授けてくれた母には感謝している。


 目的が決まれば行動は早い。


 早速拠点に帰ろうと腰を上げると、胸ポケットからするりとペンが落ちてしまった。


「おっと、危ない危ない」


 慌ててペンを拾いに行く、すると視界の端にゴミ山では見慣れないものが映った。


「何で、あれがあんなところにあるんだ?」


 不思議に思いながらそれに近づいた。


 旧世代の休眠カプセルだ。

 コールドスリープ機能も付いた優れもの、売られた当初は他に類似した商品がなかったからか、家庭に流通していたが。中に入ったが最後頑丈すぎて出ることができなくなる問題が明るみになったとたん、使われなくなった代物だ。


 カプセルはこのゴミ山でも何個か見つけたことはある。大方どこかの遺跡から水に流されてきたのだろう。そのすべてが第二世代のカプセルで半壊し中身が腐っているものばかりだった。


 だが、このカプセルは塗装が剥げかけているがまだ原形を保った状態だ。


 こんなに綺麗な状態でこのゴミ山に流れ着くなんてさすが頑丈を売りにしてただけはある。


 俺はもっと観察するためカプセルに近づき両手で優しく持ち上げた。


 画面に指をつけて反応を見てみるとカプセルに電源が入った。


「・・・え!?」


 驚きのあまりカプセルを落としそうになり慌ててしっかり抱きしめた。


 恐る恐る震える指で画面を操作していく、まさか中身が無事なことなどあるはずがない。


「いや‥そんなことはありえないはず」


 数分画面を操作するとポン!という小気味よい音とともに画面が晴れてガラスのように透過しだした。


「嘘だろ」


 中身は、中にいた人間は無事だった。


 女の子だ。

 キャラメル色の長い髪をした十歳前後の少女が、今にも寝息が聞こえそうなほど安らかな顔をしている。


 思わず笑いそうになった。まさか開発者も多く流通した第二世代が全滅して、頑丈に作りすぎた旧世代が生き残るとは思わなかっただろう、笑える話だ。


 あまりの衝撃に動けないでいる俺を周りで動いている機械生命体アニマロイドが不思議そうに見つめている。


 気が付いたころには、夕方だった空は薄暗くなっていた。


 この辺りは夜になると危険な肉食の機械生命体アニマロイドが活動を始めてしまう。


「やばいな」


 早く拠点に戻らなければこの少女の身に何が起こるか想像もしたくない。


 拠点にはこのカプセルを開けられる道具があるはずだ、拠点で待つあいつも喜ぶだろう。


 先程感じていた精神的疲労などどこに置いてきたのか、カプセルに細心の注意をしながら足早にその場を後にした。


 ─早く会いたい…


 逸る気持ちをぐっとこらえる。


 彼女は遥か昔に滅んだはずの人間の生き残りだ。


 どんなふうに喋るだろう、どんな話をしようか。


 嬉しさのあまりついつい思考が先走ってしまう。


 先程まで止まりかけていた時間が急に早まるのを感じた。


 動く度に軋む関節も今は気にならない。


 ─早く会いたい‥


 暗い感情は押し寄せる明るい未来への期待に押し流されていく。


 気がつくと自然と笑顔になっていた。


「ありがとう…君に出会えてよかった」


 明日から楽しみだ。


 背後にある海も今は美しく見えた。




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