僕にはカレーがあるから
三連休
1皿目*甘口卒業
「ただいまー」
玄関を開けた瞬間にわかる。
やった、今日はカレーだ。
「ママーどこー?今日カレー?
カレーだよねー?もう食べていいー?
お腹ぺこぺこだよー」
「おかえりー。みっくん遅かったね。
今日もドロドロでしょー!まずはお風呂ー」
遠くから少しこもったママの声が聞こえた。サッカー練習の帰宅に合わせてお風呂を準備してしてくれている。
大体19時前、毎週末いつもの光景だ。
僕は小5。サッカー歴8年の11歳。
家では”みっくん”って呼ばれている。
週末は地元少年サッカークラブ、平日は某クラブチームでスキルアップ教室、サッカーを2ヶ所掛け持ちしている。
というと、凄い実力のサッカー少年に間違われるけど、今時、高学年なると掛け持ちは普通なことだ。中学に向けてクラブのセレクションを受けてみたいって実はみんな内心思っているんだ。だから掛け持ちしてサッカーを頑張っている。僕もその一人。
「今日もサッカーの練習きつかったー。
軽食が足りなかったからお腹ぺこぺこ」
朝8時に地元サッカークラブのグランドに行って全学年練習、午後から自転車で北山グランドに移動。明日の試合の為にコーチが中学生OBを連れてきてくれて、僕たち小5チームの練習相手をしてくれた。
「やっぱり中学生には負けたよ。クラブチームに行った先輩が数人いるからさ、不利だよ不利。PKも取られたしフルボッコ」
帰宅すると、まずはその日の出来事を一気に喋るのが僕のクセ。
思い出すだけで腹が立って興奮してしまう。一日練習の疲れより、負けたことが悔しくて誰かに言いたくなるんだ。
「はいはい、喋ってないでまずお風呂。明日はあの強豪チームと練習試合でしょ?ユニフォームもアンダーも替えがないのよ。これから洗濯しなきゃ」
「なんで洗濯?明日はサードユニでいいんだよ。コーチが言ってた」
「本当?サブユニじゃなくサードユニ?ママ聞いてないよー。たくや母に聞いてみる」
ママは僕の話を信用してないんだな。
いつだって僕が説明しても、すぐにママ友に聞いてみるという。
ま、僕はギャグばっかり言うし、聞かれるとすぐに”知らない分からない”って返すからしょうがないな。そんなことより今はカレーだ、カレー。
速攻お風呂に入り、いつも通りママに頭の臭いチェックをされて合格、やっとカレーだ。
頭から落ちる水滴をタオルで拭きながら食事の椅子に座ろうとするとママが一言
「実はさ、カレーは明日の試合弁当用なのよ。だからね、具はあまりあげられないの、ごめんね」
大人は勝手だな。
こんなにいい匂いをかがせておきながら、具少なめで食べてねだなんて。
僕にとってカレーはハードな練習後の救世主なんだよ。将来はサッカー選手はやめて、カレー屋になろう。今決めた。
僕って子供っぽいかな。
いただきまーす。
はふ、はふ、はふ。うまっ。
あ、これは
「ママ、これって!」思わず言葉が口に出た。
笑ってガッツポーズのママ。
咄嗟にグッジョブで返す僕。
中辛だ。中辛だよ、うめー。
甘口から甘中辛ブレンドになって早1年、中辛オンリーをお願いしても辛いものが苦手な妹優先で中辛にしてくれなかったのだ。
でもどうして。
「聞いたよ。今月始まった都大会地区予選の試合から先発に出られるようになったんだって?教えてくれたらいいのに。すごいじゃない。ママ嬉しくてカレーもステージアップしちゃった。みっくん、おめでとう」
サッカーとカレーを一緒にしないでくれよ。ママって調子いいな。すぐ浮かれるし。
子供でもお見通しだよ。
「先発に選ばれたけど、DFなのに一番背が低いし、他のチームの選手は大きい奴が多いから体負けしちゃうんだよ。だからいつまた先発を外されても仕方がない。先発どころか試合に出られないこともあるんだ。”絶対”なんてないから言わなかったんだ」
イライラして一気に喋ってしまった。
考えないようにしてきた身長の話を自分からしてしまったことを後悔した。
身長の話をすると大人は大概こういう。
「まだ小学生なんだから、これからだよ。小5でしょー?男子はこれから!今背が高い人を中学で追い抜いちゃうから大丈夫、大丈夫」
小5で160センチある奴なんて沢山いるのに、僕はまだ135センチ。わかってる、DFには向かないこと。でも自分が目指すサッカーで魅力を感じるポジションはDF。なかでも右サイドバッグ、攻撃的ポジション。
元日本代表内田篤人選手のようにゴールに関われるDFが目標だ。だから、背が低い僕は身長の話が嫌いだ。
「甘口は卒業!今日から中辛よ。まだ辛口もあるし激辛も超激辛あるんだから!
みっくん、サッカーもカレーも、もっと上いこー!」突然ママが言った。
今夜は具が少なめカレーだけど、明日の試合弁当は沢山具が入った中辛カレーと期待して、サッカーもカレーもがんばるぞ。甘口卒業だ!
ママにつられて僕のテンションもおかしくなってきた。
* * *
翌日の試合は負けた。
先発し後半もそのまま、試合終了まで出場した。フル出場は初めてだった。
でも負けた。ただ悔しい。予選敗退した。
泥だらけの僕ら、悔しくてみんな泣いた。
カレーが中辛になったからと言って、急にモチベーションが上がってゴールが決まるとか、奇跡が起こり地区大会予選突破するとかありえない。小学生だけど、そんな簡単じゃないことぐらいわかる。
だけど昨日ママに中辛のカレーにしたよって言われ甘口を卒業したことが、なぜかちょっと大人になれたみたいで嬉しくて、明日絶対にゴールを決めるぞって思えたんだ。
だけど、予選敗退。
僕たちは負けたんだ。
いつか本当の大人になった時、今日の僕のこの悔しい気持ちを大人の僕は覚えているのだろうか。
中辛のカレーを卒業する日、僕はどんなサッカーをしているだろう。身長も伸びて強いDFになっていたい。
先週の負けを思い出し、また悔しさが込み上げてきた。
今日も僕はグランドへ行く。
自然と自転車を漕ぐ力が強くなる。
とにかく練習がしたくて、いつもより早く家を出てしまった。
グランドに向かう途中、チームメイトのたくやが見えた。
「早く行ってさーシュート練習しよーぜー」叫んでみた。
「今日、俺ー、辛口カレー弁当!」
たくやが大声で返してきた。
「真似すんなよーっ」叫び返した。
「うるせーよ」
二人で笑いながら一緒にグランドに向かった。今日は、辛口カレー弁当のたくやが覚醒するかもな。
僕たちは一気に坂を下り、コーチが待つサッカーグランドへ向かった。
〈了〉
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