魂の譲渡:デーラ

「ちょっとエプシル! いきなり何やってるのさ!」


「あーん? 兄ちゃんの頬に虫が止まってたから引っ叩いただけやで?」


「この場所に虫なんていないのデス! エプシル姉ちゃん、マスターにどんなハニトラを仕掛けたデスか!?」


「んなことするわけないやろ!」


「まったく、あの子達は何をやってるのよ……」


 俺の側を離れ、わちゃわちゃと騒ぐエプシル達を見て、入れ替わりにやってきたデーラさんが呆れたように言う。そのまま俺の横に立ったが、ちびっ子三人組と違ってスラリと背の高いデーラさんと並ぶのはなかなかの迫力だ。


「それじゃ、次は私ね。一応言っておくけど、エプシルみたいにおイタしちゃ駄目よ?」


「ハハハハハー! 何のことかこれっぽっちもわかりませんけど、大丈夫です! それにほら、俺ってきょ……」


「なあに?」


「あーもう、全然何でもないです! じゃあいきます、<歯車連結ギアコネクト>!」


 無意識に胸元に向けてしまった視線が死を招く前に、俺はスキルを発動させて精神世界へと入っていく。根本的な解決にはなっていないが、人生にはとりあえず逃げるという選択肢も必要なのだ。


「へぇ?」


 そうしてやってきたのは、綺麗に整頓された部屋の中だった。大体みんな広い世界って感じだったので、これはなかなかに新鮮だ。


「ちょっと意外だな。でも似たような世界もあったような……って、俺か!?」


 軽く思い返してみると、俺が自分のなかに入った時が、確かこんな感じだった。とはいえ俺とデーラさんに共通点っぽいものはなさそうだし、多分偶然だろう。それを言うなら広い世界だった他の全員に共通してるものの方がねーしな。


「にしても、ここを探すのか……むぅ」


 見たことのないつるっとした素材でできたテーブルや、読めない文字で書かれた本の収まる棚。他にもベッドや衣装ダンスなど、全体的に明るい雰囲気で纏められた室内は、如何にも女の子という感じで……ここを探すのはかなり気が引ける。


 これはあれだ。俺の中でゴレミやローズの部屋っぽい場所を探したときと同じ感じだ。しかも今回は俺の中じゃなく、デーラさんの中。本当に他人の部屋の中なので、下手にいじるのはマズい気がする。


「おいおい、頼むぜ。こういうときこそわかりやすく光ったりしてくれよ……」


 祈るように呟きながら室内を見渡すが、残念ながら光ってるものはない。ならばと扉に手をかけたが、ノブの感触がかなり固い。思い切り力を込めれば回せそうだが、おそらくこれは「こっちには行くな」というデーラさんの意思表示だろう。


「となると、やっぱり室内か……つってもなぁ」


 困って頭を掻きつつ、俺はもう一度室内を見回す。じーっと目をこらして観察してみると……どうやら衣装ダンスの隙間からほのかな光が漏れているような気がする。


「えぇ、ここ開けんの? マジで?」


 もの凄く気が進まないが、開けないことには話が進まない。やむなく俺はタンスの下に付いている引き出しに手をかけ、力を込める。スッと開いた先には色とりどりの小さな布きれが綺麗に畳まれて入っており、そのなかの一つがひときわキラリと輝いていて……


ガンッ!


「うぉぉ、あっぶねぇ!?」


 突如、引き出しがとんでもない勢いで閉まった。ビックリした、スゲービックリした! もし一瞬でも離すのが遅れていたら、俺の指が持っていかれていたんじゃないだろうか?


「くっそ、何だってんだよ!? でも光ってたし、あれ……うん?」


 渋い表情で顔をあげると、どうやら引き出しの上にある両開きの扉の隙間からも光が漏れている事に気づいた。


「どういうことだ? 二つあるってことか?」


 思い切り首を傾げてみるが、答えが返ってくることはない。なので俺は扉の方を開けると、なかには何着かの服が入っており、そのうち一つがピカピカと輝いていた。恐る恐る手を伸ばすと、俺の意識が別の場所へと飛ばされていく……





「ねえ、ノーウェ。私は情報収集をお願いしたわよね?」


「あら、デーラ。今がちょうどその最中じゃない。見てわかるでしょ?」


 暗い室内に切り裂くような灯りが飛び交う、不思議な場所。デーラさんが声をかけると、ピッチリと体に張り付くような服を身に纏った大人っぽい女性がつややかに笑う。デーラさんと違って、非常に豊かな胸部装甲をお持ちの方だ。


「ええ、わかるわよ。でも問題はそこじゃないってこともわかるわよね?」


 ノーウェと呼ばれたセクシーお姉さんの周囲には、やたらと顔立ちの整った男が五人ほど寄り添っている。


 あー、いや、正確には四人だ。一人はその場に這いつくばっており、その背にノーウェさんの足を乗せられて幸せそうな顔をしてるからな。


「あら、これの何が問題なの? 私の美しさに寄ってきた男に、少し夢を見させてあげているだけよ?」


「どこが少しよ!? あーもう、また後始末をしなくちゃ……」


「そんなことどうでもいいじゃない? それよりデーラも一緒に楽しみましょう?」


「お断りよ! まったくもう……」


「相変わらずつれないのね。でもそういうところも魅力的よ。フフフ……」


 差し出した手をペシッと叩かれ、ノーウェさんが妖艶に笑う。その声と同時に俺の意識が元の場所へと戻っていき……





「……えぇ? マジでこれなのか?」


 あくまで個人的な見解だが、一二歳の少女に渡す魂の一部としては、些か不適切ではないかと思われる。ただ問うたところでこの場で答えはないだろうし、何より――


スッ……バタン! スッ……バタン!


「……………………」


 俺の足下で、さっきの引き出しが勝手に出たり入ったりを繰り返している。多分……いや間違いなく、そこに収まる光る下着には、今見たものより過激な記憶が詰まってるのではないだろうか。


(これはさっさと退散した方がいいな)


 本能の危機感知に従って、俺は輝く服を手に取る。急にでかくなることもなければ妙に重かったりやたらと軽かったりすることもなく、見た目通りの服を腕にかけると、俺は意識を覚醒させていき……


「…………ふぅ」


「お疲れ様。私の中はどうだった?」


「あー、はい。いや、特には何も?」


「あらそう? あの子なら絶対悪戯しそうだと思ったけど……そうよね、本物のあの子が私の中にいるわけじゃないものね」


「あの子、ですか?」


「ふふ、こっちの話よ」


 そう言って笑うデーラさんの顔は、楽しそうな困り顔という不思議な表情だった。そのまま視線を矢の方に向けると、増えた光の球を見て、デーラさんがキュッと唇の端を吊り上げて笑う。


「一二歳なら、もう立派な女ですもの。少しくらいは大人の作法が伝わっても平気よね? クルト君、後は宜しくね」


「わかりま……っ!?」


 デーラさんの顔が近づくと、チュッと軽く俺の頬にその唇が触れる。熱い感触にビックリして動きを止めると、すかさず周囲から声があがった。


「ぬぁぁー!? デーラ姉ちゃん、何やってるデス!?」


「は、破廉恥なのじゃ! 大人の女性なのじゃ! 妾、ドキドキしてしまうのじゃ!」


「このくらいいいじゃない。私達を助けるために頑張ってくれてるんだから、ちょっとしたお礼よ」


「ぐぬぬぬぬ……マスター! ゴレミも! ゴレミもチューをするのデス! 今すぐダイレクトアタックなのデス! ライフがゼロになっても、神のカードがあれば復活できるのデス!」


「意味がわからん! あとやめろ! 揺らすな! 『約束の蒼穹アーバロン』が消えるから!」


「なら後で! 後で絶対するのデス! 絶対に絶対なのデス!」


「わか……いや、騙されねーぞ! 後でもやらねーからな!」


「ぶー! マスターがイケズなのデス!」


「ほらほら、妬かないのイリス。なら大人のキスの仕方を教えてあげるわ」


「いや、それはいいのデス。デーラ姉ちゃんのその手の知識は、微妙にずれてる感じなのデス」


「えっ!? あ、あれ?」


「そうだよね。デーラ姉さんって見た目の雰囲気は凄く大人っぽいのに、中身はちょっと子供っぽいよね」


「えっ? えっ!?」


「ほら、デーラちゃん、じゃまー! 次はアタシの番なんだから!」


「ちょっ!?」


 ゴレミとジッタに言われ、デーラさんがアタフタと取り乱す。そんなデーラさんを押しのけて、次はガルマさんが俺の隣にやってきた。

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