第六章 歯車男と大帝国
囚われの探索者
「うぅん……おいゴレミ、またお前…………あれ?」
硬く冷たい石の感触に文句を言いながら目を覚ますと、俺の体の下にあったのはゴレミの体ではなく、石の床であった。ちなみに俺がゴレミと勘違いしたのは、偶にあいつが寝ぼけて俺に抱きついてくるからだ。
ゴーレムが寝ぼけるってどうなんだよと常々思っているが、まあゴレミが適当な事ばっか言うのはいつものことだしなぁ……って、それはそれとして。
「な、何だここ? 地下室……牢獄!?」
周囲を見回し、俺は驚きの声をあげる。壁、床、天井の全てが石造りで窓の一つもなく、正面には縦にまっすぐ伸びた鉄の棒が並んでいるという、牢獄でしかみないようなアレがある。
うむ、これは紛うことなく牢獄だ。だが今問題なのはそこじゃなく、どうして俺がこんなところにいるのかの方だ。
「待て待て待て。俺はさっきまで何してた? 思い出せ、確か……」
ぺたりと床に座り込み、ひんやりした感触を尻に感じながら、俺は腕組みをして記憶を探る。
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その後は話の流れで、全員揃ってミニッツ連邦共和国に移動すべく
「そうだよ! 何かいつもと違う反応があって、それで…………それで?」
そこで記憶が途切れており、だからこそ現状と繋がらない。
「気絶してる間に牢獄に入れられた? 何で? 捕まったのは俺だけか? それとも――」
「おや? もう目覚めてましたか」
と、そこで鉄格子の向こう側から声が聞こえてくる。俺が立ち上がって身構えると、程なくして通路の奥から、こんな場所とは不釣り合いに華美な衣服を身につけた、背の高い痩せぎすの男が姿を現した。その横には深緑色のごつい甲冑に身を包んだ騎士を二人従えており、どう見ても獄卒という感じではない。
「本当は奥に用事があったのですが、起きたのであればこちらを先にすませましょうか。気分はいかがですか? 探索者クルト」
「おかげさまで快適な目覚めだぜ。で、あんたは?」
「おっと、申し遅れました。私はオーバード帝国の次期皇帝、クリスエイド・スィーラス・
「次期皇帝の、クリスエイド……? ぐはっ!?」
俺の小さな呟きに突然クリスエイドが眉を吊り上げ、宝石のちりばめられた豪華な杖を牢の中に突き入れてきた。その一撃は俺の腹に直撃し、苦痛で思わず体を丸めると、クリスエイドは神経質そうな顔を赤く染めて怒鳴り声をあげる。
「この私が名乗ったのだぞ! 身分差がわかったなら、即座にひれ伏すべきだろうが、この庶民が!」
「ぐっ、うぅぅ…………も、申し訳ありません…………クリスエイド、様」
その言葉に、俺はそのまま床に膝を突くと、深々と頭を下げてみせた。理不尽な暴力に頭が煮沸しそうになったが、怒りを噛み殺して常識だけを考えれば、次期皇帝……はともかく皇族相手にひれ伏すのは、むしろ普通である。
そう、ローズやフラム様が特別なだけで、これは普通なのだ。お貴族様の名前を目の前で呼び捨てにしたらそりゃぶっ飛ばされる。だからこれが当たり前だ、怒りを感じる事の方がおかしいのだと冷静に受け止め直していると、俺の頭の上から興奮が冷めて落ち着いた声が投げかけられた。
「ふぅ……いや、わかればいいのです。皇帝たる者、寛容でなければならない。今の不敬は無知なる庶民が取り乱しただけということで、不問にしましょう」
「ありがとうございます、クリスエイド様」
「ふ、ふふふ……ええ、ええ、そうです。その態度でいいのです。最初からそうしていれば、痛い目をみずとも済んだというのに、これだから庶民は……」
ふむ、どうやらクリスエイド『様』は、典型的なお貴族様思考らしい。生まれながらの庶民である俺は偉い人に頭を下げることに何の抵抗も感じないので、これなら逆にやりやすいかも知れねーな。なら……
「あの、クリスエイド様。不躾ながらもどうしてもお尋ねしたいことがあるのですが……ここは一体何処なのでしょうか? 何故俺……いや、私はこのような場所に?」
顔を床に伏したまま問う俺に、頭上から軽く馬鹿にしたような声が響く。
「何だ、そんなことが気になるのですか? ここはオーバード帝国、首都オーベルの帝城地下にある特別監獄です。何故お前がここにいるかというなら、私が招いたからですね」
「オーバード帝国!? あの、私は別の場所に向かう
「お前が何処に向かおうとしていたかなど関係ない。この私が招いたのだから、それを優先するのは当然でしょう?」
「は、ははっ! 失礼致しました!」
(うげっ、嘘だろ!? てことは、
額を石の床に擦りつけながら、俺は内心でフラム様に文句を言う。どうやったらそんなことができるのかは知らねーが、とにかくあれだけドヤ顔で「先手を取れた」とか言っていたフラム様は、あっさり出し抜かれていたらしい。
あー、こりゃ現状では完全に詰みだな。ならまずは、最低限確認しないといけないことだけは聞いておかねーと。
「ではその、私の仲間……ローザリア殿下はどうなったでしょうか? それと私の装備などは……?」
「ローザリアは別の使い道があるので、ここではない場所に移しています。もう二度とお前と会うことはないでしょうから、気にする必要はありません。
それとお前の装備は別の場所に保管してあります。お前が大人しく私の命令に従うのであれば、そちらは返却してあげましょう」
「寛大なご処置、ありがとうございます! あとその、私の所有するゴーレムはどうなったでしょうか? クリスエイド様のような方からすれば見窄らしい物でしょうが、私のような庶民からすると、あれはとても貴重で価値のある財産なのですが……」
「うん? それならお前の装備品と共に保管してありますよ。心配せずとも、あんな安物のストーンゴーレムなど興味はありません。さっきも言いましたが、大人しく指示に従うのであれば、あれもいずれは返しましょう」
「おお! ありがとうございます! ありがとうございます!」
床に額を打ち付ける勢いで俺が何度も頭を下げると、顔は見えないものの頭上から伝わってくる雰囲気が明らかに柔らかくなる。
「ふふふ、その殊勝な態度が本心であるなら、お前は私が使ってあげましょう。本当に『鍵』を開けられるなら、色々と使い道がありそうですからね。
では、私が呼ぶまで精々大人しくしていることです……おい、水と食事を運んできてやれ」
クリスエイドの命令に、側にいた騎士の片方が無言でその場を立ち去っていく。その後はクリスエイドともう一人の護衛騎士も俺の前を歩き去っていき……そこで漸く俺は頭をあげ、大きく息を吐いた。
「ふぅぅ……まずは第一関門突破ってところか」
俺の庶民ムーブは、クリスエイドのお気に召したらしい。流石に俺の言葉を真に受けるほどマヌケではないようだが、それでも殊勝な態度をとっている間は、無碍に扱われることもなさそうだ。
それに、ゴレミとローズのこともわかった。どちらもひとまずは無事のようだが、ゴレミはともかくローズの方はあまり悠長に構えているとマズいかも知れない。
(さて、ここからどう動く?)
逃げる、探る、戦う、助ける。選択肢は幾らでもあるが、そのほとんどは選べないか、選んだ瞬間バッドエンド確定だ。何せ俺は弱っちく、加えて今は仲間も装備も何もない。
だが、決して無力じゃない。生きてるし、動いてる。言葉も話せるし、スキルだって使える。
カタッ
「……………………」
「お、ありがとな。って、騎士様相手だと敬語の方がいい……ですか?」
「……………………」
丁度食事を運んで来た謎の騎士にお礼を兼ねて声をかけてみたが、騎士は完全に無反応。ふむ、これも考察の余地がありそうだ。
「んじゃ、まずは腹ごしらえといきますかね」
簡素だが質はいい食事をとりながら、俺は今後のことに思考を巡らせていった。
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