無謀な試み
「……いやいやいや、そりゃ流石に無茶だろ!」
ゴレミの説明を受け、俺は思わずそう返す。ゴレミの立てた作戦は、あまりにも荒唐無稽だったからだ。
「ゴレミが敵の攻撃を引きつけている間に俺のスキルでローズの魔法を強化して、いい感じに敵の攻撃を無効化しながら撤退する!? いくら何でもふんわりし過ぎだって!」
「でも、これが成功すれば全員無事でこの場を切り抜けられるデスよ!」
「そりゃそうだろうけど……」
ゴレミの主張は、まあわかる。だがそれに頷くには、あまりにも不確定要素が多い。
「そもそも俺のスキルで強化って、ジャッカルに使った敏感になる方じゃなくて、ゴレミに使ったやつだろ? 強化率一パーセントでどうなるってんだよ?」
「フッフッフ、認識が甘いデスよマスター! 一パーセントということは、元の力がでかければでかいほど強化されるということデス! 魔法が前に飛ばせないほど濃くて強烈なローズの魔力なら、一パーセントでもかなり変わるはずデス!」
「む……それは一理あるかも知れん。でも何でローズなんだ? 同じ強化ならガーベラ様を強化して、強くなった魔法でレインボーブックバタフライを倒してもらえばそれで終わりだろ?」
眉をひそめて問う俺に、ゴレミがえへんと胸を張って言葉を続ける。
「その理由は二つあるデス! まず一つ目は……おそらくデスけど、マスターのスキルは使う相手が心を開いていないと、効果を発揮しないと思うデス。
普通の強化魔法は体の外側にかけるデスけど、マスターの歯車は体の内側……それこそ心とか魂とか、そういうものに干渉してる感じなので、相手がマスターを信じて受け入れないと、きっと上手くいかないデス。ゴレミは勿論、今ならローズも大丈夫だとは思うデスけど、ガーベラがマスターを受け入れるのはちょっとないと思うデス」
「なるほど……もう一つは?」
「……マスター、あの時ゴレミにやったことを、ガーベラに出来るデス?」
「あの時……あっ」
恥ずかしそうに顔を逸らすゴレミを前に、俺は当時の状況を思い出す。あれと同じということは、つまり俺はガーベラ様のスカートの中に頭を突っ込み、その腹に手を当てるわけで……
「あー、そりゃ無理だ。絶対無理。首が飛ぶもん。物理的に」
俺がそれを申し出た瞬間、近くにいるヒダリードさんが俺の首をはねる気がする。仮にそうしなかったとしても、普通にガーベラ様に焼き殺される気もする。つまり死ぬ。どうあっても死ぬ。死ぬ未来しか見えてこない。
「……って、そりゃローズだって同じだろ!?」
「ローズなら大丈夫デス! マスターの変態趣味だって笑って受け入れてくれるデス!」
「変態じゃねーよ! あと趣味でもねーよ! お前この状況でふざけ――」
「マスター」
怒る俺の手を、ゴレミがそっと掴んでくる。その顔に浮かんでいるのは、何処までも透明な笑顔だ。
「マスターならやれるデス。きっとこの状況を打開して、みんなが笑顔でいられる結末まで繋げられるデス。だからどうか……ゴレミを信じて欲しいです」
「ゴレミ…………チッ! 失敗したらお前も一緒に怒られろよ!」
「勿論デス! 二人で並んで正座するデス!」
俺の言葉に、ゴレミが最高の笑顔で応える。ここまで言われちまったら、俺だって覚悟を決めるしかない。俺はすぐ側で必死に防御魔法を維持し続けるローズに呼びかける。
「ローズ!」
「なんじゃ? どうするか決めたのか? 妾もそろそろ限界じゃぞ!?」
「ああ、決まった! これからゴレミが前に出て、敵の魔法を防ぐ!」
「うむ、それで?」
「その間に俺はローズのスカートに頭を突っ込んで臍に触るから、ローズは俺を受け入れて意識を集中してくれ! そうすりゃローズの魔力を強化できる!」
「……うむ?」
「ということだ、いくぞ!」
「待て待て待て待て! 前半はわかったが、後半がまるでわからぬのじゃ!? 何故クルトが妾のスカートに頭を突っ込んで、しかもへ、臍に触る!? 何でこんな時にそんな卑猥なことをしようとしておるのじゃ!?」
「説明は後だ! だから今この一回だけ聞く! ローズ、お前は俺を……俺とゴレミを信じて、受け入れてくれるか?」
戸惑うローズの顔をまっすぐに見つめて、俺はそう告げる。もしもここでローズが駄目とか嫌と言えば、この作戦は終わりだ。そうなったらもう――
「……わかったのじゃ」
「え、わかったのか!?」
「何でクルトが驚くのじゃ!?」
「いや、自分で言っといて何だけど、相当酷い指示だったし……」
「あーもう! とにかくわかったと言ったらわかったのじゃ! クルト、それにゴレミ!」
首だけ振り向いているローズの口元に、ニヤリと会心の笑みが浮かぶ。
「妾の命と貞操、お主達に預けるのじゃ!」
「ゴレミにお任せデス!」
「貞操はいらねーけどな! ゴレミ!」
俺の言葉に合わせて、ゴレミが素早く前に出る。それと入れ替わるようにローズがクルリとこちらを振り向き、ピンクのドレスのスカートを豪快にめくり上げる。
「来い、クルトよ!」
「オウ!」
炎の熱と羞恥心で顔を真っ赤にしたローズの顔を一瞥してから、俺は迷うことなくスカートの中に頭を突っ込んだ。むわっとした空気と甘ったるい体臭が鼻をつくが、その全てを無視して俺はローズの腹に手を当てる。
「うひっ!? く、くすぐったいのじゃ!?」
「我慢しろ! てか集中しろ!」
「う、うむ。努力するのじゃ」
モジモジと体をよじるローズにスカートの中から注意しつつ、俺は自分の手に集中した。
当たり前の話だが、ゴレミと違ってローズの臍に歯車を嵌めることはできない。いや、できなくはないだろうが、やってもくすぐったいだけだろう。故に俺は歯車を生み出す前段階……つまりは俺の手のひらの中に歯車があり、そこからローズの体のなかにある歯車に繋ぐイメージを浮かべる。だが……
(くそっ、上手く想像できねー……)
スカートのなかにいるせいで、外の景色は見えない。果たしてゴレミはレインボーブックバタフライの魔法に耐えられているのか? ガーベラ様はまだ魔法を撃てているのか? ミギールさんやヒダリードさんはどうなったのか? 気になることばかりが頭をよぎり、俺の集中力を奪っていく。
(焦るな、集中しろ! 集中、集中…………っ!?)
考えるだけで上手くいかない俺の後頭部に、不意に柔らかな感触が生まれる。それはそのままそっと俺を体に引き寄せ、慈しむように抱きしめた。
「フフッ、さっき妾に注意したお主がそのように焦っていては、いい笑いものじゃぞ?」
「ローズ?」
「大丈夫じゃ。ゴレミは頼りになる。姉様だって妾などよりよほど強い。ミギール殿もヒダリード殿も、帝国の騎士じゃぞ? 妾達が心配するなど烏滸がましいことじゃ」
ぐずる赤子をあやすように、ローズが落ち着いた声で話しかけてくる。スカート越しの淡い光と温かな肌の感触が、まるで母親の腹の中にいるような気分にさせてくる。
「大丈夫じゃ。きっと全部上手くいくのじゃ。じゃから今は、己の為すべき事の集中するのじゃ。妾の全てを、クルトに託す。じゃから……どうか繋げて欲しいのじゃ。役立たずじゃった妾の魔力を、クルトの歯車で回しておくれ。
頼むぞクルト。我らが
「…………任せろ」
たった一言それだけ告げると、俺は意識を沈めていく。あれほど荒れて波立っていた心が、今は凪のように静かだ。
沈んでいく。入っていく。俺の生み出す歯車が、ローズのなかで廻る歯車に噛み合う。そしてそこから広がっていく。ローズの
(ああ、これが…………)
真っ赤な空の中央に浮かぶ太陽の如き巨大な歯車と、それを支えるように繋がる枯れ枝のような無数の歯車。それが俺のスキルが見せた、ローズという
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