予想を超える最悪
「凄いデス! 背表紙がピカピカしてるデス! ゲーミングブックバタフライデス!」
「いや、レインボーだろ? 何で
「ゴレミは相変わらずじゃのぅ」
流動するように背表紙の色が移り変わるレインボーブックバタフライを前に、俺達は苦笑しながらも警戒態勢を取る。思ったよりも緊張していないのは、こいつがあくまで多属性を使い分けるだけのブックバタフライ……つまり単体なら俺達だけでも十分に相手ができると事前に知っていたからだろう。
「姫様、どうしますか?」
「そうね……まずは敵の戦力を正確に測っておきたいわ。ミギール!」
「お任せあれ!」
そして俺達ですらそうなのだから、皇女様ご一行の方は更に余裕だ。ガーベラ様の指示に、ミギールさんが一歩前に出て堂々と立つ。おそらくは敵の攻撃を自分の体で受け止め、その威力を確かめるためだろう。
「さあ来い、魔物よ! 光るだけの無能でないと、このミギールに示してみせよ!」
そんな俺の考えを裏付けるように、ミギールさんが声を張り上げガンガンと鎧を叩いてみせる。すると敵愾心を引きつけられたレインボーブックバタフライの背表紙が真っ赤に染まり、その前に見慣れた火球が……いや、違う!?
「なにっ!?」
「そんな!?」
「いかん、姫様!」
レインボーブックバタフライの前に現れたのは、大気を歪ませるほどの熱量を帯びた真っ赤な火の矢が三本。しかもそのうち一本は、間違いなくこっちを狙っている!
「おい、何かヤバくねーか!?」
「マスター!」
「二人共下がれ! フレアスクリーン!」
キュボッ!
「ガァァァァァァァァ!?」
「ぐぁぁ!?」
「キャア!?」
火の矢が解き放たれる一瞬前に、ゴレミが俺に飛びついて押し倒してくる。更に俺の前に立ったローズが咄嗟に防御魔法を展開したが、火の膜越しに灼熱が襲う。
が、俺達の被害はそれだけ。悲鳴が聞こえたのはガーベラ様達の方だ。
「マスター、大丈夫デスか!?」
「あ、ああ。俺は平気だ。それより向こうは?」
「姉様!」
ゴレミが上からどいたので、俺はすぐに体を起こして状況を確認する。だがそこにあったのは想像を超える惨事だった。
「ミギール! ヒダリード!」
「ぐ……が……ぁ」
「姫様……ご無事ですか……?」
火の矢の直撃を受けたであろうミギールさんは、仰向けに床に倒れ伏していた。身に纏う鎧の表面が赤熱しており、肉の焼ける嫌な臭いがここまで漂ってきている。
対してヒダリードさんはガーベラ様を押し倒すような形で倒れており、やはりグリーブの部分が赤くなっている。おそらくはガーベラ様を守って飛び退き、その足に火の矢を食らったのだろう。
「ああ、そんな! どうして、どうしてこんな……!?」
そしてガーベラ様は、そんな護衛騎士の姿に激しく狼狽している。この状況は明らかにマズい……が、詰みにはまだほど遠いはずだ。
「ガーベラ様! 魔法を! 早く魔法であいつを撃ち落としてくれ!」
「……はっ!? そ、そうね!」
事前情報より遙かに強いレインボーブックバタフライに、俺のバーニング歯車スプラッシュが通じるとは考えにくい。だがガーベラ様の魔法が通じないとも思えない。俺の言葉にすぐに我を取り戻したガーベラ様が頭上を見上げ、その手の先に火の矢を生み出す。
「燃え尽きなさい! フレアボルト!」
かけ声と共に、通常のブックバタフライを一瞬で灰燼に帰した火の矢が放たれる。それは狙い違わずレインボーブックバタフライに向かって飛んで行ったが……命中するかと思った直前、レインボーブックバタフライの前に見慣れた火の膜が広がる。
「え!?」
「あれはまさか、妾の魔法か!?」
「くそっ、どんなイカサマだよ!」
「マスター、また来るデス!」
レインボーブックバタフライの前方から火の膜が消えると、そこに再び三本の火の矢が生まれる。この感じなら、おそらく間違いないだろう。
「多属性が使えるだけで、大して強くない魔物……なるほど、そうか! 多分アイツは、こっちの……対峙した相手の魔法をそのまま使えるんだ!」
気づいてしまえば何のことはない。レインボーブックバタフライが多属性の魔法が使えるってのは、それと戦う魔法士の使う属性が色々だったからだ。そして大して強くないと言われていたのは、対峙する探索者もまた大して強くはなかったから。
なにせここにいるのは、本来なら初心者から一歩踏み出したくらいの奴らのはずだ。要は「自分と同じ強さ」で、かつ相手が単独、こっちがパーティなら、そりゃ強くはないだろう。
だが今回、ここには第一七層で活動する圧倒的な強者であるガーベラ様と、前に飛ばすことこそできないが、その分強力な防御魔法が使えるローズがいる。この二人が揃っているせいで、レインボーブックバタフライはかつてないほどに強くなっているのだ。
「ぐぅぅ……何と言う重い魔法なのじゃ。流石は姉様の魔法とでも言うべきかのぅ」
「くそっ! このっ! 何でっ!?」
「姫様……我らに構わずお逃げ下さい……っ!」
飛んでくる火の矢をローズが火の膜で受け止め、ガーベラ様は自身が生み出した火の矢で迎撃する。だがそれぞれが一対一ならともかく、火の矢は三本。ローズかガーベラ様、どちらかが二本を相殺する度に、それぞれの顔色が悪くなっていく。
それに加え、倒れたままのミギールさんは時折苦しそうにうめき声を上げるものの、とても動ける状態とは思えない。ヒダリードさんの方はガーベラ様の側にいるが、こちらも回復薬を使ったそぶりがあったのに動かないところを見ると、足の怪我は決して軽くないのだろう。必死に逃げろと訴えているが、ガーベラ様がそれに従う様子はない。
「ハッ、ハッ、ハッ…………まだよ、私はまだやれるわ……っ」
「姫様! お願いですから……くそっ、自分はどうすれば……っ! ミギール、ミギール!」
「うっ…………ぁ…………」
「マズいぞクルト。妾も姉様も、そう遠くないうちに限界がくるのじゃ」
顔を青くして肩で息をしながら、それでもガーベラ様が絶え間なく火の矢を撃ち出している。そしてローズもまた滝のような汗を流しながら、必死に火の膜を維持し続けている。
そんななか、俺はどうすることもできない。試しにバーニング歯車スプラッシュを使ってみたが、レインボーブックバタフライは意に介すことすらしなかった。
(どうする? どうすればいい? 俺に何ができる? 何をすればどうにかなるんだ!?)
久しぶりの窮地に、しかし俺の思考はひたすらに空転する。するとそんな俺に、徐にゴレミが声をかけてきた。
「マスター、ゴレミにいい考えがあるデス! まずはゴレミが囮に……」
「却下だ」
その戯言を、俺は最後まで聞くことなく切って捨てる。だがゴレミの言葉が止まることはない。
「ちゃんと話を聞くデス! ゴレミが囮になって――」
「だから却下だって言ってんだろ!」
食い下がるゴレミを、俺は語気も荒く突き放す。確かにゴレミの石の体は、火の魔法に対して高い防御力を発揮するだろう。今までがそうであったように、並の相手ならかすり傷一つ負うことがないのだから、囮にするなら最適だ。だが――
「マスター!」
「俺がお前を! 見捨てるわけねーだろうが!」
ジャッカルに襲われた時、俺は格上の相手に対し、手も足も出ずやられた。軽く撫でられただけで動けなくなり、目の前でゴレミを殺されるという、これ以上ない失態を犯した。
そして今回の敵は、ジャッカルよりも更に強い。<
そんな威力の魔法に、第二層の限定通路で見つけた……つまり第一二層相当の実力しかないゴレミが耐えきれるはずがない。相性の問題で数発程度なら保つかも知れねーが、生きて逃げ切るのは絶対に不可能だ。そこに奇跡がないことを、俺は嫌というほど思い知っている。
「ああわかるぜ! お前を見捨てりゃ俺とローズ、ついでにガーベラ様くらいなら助かるだろうさ! でも俺は……俺は二度と、仲間を見捨てたりしねーんだよ!」
それはきっと、この世で最も馬鹿な選択。つまらない見栄やプライドで、己の命を投げ捨てる愚行。
だが、それがどうした? ここで仲間を見捨てたら、きっとこれからも俺は困難に出会う度に誰かを見捨て、犠牲にして自分だけ生き延びるようになる。そうして歳を取り、探索者を引退したあとで「あれは仕方なかったんだ」と酒を飲みながら糞みてーな言い訳でもするのか?
糞だ、糞だ! それこそ糞だ! そんな生き方するくらいなら、俺だってここで覚悟を――
「ふがっ!?」
「話を聞くデス!!!」
だだをこねる子供のように首を振る俺の頬を、ゴレミがその石の手で両サイドから挟み込み、俺の目をまっすぐに見つめてくる。
「ゴレミだって、新婚ラブラブ生活もしてないのにマスターを置いて先に壊れるつもりなんてないのデス! だからみんなで助かるために……ゴレミの話を聞いて欲しいのデス!」
「お、おぅ……」
その勢いに押され、俺は黙ってゴレミの話に耳を傾けた。
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