謎の呼び出し
ジルさんと別れた後、俺達はごく普通にダンジョンの外に出ることができた。できたのだが……問題はその後だ。
入れはしても誰も出てこない……その情報は既に探索者ギルドに伝わっていたようで、<
そんなところにひょっこり現れたのが、俺達である。出られないはずのダンジョンからの脱出者……その存在に場は騒然となり、俺達とカイ達は当然のようにギルドへと連行され、そこで事の経緯の説明を求められた。
故に俺達は、求められるままにダンジョン内部の状況を語った。出口に向かってもいつの間にか元の場所に戻されてしまうことや、ビッグスパイダーの縄張りになら移動できたこと、ボスを倒して出現した赤い石碑や、そこに二パーティでメダルを嵌めて魔導具を出現させたことなど、ギルドが驚く新情報を惜しげもなく晒していく。
なかでもローズが角笛を吹いたことで霧の巨人……フォグジャイアントが出現したという話に関しては強い衝撃を受けていたようだが、どこからともなく現れた
で、その人に助けてもらい、入り口まで送ってもらって出てきたという結末を受け、俺達は漸く長い長い事情聴取から解放されたわけだが…………
「じーっ」
「えーっと……キエラ? どうしたんだ?」
一応受付の方にも顔を出すべきかと考えた俺が向かうと、キエラが物言いたげな目で俺を見つめてくる。あと実際に口で「じーっ」と言っている。目は口ほどに物を言うと言うが、口で物を言う方が強いのは間違いない。
「お兄さん、色んな事隠してるでしょ?」
「ひょわっ!? な、何だよいきなり。隠すって、何を?」
「さっきの報告。アタシの方にも共有されてるんだけど、どーもお兄さん達にしては物足りないなーって思って」
「えぇ……?」
情報が共有されていること自体は当たり前だが、つい五分ほど前に漸く話し終えた内容がもう共有されているというのは、一体どんな仕組みなんだろうか? しかもそれを既にキエラが知っているという事実が怖いんだが……まあそれはそれとして。
「物足りないって言われてもなぁ。自分で言うのも何だけど、相当な大冒険だったぜ? そもそもダンジョンから出られなくなるなんてこと自体が一大事だし。
って、そうだ。他の奴らはまだ出てきてねーのか?」
「うーん、それはまだかな? でもお兄さん達の報告で直接出入り口に飛べばいけるってわかったから、今は『戻り笛』を持ってるパーティを投入する方向で話が進んでるよ」
「そっか。あ、でも、一応もう一回言っとくけど、俺達を助けてくれた人が使ったのは多分魔法だから、『戻り笛』で戻れるとは限らねーぜ?」
「そこはだいじょーぶ! こっちもそれを踏まえたうえで準備してるからね。補給物資もたっぷりあるし、新人君達を助けるくらいは余裕だよ」
「なるほど。そりゃいいや」
どうやら長年の運営実績がある探索者ギルドからすれば、俺みたいな駆け出しの底辺探索者が思いつく程度のことは対策済みらしい。うむうむ、こういうときに組織が頼りになるのはいいことだよな。
「それより秘密よ秘密! ねーお兄さん、何を隠してるわけ? 教えてよ、お兄さん! お姫ちゃんやゴレミちゃんでもいいわよ?」
「む!? いや、教えろと言われても困るのじゃ」
「ゴレミはゴーレムなので、マスターの許可なしでは何もできないデス。動くことも喋ることも、セクシーポーズもできないのデス」
キエラのお願いにローズは言葉を濁し、ゴレミはそれっぽいゴーレムムーブをかます。なおゴレミの行動を縛るつもりはねーが、セクシーポーズを要求することは未来永劫ないと思う。
「ぶーっ! お兄さんが意地悪だ! そんな事言うと、とっておきの情報を教えてあげないんだから!」
「え、何だよとっておきって」
「教えなーい! 意地悪なお兄さんには、アタシも意地悪しちゃうよーだ!」
俺の言葉に、キエラがぷいっとそっぽを向きながら言う。年上の女性にこんな態度をとられるのはなかなかに新鮮な感じだが……ふむ。
「わかったわかった。ならこっちもとっておきの秘密を教えてやるよ」
「あっ、やっぱり何か隠してたんだ! なになに?」
「フフフ、実はな……俺達はエルフに会ったんだ」
ニヤリと笑みを浮かべてから、俺はキエラにそう告げる。するとそれを聞いたキエラは……思い切り口を尖らせた。
「ぶーっ! いくら何でも、そんな嘘にアタシが騙されるとでも思ったわけ!? 子供扱いしてー! 酷い!」
「いやいや、本当だぜ? なあローズ、ゴレミ?」
「うむ、そうじゃな。エルフの御仁に助けてもらったのじゃ」
「ゴレミのボディに突き刺さりそうなくらい耳が尖ってたデス!」
「お姫ちゃんにゴレミちゃんまで!? もー、いいよ! くすん」
「悪かったって! それで、とっておきの情報ってのは教えてくれるのか?」
わざとらしく泣き真似をするキエラに、俺は笑って声をかける。するとキエラはすぐに泣き真似をやめ、代わりにいつもの営業スマイルを取り戻す。
「もー、仕方ないなぁ。あのね、お兄さん達に宛てた言伝を預かってるの。是非直接会いたいから、ここに来て欲しいんだって」
「うん?」
差し出されたのは、小さな紙片。だがそこに書かれているのは住所だけで、差出人の名前などは何処にもない。
「住所だけ? てか、これ何処だ?」
「街の西側にある倉庫街だよ。普通の人はあんまり行かない場所だね」
「えぇ? その時点でもう行きたくねーんだけど……」
清廉潔白とまでは言わねーが、これでも俺はそれなりにまともに生きてきたつもりだ。なのでそんな如何にも何かありそうな場所への呼び出しなど、心当たりもなければ行きたいとも思わない。
しかしそんな俺の反応に、キエラが苦笑しながら言葉を続ける。
「ま、行くかどうかはお兄さんが決めればいいんじゃない? これを渡してきた人も、来ても来なくてもどっちでもいいって言ってたし」
「はぁ? 何だそりゃ?」
わざわざ呼び出しておいて、来ても来なくてもいい? 意味がわからん。
「もし行くつもりがあるなら、八の鐘(午後八時)が鳴る頃に、その場所に行ってね。そうしたら会えると思うから」
「そっか。まあ一応覚えとくよ。ありがとな」
そうキエラに礼を告げると、俺達は探索者ギルドを後にした。気づけば空は赤から黒に変わり始めており、どうやら思った以上に
「うわ、もう夜じゃん! こりゃさっさと飯を食って、あとは寝てーなぁ」
「確かに、妾もクタクタなのじゃ。流石に一日の密度が濃すぎたのじゃ」
「なら、適当に何か買って宿に戻るデス」
そんな事を軽く話し合い、いい匂いのする屋台でいくつか食料を買い込んでから宿に戻ると、俺の部屋に全員で集まって飯を食った。そうして腹が膨れると急速に眠気が迫ってくるが、俺の頭の片隅にはさっきのメモのことが引っかかっている。
「ふわぁ……約束の時間まであと少しか。待ち合わせどうすっかな……」
「むぅ。気にはなるが、正直面倒な気持ちの方が勝ってきたのじゃ……」
そんな俺の側では、ローズもまた眠そうな目を擦っている。ならもう怪しい呼び出しなんて無視して寝ちまってもいいんだが……
「マスターが気になるなら、ゴレミだけ行ってみてもいいデスよ? ゴレミならその辺のごろつきくらいならどうにでもなるデス」
「そりゃそうだろうけど、それも流石に……はぁ。何かもう、行かねーとこの先ずっと気になる気がするから、頑張って行ってくるか。お前達はどうする?」
「マスターが行くなら、当然ゴレミも行くデス!」
「妾だけ留守番は寂しいのじゃ。二人が行くなら妾だって行くのじゃ」
「そっか、ならみんなで行くか。念のため、装備はしっかりと……しっかりと…………」
言って、俺は自分の剣が割とヤバい状態なのを思い出した。別に忘れていたわけじゃねーが、そもそも街に出た時間ではもう鍛冶屋はやってなかったのだからどうしようもない。
「妾のネックレスも駄目になってしまったのじゃ」
「……やっぱりやめとくデス?」
「い、いや、行くのじゃ! 行くと決めたのじゃから、行くのじゃ!」
「ならゴレミががっちりガードするデス! ゴレミセキュリティはいつだってガチガチなのデス!」
「ははは、確かに硬そうだ」
そんな軽口を言い合いつつ、俺達は可能なだけの準備を整え、夜の街へと繰り出した。月明かりのした、初めて通る道をダンジョンの中のように警戒しながら進み、指定された倉庫の扉をそっと開ける。
「…………やあ、来てくれたんだね」
「あ、貴方は……っ!?」
涼やかな……だが何処か疲れたような声と共に、窓から差し込む月明かりがかの者の姿を照らし出す。そこにいたのは――
「フラム兄様!?」
オーバード帝国第一皇子、フラムベルト・トリアス・オーバードの姿であった。
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