ワカラナかれしそう

キキカサラ

女の子のいる飲み会に参加する彼氏

「そろそろ結婚しない?」

「ん~、まだかな~」


 私の言葉に、髪をセットしながら、アキオは涼しげに答えた。


「もう、三年も付き合っているのよ」

「そうだね~」


 聞いているようには見えない。完全に空返事だ。


「結婚する気ないでしょ!どうせ私は遊ばれてるんでしょ」

「違うよ、まだ時期じゃないだけだよ」

「時期ってなんなのよ…」


 何度も往なすように言われ、私は怒る気力を失った。


「ミワちゃん、心配しないでよ。本当にいずれ結婚はするからさ」


 髪のセットを終えたアキオは、私の手を両手で包み、目を見つめながら言ってきた。

 このキラキラした目に、私は弱い。

 既に、気力を削ぎ取られた私は、アキオのキラキラ攻撃に、ドキッとしてしまう。こうなると、何でも許したくなってしまう。

 しかし…。


「ところでアキオ。私とのデートでもないのに、何でおめかししてるのかな?」

「え?これから飲み会だからだよ?」


 初耳だった。


「ちょっと待って。その飲み会って、女の子もいたりするの?」

「うん、いるよ」


 あっけらかんと言われた。罪悪感はないようだ。

 なるほど、そういう態度で来るわけね。


「ねえ、アキオ」


 私は、アキオの名前を呼び、頬を撫でた。


「ん?何?」


 若干、顔を赤らめ、頬に添えた私の手に、自分の手を重ねてきた。

 私はそれを、優しく逸らし、自らの手をコメカミのところにスライドさせていく。

 そして、満面の笑みを作る。


「彼女がいるのに、女の子の参加する飲み会に行くとは…何事かー!」


 コメカミに添えていた手を拳に変え、全力でグリグリと押した。


「いだだだだだだだだだ」


 アキオが悶絶する。涙目になる彼の顔を見て、少し気が晴れる。


「ギブー!ギブだって!!」


 まあ、これくらいにしてやろう。

 私は、手を放してやった。

 私から解放されたアキオは、頭を押さえながら、うずくまった。


「酷いよ、ミワ。あまりにも暴力的じゃないか」


 抑えきれなくなった涙が、アキオの目から零れ落ちる。


「いたって、普通の反応だと思うけど?」


 私は間違ったことは言っていない。世の恋人は、同じ反応をするはずだ。


「うん。解るよ、言ってることは」

「解ってるなら、何で行くのよ」


 頭が痛い。何を考えているのだろう、この男は。

 アキオは、こめかみを、さすりながら、私を見据えてきた。

 先程のキラキラした視線とは違い、怪しい眼光を放つ。これもアキオの魅力の一つだった。

 一体何人の女性を、この目で魅了してきたのか。


「だってミワちゃんは、そんな社交的な僕のことが、好きなんでしょ?」

「うっ」


 それを言われると弱い。

 確かに私は、モテるアキオが好きだ。でも、モテると分かっているからこそ、女性の参加する飲み会には参加して欲しくない。


「大丈夫、安心して。僕は他の女性には、なびかないよ」

「どうだか!」






 気になって、跡をつけてきてしまった。

 アキオに気付かれないように、居酒屋に入り、彼らの見える席に座る。居酒屋が個室タイプじゃなくて良かった。

 さすがに、居酒屋なだけあり、騒がしく、彼らの会話までは聞こえない。

 私はビールを注文し、ちびちび口に運びながら、飲み会の様子を覗き見ていた。


「なによ、女の子、可愛いじゃない」


 不安だ。不安しかない。アキオはああ言っていたけど、正直信用はできない。


 アキオが席を立った。あの方向は、トイレね。

 アキオがトイレに入ると、女の子の一人が席を立った。そして同じくトイレに向かう。

 しかし、トイレには入らず、入り口のところで待っている。


「あれって…」


 つまり、アキオ待ちだ。トイレ出待ちだ。

 アキオが出てくると、さも偶然ですというように、話しかけている。

 あの態度で分かる。彼女はアキオに好意がある。気が抜けない相手だ。本当にアキオはなびかないのだろうか?


「え?ちょっと!」


 しばらく話すと、アキオと彼女は席には戻らず、一緒に外に出て行った。


「やっぱり信用ならないじゃない!」


 私は急いで会計を済ませると、二人を追いかけた。

 外に出て、周りを見回す。そして見つけた、向き合う二人の姿を。


「先輩、付き合ってください!」

「うん、いいよ」


 あっさりと答えた。とんでもないシーンに出くわしてしまった。

 やっぱりアキオは、私のことなんて、どうでもよくて、新しい女を探していたのだ。

 怒りと悲しみで、手が震える。


「やった、これで私たち恋人同士ですね!」

「え?」


 彼女の言葉に、アキオが疑問符を出す。私の頭にも疑問符が浮かぶ。

 え?彼女、何か変なこと言った?


「付き合うって、そういうこと?買い物とかじゃないの?」

「え?」


 今度は彼女が困惑する。そりゃそうだ。


「恋人同士にはなれないよ。だって、僕には将来を決めた恋人がいるんだから」


 私のいない所で、プロポーズの様な発言をされ、私は嬉しくて涙が出た。

 本人のいない所で言えるのだ、本当のことだろう。


「だから、ごめんね」


 アキオは彼女の肩を叩いた。当の本人は呆けてしまっている。

 その時、アキオと目が合った。しまった油断した。彼らの話に夢中になりすぎて、身を乗り出していた。


「え?ミワちゃん?」


 つけてきたのがバレてしまった。こんな姿、情けなさすぎる。


「そんなに心配だったんだ」


 アキオは私のところに駆け寄ってきて、微笑んだ。


「って、何で泣いてるの?」


 私に近付くと、顔を見て驚愕する。

 しまった、さっき不意に泣いてしまったんだった。


「な、泣いてないわよ!」


 後ろを向いて、涙を拭った。そういえば、急いでつけてきたから、すっぴんのままだった。何だか色々と、自分が情けなくなってきた。

 彼を信じられなかったこと。不安になってつけてきてしまったこと。


「帰ろうか、ミワちゃん」

「え?まだ飲み会終わってないでしょ?」

「何か、詰まんなくなっちゃた。ミワちゃんといる方が楽しいや」


 嬉しい言葉に胸が高鳴る。


「じゃあ、もう、女性のいる飲み会には参加しない?」

「いや、参加するかな」


 爽やかに即答された。


「何なのよもう!」


 やっぱり、彼の考えていることは理解できない。

 でも嫌いにはなれない。

 また振り回される日々が続きそうだ。

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ワカラナかれしそう キキカサラ @kikikasara

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