初のボス戦
「さあさあ、モブ猿共はこっちなのデス! バックダンサーは主演に被らないように背景に徹するのデス!」
「「「ウキキーッ!」」」
シャンシャンと手袋を打ち鳴らすゴレミに、本来ならクイーンの取り巻きであるはずのピンキーモンキー達が群がっていく。そしてその光景に、クイーンが焦った感じで声をあげた。
「ムキッ!? ムキキーッ!」
「ふふーん、呼び戻したって無駄なのデス! ゴレミの方がずっと魅力的なのデス!」
「ムッキー!」
「おっと、そっちにはいかせねーよ!」
挑発するゴレミにクイーンが怒って跳びかかろうとしたが、全部の敵がゴレミに引き寄せられたら作戦が破綻してしまう。俺は剣を左手に持ち替え、右手のなかに歯車を生みだしながらローズに呼びかける。
「ローズ!」
「うむ! フレアスクリーン!」
「よし! 食らえ、バーニング歯車スプラッシュ!」
今までより小さめに展開された火の膜に向かって、俺は歯車を投げつける。すると炎を纏った歯車がクイーン目掛けて一直線に飛んでいったが……
「ムキッ!」
「なっ!? 弾きやがった!?」
チラリとこちらに視線を向けたクイーンが、あろうことか燃える歯車を素手で全て叩き落とした。痛そうに顔を歪めはしたものの、手のひらに毛はないのでクイーンの体が炎に包まれることはない。
「ムホムホムホ……ムキィィィ!」
「チッ、それなら!」
標的をこちらに変えたクイーンがこっちに向かってきたので、俺も再び剣を右手に持ち替えて前に出る。鍛え上げられた鋼の剣をクイーンに向かって思い切り振り下ろすも、その斬撃をクイーンは自らの腕を盾にして防ぐ。
「ムキィ!」
「硬……くはねーけど、何だこの手応え!?」
俺の剣は確かにクイーンの腕を斬りつけたというのに、長い体毛がクッションになっているせいか、微妙にふんわりした手応えしかない。実際大した傷にはなっていないらしく、横にした腕の向こうでクイーンの目がいやらしく笑う。
「ムホキィィィ!」
「ぐあっ!?」
近接した状態で、長い腕を鞭のようにしならせたクイーンの拳が俺の左の脇腹に直撃する。その衝撃に一瞬息がとまり、目がチカチカする。
「クルト!?」
「大、丈夫だ! このくらい!」
足を踏ん張っていたので吹き飛ばされはしなかったし、鎧の質がいいのでおそらく骨も折れていない。とはいえ一旦下がってもっと強烈に踏み込まねーと、俺の腕ではクイーンに剣が届かない。
故に俺はまず右斜め後ろに大きめに跳び、次いで左斜めに跳ぶ。一見無駄なステップだが、これは仕込み。そしてその意味を知るはずもないクイーンが一直線に俺に向かってくると、罠に踏み込んだクイーンが燃え……あがらない!?
「ムホッ!? ムキキー!」
ローズの仕掛けたフレアトラップに軽く足を乗せた瞬間、クイーンがその動きを止めてすぐに後ずさる。足の裏にも当然毛は生えてないので燃えることはなく、精々軽い火傷をしたくらいだろう。
「おいおい、そこで止まれるのかよ!? 流石はクイーンってところか。でも、次はどうする?」
フレアトラップは、あるとわかっていれば避けられる。だが避けるということは、ここに目に見えない壁が生まれたのも同じだ。こいつを挟んでいる限りクイーンは俺に突っ込めないし、他にも罠が仕掛けてあるかもと考えれば迂闊に全力で踏み込むこともできなくなる。
それこそがローズの新技の真骨頂。見破られてなお活用できるのが、フレアトラップのいいところなのだ。まあ本当の切り札はまた別にあるんだが……ん?
「ムホムホムホ……ムッホホーイ」
「あー、そうくるわけね」
立ち止まったまま動かないクイーンが両手を背後に回してから戻すと、周囲の平原には石ころなんて何処にも落ちていないにも拘わらず、その手には俺の握りこぶしほどの大きさの石が掴まれていた。野生の場合なら体毛の中にいくつか隠し持っていたとかなんだろうが、こいつはダンジョンの魔物なので詳細は不明である。
「そうか、そりゃ下っ端が石を投げてくるんだから、女王様だって投げるよなぁ」
「クルト! 余計なことを言っておらぬで、さっさと妾の後ろに隠れるのじゃ!」
「おっと、悪い」
その呼びかけに俺は弾むように後ろ歩きで下がっていくと、ローズの小さな背に隠れるようにして体を縮こめる。強大な魔物を前に、年端もいかぬ少女を盾として身を隠すなんて絵面としては最悪であり、実際クイーンも馬鹿にするような笑い声をあげつつ、その手に握った石を思い切り投げつけてきた。
「ムホホホホ! ムホァ!」
「フンッ、甘いのじゃ!」
だが、当たらない。ローズの周囲に展開された風の膜は、その投石の悉くを逸らしていく。ローズ曰く「属性が違うので魔力の変換効率がすこぶる悪い」らしいが、だからこそ風の魔導具は過剰な魔力で壊れることなく、風の城壁は長い手の
「ムホー! ムホー! ムホキュアー!」
「ハッハッハー! どうしたどうした? そんなへなちょこピッチングじゃ、こっちまで全然届いてねーぞ!」
「むぅ。作戦だとわかってはおるのじゃが、クルトがもの凄く格好悪いのじゃ」
「……そういうこと言うなよ。俺だって割とそう思ってるんだぞ?」
苦笑しながら言うローズに、俺も思わずそう返す。すると
「ムッホホー!」
「よし、代われローズ!」
「後は任せたのじゃ!」
体毛の代わりに怒りを燃やすクイーンに対し、俺はサッとローズの前に出て抜き身の剣を構える。一度は防いだ攻撃だからと再び腕を横に構えるクイーンだったが……既に仕込みは終わってる!
「同じ攻撃なわけねーだろ! 食らえ、バーニングスラッシュ!」
「ムホキィ!?」
ほのかな赤に包まれた剣がクイーンの腕に触れた瞬間、そこから激しい炎が吹き上がる。今の俺の剣には、ローズのフレアトラップが
これこそ俺達の新たな切り札。通常の魔法付与とは違うので刀身にがっつりダメージが入り、一度使ったら研ぎに出さなきゃいけないという、財布に優しくない奥の手なのだ!
「ムホムホムキャキャキャキャーッ!?」
「おっと、道連れは御免だ!」
燃えて暴れるクイーンに、俺は思いきり蹴りを入れて距離をとる。ブーツからジュッと嫌な音が聞こえたが、今は無視だ。
「お前の体を守ってる
言って、俺は改めて剣を構える。<剣術>スキルのない俺には、スキルがもたらす技をそのまま使うことはできない。だがスキルによる技とは、即ち「最も理想的な動作」だ。ならば多少未熟であろうと、それを参考に剣を振るえばそれなりの威力にはなる。
「バーナルドさん直伝! 今必殺の……『斬り下ろし』!」
まっすぐに振り上げ、振り下ろす。ただそれだけの技なれど、極めれば宙を舞う木の葉も、地に根ざす巨石も真っ二つにできるその一撃が、クイーンの肩から入って心臓を斬り裂き、胴の半ばまで食い込ませる。
「ムギャァァァァァァァァ!!!」
「チッ、こんだけ隙のある相手に思いっきり斬りつけてこれか……やっぱ全然練度が足りねーな。とは言えこれで……」
大量の血を吹き出したクイーンが、断末魔の悲鳴と共に地に倒れ伏す。その体が霧と消え、ゴロンと大きめの魔石が転がったのを確認したところで、俺は仲間の方に振り返った。
そんな俺を出迎えてくれるのは、両手で拳を握って喜びを露わにするローズと、ボスが負けて逃げていく猿共をそのままに、手を振りながらこっちに近づいてきたゴレミの二人。
「やったデスね、マスター!」
「ああ、俺達の……」
「完全勝利なのじゃ!」
三人で手のひらをパチンと打ち付けあい、決めるのは勝利のハイタッチ。こうして俺達の初めてのボス戦は、見事な勝利で終わりを告げるのだった。
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