微妙な食い違い

「そう、か……まあ一応、『一応』だが納得はしてやろう」


「へへへ、どうも……」


 その後、俺達の必死の説得により、どうにかジルさんに俺の行動の正当性を認めてもらうことに成功した。まだ大分怪訝な表情を向けられているが、顔が握りつぶされなくなっただけでも大分マシだ。


「まったく、紛らわしいにも程がある……というか、目的が違うとしても、状況は卑猥そのものではないか。糾弾されるのが嫌なら、せめて服越しに背中に手を添えるくらいでスキルを使えるようになれ」


「そうっすね。まったくその通りだと俺も思うんですけど、これがなかなか……」


 俺だって別に好きでスカートの中に潜り込んでいるわけじゃないので、そうできるなら今すぐにでもしたい。だがスキルの成長というのはどうしても回数をこなす必要があり……「練習したいからスカートの中に潜らせてくれ」とローズに頼むのは、いくら何でも体裁が悪すぎるのだ。


「マスター、ローズに頼みづらいなら、ゴレミで練習するデス? ゴレミだったらいつでもウェルカムデス! チラ見し放題なのデス!」


「お前、それは……あれ? 割といい手か?」


 確かにゴレミなら、どれだけ頼んでも何の問題もない。どうせ魔力補給で似たようなことをしてるのだから、その時ついでに練習すればいいだけの話だ。ということを俺が考えていると、ゴレミが満面の笑みを浮かべて言葉を続ける。


「二〇チラまでなら月額二九八〇クレドなのデス!」


「金取るのかよ!? いや、スゲー安いし、そのくらいなら払ってもいいけども」


「フフフ、お小遣いを貯めて、マスター好みのセクシー下着を買うのデス! モチベーションアップなのデス!」


「お前なぁ……いや、まあ……グググググ」


 楽しげに笑いながら言うゴレミに、俺は言葉を詰まらせる。そんなものに全然、まったく、これっぽっちも興味はねーが……ほんのちょっとだけ気が逸らされそうだと考えてしまったのは、実に受け入れがたい事実であった。


「…………幼子よ、お前もこのような輩に頼ることなく、きちんと自分の力を引き出せるように頑張るのだ」


「ははは、そうじゃな。そうなれれば嬉しいのじゃが、正直自分の力であの状態になるのは、どうしていいかすらわからぬのじゃ」


「ん? そうか? 確かに今すぐは難しいだろうが、とは言え自分の力だ。きちんと鍛錬をしていけば……そうだな、成人する頃には十分に使いこなせるようになっていることだろう」


「ほほぅ、それは嬉しい見立てなのじゃ。ならばあと二年と少し、毎日頑張るのじゃ」


 ジルさんの言葉に、ローズが笑顔を浮かべてそう口にする。だがそれを聞いたジルさんは、何故か不思議そうに首を傾げる。


「二年? 今一二歳だというのなら、成人までまだ九〇年近くあるだろう?」


「九〇年!? 何を言っておるのじゃ、ジル殿。成人と言えば一五歳じゃろう?」


「お前こそ何を言っている。一五歳など赤子と変わらぬではないか」


「「…………?」」


 ジルさんとローズが、顔を見合わせ互いに首を傾げる。どうやら謎の食い違いがあるようだが……はて?


「あ、あのっ!」


 と、そこで不意に、ピートがビシッと手を上げながら声を出す。俺達全員の視線がそちらに向くと、何故かやたらと緊張した様子のピートがその口を開いた。


「ジルさんって、何者なんですか? 少なくとも、この町の探索者じゃないですよね?」


「え、そうなのか?」


 その意外な発言に思わず俺が問うてしまうと、ピートは大きく頷いて返してくる。


「そうですよ。僕だって探索者の端くれですから、この<深淵の森ビッグ・ウータン>に潜ってるトップ探索者の名前くらいは知ってます。でもジルなんて人はいないんです。あの強さなら目立たないはずがないし……それに……」


「まあ、その見た目で誰も知らねーは通らないよなぁ」


「遠目にチラッと見ただけだったとしても、私ジルさんならすぐわかると思うわ」


 ピートの言葉にカイとシルヴィも追従する。そしてその意見は俺としても納得できるところだ。強くて美形の探索者なんて、ソロだろうがパーティだろうがどうやったって目立たないはずがない。となると……


「ひょっとして俺達みたいに外から来た探索者の人なんですか? それで<深淵の森ビッグ・ウータン>に入った早々にこんなトラブルに巻き込まれるなんて、大変でしたね」


「いや、私は…………ん? トラブル?」


「あ、ひょっとしてまだ気づいてなかったですか? ほら、何時間か前にでかい音が鳴って地面が揺れたでしょ? あれからダンジョンの外に出られなくなっちゃったみたいなんです」


「そうなのじゃ。なので妾達はどうにかして外に出ようと、色々やっておったところなのじゃ。ジル殿は何かこう、ダンジョンから脱出できる魔導具などを持っておらぬのじゃ?」


「…………生憎とそのような魔導具は持っていないが、ダンジョンの入り口にお前達を連れていくことくらいなら可能だ」


「えっ、マジですか!?」


「ああ。こちらに来い」


 驚く俺に、ジルさんはそう言って広場と森の境目辺りまで移動する。俺達がその後をついていくと、ジルさんが森に向かって手を伸ばし、徐に詠唱を始めた。


「『母なる森よ、マーサ・ホルスト・外への道を開けアドラ・ベル・メルク』」


「「「おぉぉぉぉ!?」」」


 俺達の目の前で森の木々がわずかに動き、細い獣道が出現した。それを見たピートとシルヴィが興奮した声をあげる。


「これまさか、『戻り笛』と同じ効果!? 凄い、魔法で再現できるなんて!」


「空間系の魔法を使える魔法士なんて、初めてみたわ!」


「ここを進めば、入り口まで辿り着けるはずだ。いくぞ」


「「「はーい!」」」


 ジルさんに先導され、全員で道を歩いて行く。すると程なくして、俺達は見覚えのある入り口の前に辿り着くことができた。


「うぉぉ、やったぜ! ダンジョンの入り口だ!」


「帰ってこられたんだ!」


「早く外に出ましょ! あー、町中が懐かしいわ!」


 まだ閉じ込められて半日程度……何なら普通に探索している日に帰る時間よりちょっと早めくらいなのだが、出たくても出られないというのはやはり精神的に相当追い詰められていたのだろう。カイ達が喜び勇んで出口に向かい、振り向いて俺達にも声をかけてくる。


「おーい、クルト! お前も早く来いよ!」


「おう!」


 俺達だけ先に脱出してもいいのかという気はしなくもないが、残ったところで何ができるわけでもねーし、まさかジルさんにどれだけいるのかわからない、ダンジョン中の探索者を脱出させてくれとお願いなんてできるはずもない。


 であれば俺達がするべきことは、ダンジョン内部の現状を正確に探索者ギルドに報告すること。そう考えて俺も外に出ようと思ったのだが、ふと足を止めてジルさんに声をかける。


「あの、ジルさん。できれば一緒に来てもらえませんか? 探索者ギルドに報告するのに、ジルさんも着いてきてもらえるとありがたいんですけど」


 俺達やカイ達は、所詮はまだまだ駆け出しの探索者でしかない。発言の信頼度はどうしても低くなるし、何より結局のところ、俺達はただ巻き込まれ、助けられて外に出られたというだけの話だ。


 対してジルさんほどの強者であれば、その言葉は立場に比例して重くなる。加えて別の場所からビッグスパイダーの縄張りまで移動してきたのであれば、その過程で俺達が知り得なかった情報を得ている可能性も高い。


 故にそう頼んだわけだが、何故かジルさんは表情を曇らせ言葉を濁す。


「いや、私は……」


「あ、あれ? そりゃジルさんにだって都合はあると思いますけど、こういうときにギルドに報告するのは探索者の義務みたいなところもありますし、受付で軽く説明してもらうだけでもいいんですけど」


 ここまで来ているなら、ギルドの受付にいってちょっと報告するのなんて大した手間じゃない。なのに何故それを渋るのか俺が疑問に思っていると、不意にゴレミがジルさんの手を掴み、入り口の方に強引に引っ張った。


「!? 貴様、何を――っ」


バチッ!


「あー、やっぱりそうだったデスね」


 何もないところに突然火花があがり、焦げた指先を見つめるジルさんに、ゴレミが無表情でそう言ってから俺の方に顔を向けて言う。


「マスター、この人は人間じゃないデス。多分ダンジョンの魔物なのデス」


「…………は?」


 これっぽっちも予想していなかったその言葉に、俺はただ間抜けな声をあげることしかできなかった。

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