届かない声

尾籠な表現がありますので、苦手な方はご注意ください。


――――――――




(ロッテ……あー、あの時の人か)


 俺の脳裏に、初めてフラム様と出会ったときのことが浮かんでくる。確かフラム様が声をかけた瞬間、何処からともなく現れた謎のメイドさんだ。


 と、俺がそんな事を考えている間にも、謎の球からのメッセージは続いていく。


『この通信は、消臭の魔導具にこちらの魔力波長を同調させることで行っている、一方的なものです。クルト様、ローザリア殿下、そしてフラムベルト殿下が魔導具に触れてから一定時間後に発動するように設定されています。


 また、この通信内容は日に一度、八の鐘が鳴った際に更新されるものです。最大で一日古い情報になる可能性があるので、ご注意ください。


 では情報を伝えます……』


 俺は牢獄にある粗末なベッドに横たわり、顔を壁側に向けて聞く姿勢をとる。外にいる騎士にこちらを監視している様子はないのだが、それでも念のためだ。


『現時点で確実に安否の確認ができたのは、フラムベルト殿下とクルト様のお二人です。フラムベルト殿下は高級政治犯を収容する特別室に、クルト様は一般監獄の西A-〇七に収監されております。


 またクルト様の装備、およびゴレミ様は西棟の保管庫に収容されています。監視の目が厳しいため、運び出すのは不可能です。


 ローザリア殿下は所在不明です。引き続き捜索を続けます』


(ほほぅ? 俺がいるのが西の監獄で、装備も西棟の保管庫にあるってことは、そこまで離れてねーのか? それにローズの所在は不明、か。クリスエイドの台詞じゃ生きてるのは間違いねーと思うんだが……)


 城の地理なんて俺には何もわからないので、この説明を聞いても大したことはわからない。だがもしフラム様がこれを聞いたなら、きっと俺達の居場所や位置関係が手に取るようにわかるはずだ。何せあの人はこの城の次の主、皇太子だからな。


 そしてそれは、この通信を残したロッテさんにとっても同じだろう。であればいざって時に、一応助けがくる可能性がある。それを前提に動くのはただの馬鹿だが、最後の希望として頭の片隅に置いておくくらいはいいだろう。


『ライグヴェルド陛下は、帝城三階にある使用人の部屋に軟禁されているようです。あそこには抜け道がないため、救出は困難。ただし防諜も甘いので、こちらからの接触は無理でも内部の様子を窺うことは多少ならば可能でした。


 それによると、陛下の状態は良好。追い詰められた様子もなく、普段と変わらぬ日々を送っておられるようです』


(ふーん。皇帝陛下も元気なのか。なら俺もしばらくは大丈夫そうだな)


 皇帝の心が今にも折れそうとかだったら、俺は出番もなしでそのまま消されてしまう可能性が高かった。正規の鍵が手に入るなら、予備の鍵は念のためにへし折っておいた方が安心できるだろうしな。


 だがそうじゃないなら、俺の出番がやってくることもあるだろう。あるいは俺を使って扉を開け、中身を手に入れてからゆっくり帝位を委譲させるって選択肢もでてくる。


 そしてその時には、俺は牢獄を連れ出されるだけじゃなく、最低でも「歯車の鍵」を手にできるだろう。きっとその時が、色んな意味で最後かつ最大のチャンスになるはずだ。まあその分警戒も厳しくて、最大のピンチでもあるだろうが。


『最後に、現状での皆様の救出は困難です。近いうちに双方向で情報をやりとりできる手段を検討しますので、今は無理な抵抗はせず、大人しくクリスエイドの指示に従ってください。では、通信を終了します……………………』


 最後にそう聞こえると、球の振動が止まる。指先でつついたりギュッと握ったりしてみたが再び声が聞こえることはなく、どうやら本当に終わりのようだ。


(ふーむ。じゃあしばらくは様子見ってことか)


 俺は再び球をポケットの中に戻すと、四肢を投げ出すようにしてベッドの上に仰向けに寝転がる。俺なりに色々作戦を考えてみてはいたのだが、明らかに専門家っぽいロッテさんが動くなというのなら、動かないのが正解だろう。


 というか、下手にやらかしたせいでロッテさんの計画が狂う方が怖い。素人の予期せぬ行動が敵の作戦を乱し、結果として助かる……なんてのは物語の中じゃよくある話だが、現実でそんなことをしたら、その場で処分されて終わるのが関の山なのだ。


「となると、急にやることがなくなったな。体力も温存しときてーし、なら一眠り……おうっ」


 その時、俺の体にプルりと震えが走った。さっきのは作戦というか建前だったが、人が「食ったら出したくなる」のは間違いない事実だ。


「あー…………つ、壺か…………」


 俺の生まれた田舎村には立派な魔導具のトイレなんてなかったし、探索者である以上、ダンジョンのなかで催せば、こういう部屋の一角でする・・こともまあ、なくはない。


 が、どれほど田舎だろうと流石についたてもない場所で何もかも丸出しにして壺に跨がったりはしねーし、ダンジョンの場合したらすぐに移動するのが基本で、仮にその場に留まったとしても、放ってけばそのうち消えてなくなっていた。


 だがここは違う。窓のない地下室である以上、今出したらブツも臭いも延々と残り続けるのだ。狭い部屋のなかで自分の汚物の臭いに包まれて過ごすとか、最悪にも程がある。


「……待て、これ消臭の魔導具だって言ってたよな? ならこれを使えば臭いが消えるのか?」


 と、そこで俺はさっきロッテさんが言っていた言葉を思い出す。なるほどこれが消臭の魔導具だというのなら、騎士が持ってきた理由もわかった。ただそれでもまだ、問題が全て解決したわけではない。


「これどうやって使うんだ? ただ置いときゃいいのか?」


 普通に魔導具を使う感じで魔力を流してみたが、起動しているのかどうかがわからない。あと念のために調べてみたが、当然歯車を嵌められるような穴はない。


「うっ…………仕方ない、ぶっつけ本番だな」


 どうやら俺の腹は、そろそろ限界が近いようだ。諦めて覚悟を決めて、俺はズボンを下ろして壺に跨がる。はぁ、こうなるとゴレミやローズが一緒じゃないのは、せめてもの救いか……ぬぅ。


「…………さて、それじゃあとはこいつの活躍に期待するか」


 ぷぅんと嫌な臭いが漂うなか、俺はもう一度さっきの球に魔力を込めてみる。だがどれだけ時間が経っても、その臭いが消える様子がない。


「何でだよ! 効果ねーじゃねーか!」


 思わず球を叩きつけたくなったが、これが「ロッテさんの通信を届けてくれた魔導具である」ということを思い出して踏みとどまる。もし苛立ちに任せて壊してしまった場合、二度と通信が受け取れないとなったら泣くに泣けない。


「な、なあ騎士さん? あんただって臭いだろ? これ何とかなんねーの?」


「……………………」


 最後の手段として、一縷の望みをかけて牢の外の騎士にそう訴えてみたが、騎士は変わらず微動だにしない。どうやら感情がないと、臭いのも気にならないようだ。


 ってか、そうだよな。だって俺が言うまでこの魔導具持ってこなかったってことは、そもそも臭いなんて気にしねーってことだもんな。


「最悪だ……最悪の気分だ…………」


 臭いがいつまでも残るなか、時間が来れば食事が運ばれてくる。食欲なんて出るはずもないが、かといって食わなければ体がもたない。俺は泣きそうになりながらも飯を食い……そして飲み食いすればまた出るものが出てしまう。


「助けて……誰か助けて……っ! どうか俺を外に連れ出してくれ! それが駄目なら、せめて空気を! 新鮮な空気を持ってきてくれぇぇぇぇ!!!」


「……………………」


 俺の悲痛な叫びは、しかし消えない臭いと一緒に石壁に吸い込まれてしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る