誤魔化しの匠

 そうしてローズの新魔導具により弱点を補ったことで、俺達は再び快進撃を続けられるようになった。懸念していた次の強化……ひょっとしたらより凶悪な何かを投げてくるのでは? という疑問も、いざ進んでみると石を投げてくるピンキーモンキーの数が増えるだけだったため、何の問題もない。


 いや、普通ならそれは十分な脅威なのだ。回避を重視した複数の魔物が森の中を跳び回り、草木の影に隠れて石を投げてくるとなれば、攻撃、防御、回避、どれをとっても難易度は跳ね上がる。


 だが俺達の場合、ゴレミはそもそも打撃だろうが投石だろうがピンキーモンキーの攻撃程度では何一つ効果がなく、ローズも有り余る魔力で常時魔導具を起動し続けているため、遠距離攻撃に関しては完全に無敵。俺だっていい防具を装備しているのだから、頭に当てられないようにだけ気をつければ石ころ程度は大した脅威ではない。


 加えて敵が石を投げてくるならと、俺達の方もバーニング歯車スプラッシュを解禁した。その結果森のなかにピンキーモンキー達が火傷で苦しむ悲鳴のみが大音量で響き渡ることとなり……気づけば俺達はピンキーモンキーの縄張りの中心と思われる場所に辿り着いていた。


「こりゃまた、あからさまに何かありそうな場所だな」


「ボスフロアデス! 絶対にボスが出てくる場所デス!」


「うむ。如何にもそんな感じなのじゃ」


 森の中に突如として出現した、直径二〇メートルほどの円形の広場。綺麗に踏みしめられた地面は草の一本も生えておらず、これほど豊かな森の中であまりにも異質な光景だ。


 と言っても、俺達に驚きはさほどない。何せここはダンジョンの中だ。空の果てまで伸びる書架とか、奥なんて存在しないのに別空間に繋がってる薄っぺらい一枚扉とかに比べれば、この程度はむしろ常識の範囲内ですらある。


「で、どうする? 行くか?」


 そんな広場の一歩手前で、俺は仲間達に声をかける。こういう場所は少しでも踏み込むと戻れなくなる可能性があるので、勢いに任せて突入するのは絶対に駄目だ。もし入るなら仲間との意思疎通は必須である。


「ゴレミのコンディションは、いつだってオールグリーンなのデス! エネルギー充填一二〇パーセントなのデス!」


「妾の魔力もまだまだ余裕なのじゃ! これで駄目となったら、むしろいつなら挑戦できるのかわからぬくらいなのじゃ!」


「ふむ、そうか……」


 一二〇パーセントは爆発するんじゃねーかという疑問は横に置いておくとして、どうやらゴレミもローズも気力体力ともに十分らしい。俺自身の消耗もまったく問題ないレベルなので、確かにボスに挑むに当たって、今はベストコンディションと言えるだろう。


「なら行くか!」

「オー! デス!」

「なのじゃ!」


 三人揃って声を上げると、俺達は一緒に森と広場の境界を踏み越える。そのまま油断することなく中央付近まで歩いて行くと、正面の森の奥からゆっくりとした動きで一体の魔物が姿を現した。


「ムホッ!」


「うわ、でけーな……こいつがピンキーモンキーの親玉か?」


 通常のピンキーモンキーがローズくらいの大きさなのに対し、目の前のこいつは俺と同じくらいの体格をしている。そこに長い手足が生えているわけなので、印象としては更にでかい。


 体毛は他のピンキーモンキーと同じく明らかに森に馴染まないピンク色で、黒くて皺のある顔も同じ。ただ一つ大きく違う点としては、唇の周りがまるで口紅でも塗ったかのように赤い。おそらくはそれこそが、ボスの証ってところだろう。


「親玉というか、女王デスね。ピンキーモンキークイーンなのデス」


「クイーン? え、こいつメスなのか?」


「クルトよ、お主話を聞いてなかったのじゃ? ピンキーモンキーはメスしかおらぬのじゃ」


「えっ!? あー…………そう、だったか?」


 ヤバい。魔物の習性とかそういうのならちゃんと聞いてたんだが、その辺はもう雑談の範疇だったから聞き流していた。リーダーの威厳を保つためにも、ここは何とか話題を変えねば……っ!


「そ、そうだ! メスしかいねーなら、どうやって繁殖するんだ? いや、ここはダンジョンだから勝手に増えるんだろうけどさ」


「道を挟んだ反対側に縄張りのある、パンキーモンキーとつがいになるデス。で、メスが生まれるとピンキーモンキーに、オスが生まれるとパンキーモンキーになるデス」


「それもわからなかったということは、本当に話を聞いてなかったのじゃなぁ」


「ぐぅぅ…………ほ、ほら! そんなことより戦闘に集中しろ! ボス戦だぞ!」


「あからさまな誤魔化しなのじゃ」


「今日のマスターはしょぼくれ具合も冴え渡ってるデス」


 呆れ声とジト目に俺の繊細なハートが戦う前からズタボロにされたが、それはそれ。意識を切り替え腰の剣を抜くと、相対距離が五メートルほどになったところでピンキーモンキークイーンがその足を止めた。


「ムホムホムホ……ムッキィィィィィィ!」


「「「ウキィィィィィィィ!!!」」」


「ぐおっ、何だ!?」


 クイーンが雄叫びをあげた瞬間、周囲の森から叩きつけるような鳴き声が響いてくる。剣を抜いている以上耳を押さえるわけにもいかず顔をしかめて耐えていると、素早く俺の前に出たゴレミが声をあげる。


「マスター! 回りの森にお猿が山盛りデス!」


「なっ!?」


 俺達が入ってきた道はいつの間にか木々に埋もれて消えており、広場をぐるりと取り囲む深い森には、数えるのも馬鹿らしいほどのピンキーモンキーがあふれかえっている。


「マズいのじゃ。完全に囲まれているのじゃ!」


「一〇〇や二〇〇じゃきかないデスよ!? まさかこれ、全部襲ってくるデス!?」


「……いや、それはねーだろ」


 その数に圧倒されそうになったが、俺はすぐに冷静な思考でそう告げる。


「幾らボスとはいえ、ここって第五層相当なんだろ? 流石にこの数の魔物と乱戦は、階層的にありえねーだろ」


 一定以上に強くなれば、雑魚なんて何十何百いようと脅威にならないというのは理解できる。が、第五層……ボスだから多少上方修正するとしても、六層や七層の探索者が数百体の魔物に囲まれて切り抜けられるとは思えない。


 そんな俺の指摘に、ゴレミとローズも一定の納得を示す。


「それは確かに……じゃが、それならこれは単なる観客というところなのじゃ?」


「女王様の活躍を見に来た下僕の群れなのデス!」


「ははは、それならありがてーけどな。で、女王様? 一体どんな戦いがご所望なので?」


「ムホホーイ! ウキャムホ!」


「ウキッ!」

「ウキッ!」

「ウキキッ!」


 挑発するように俺が言うと、クイーンが不思議な鳴き声をあげ、それに合わせて観客のなかから三体のピンキーモンキーが歩み出てくる。


「なるほど、無限補給の取り巻きを相手しながら、ボスをぶっ飛ばせってところか? 上限が決まってそうなのはいい感じだ」


「群れを率いるボスっぽい戦い方なのデス! もしこの段階でゴレミが一撃でクイーンを倒しちゃったらどうなるのか、ちょっと興味があるデス!」


「それは流石に身も蓋もなさ過ぎると思うのじゃが……クルトよ、どうするのじゃ?」


「俺かローズがヤバそうな時以外は却下だ。それじゃ俺達の戦闘経験が全然積めねーし。


 そうだな……ならゴレミは取り巻きをガンガン倒していってくれ。その間に俺とローズでボスを叩く」


 俺達まで観客・・になっちまったら、ボス戦をやる意味がない。そう指摘して提案する俺に、ゴレミが気合いの入った声で答える。


「わかったデス! 露払いは任せろデス! お財布からバリバリ音をさせるのデス!」


「何故財布なのじゃ!?」


「気にするなって! 来るぞ!」


「ムホムホ、ムキャキャーッ!」


 ゴレミ語録に疑問を呈するローズを現実に引き戻し、俺は雄叫びをあげるクイーンに切っ先を向ける。


 探索者になって一年と少し。レインボーブックバタフライだのオブシダンタートルだのの例外は色々あったものの、ちゃんとしたボス戦はこれが人生初めて。さあ、気合いを入れて勝利をもぎ取ってやるぜ!

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