「お高い」魔本
ゴレミのへそくりによって、ひとまず俺達の活動に多少の余裕は出た。が、だからといってのんびり出来るわけもない。利便性などは完全無視してギルドが提携する最も安い宿に部屋を取ると、俺達は改めて探索者ギルド、大ダンジョン前のホールへとやってきていた。
「おおー、やっぱり何か、雰囲気が違うな?」
「そうデスね。杖を持ってる人が多いデス!」
辺りをキョロキョロと見回しながら、俺はゴレミとそんな会話を交わす。<
ちなみに、ローブは雰囲気だけではなく、ちゃんと魔法によって防御力が高められている……らしい。ただ身につけていると常時魔力を消費する仕様のため、俺には無縁の存在だ。
「それで、どうするデス? 早速真の仲間を探すデスか?」
「何で『真の』ってつけたんだよ? いや、最初は軽くダンジョンに潜ってみよう」
ゴレミの問いかけに、俺はそう言って首を横に振る。金がない状況で焦って仲間を探してもろくな事にならないし、そもそも俺達自身がここでどのくらい戦えるのかがわからないんじゃ、仲間を探しようがない。
それに仲間を探すとなればその分ダンジョンに潜る時間も減るし、お試しで組んで稼げませんでしたーは、今の懐事情じゃ許容しづらい。となればひとまずは俺達だけで潜ってみて、せめて生活費くらいは稼げるのかを確認するのは最優先だろう。それができるかできないかで、今後の活動方針は大分違うしな。
ということで、俺は周囲にいる仲間候補の探索者達をスルーして、そのままダンジョンの入り口へと向かう。するとそこにあったのは<
「おおぅ、<
当たり前のことではあるが、知識として知っているのと実際に見るのとは違う。城の城門よりでかいんじゃないかと思われる門は大きく開け放たれているが、その内部は暗い闇に閉ざされていて見えない。これは全てのダンジョン共通の現象で、ダンジョンの中と外はこうして厳格に区切られているのだ。
「うっし、じゃあ行くか!」
「了解デス!」
扉の左右には警備員と思われる人が立っているが、ごく普通の探索者である俺達が止められることはない。人の流れに沿って扉の中に侵入すると、俺達の眼前に大ダンジョン<
「うぉぉ!? こいつぁスゲーな」
「本棚が壁になってるデス!」
俺の左右にそびえ立つのは、とんでもない高さの本棚。中にはぎっしりと本が詰まっており、何処までも伸びるそれを見上げると、その先端は白い霧に飲まれている。
つまり、天井がない。ただただ高く大きい本棚の壁によって区切られた迷宮、それがこの<
「この本って抜いたりは……ぬがーっ! はぁ、はぁ……できねーのか」
本棚に入った本を掴んで思い切り引っ張ってみたが、本を取り出すことはできない。本棚に見えても、実質的にはダンジョンの壁だということだろう。
「マスター? アホなことやってないで、早く進んだ方がいいデスよ?」
「お、おぅ。そうだな……へへへ、どうもすみませんね」
そんな初心者丸出しの行動をしていた俺の隣を、他の探索者達がクスクスと笑いながら通り過ぎていく。ここは入り口すぐなので、人の出入りが多いのだ。照れ隠しに薄ら笑いを浮かべながら足早に進んでいくとすぐに道が分かれ、人通りも減っていく。それに構わず突き進むとやがて周囲には俺達だけになり……
「マスター! 上デス!」
「上? うおっ!?」
ゴレミの警告に上を見上げると、俺に向かって突如火の玉が飛んできた。慌てて横に飛び退いて回避しつつ、それを撃った相手を探すと、俺の頭上三メートルくらいの高さに、バサバサと
「ありがとなゴレミ、助かったぜ。チッ、これがここの魔物か……」
ブックバタフライ。その名の通り、蝶のように羽ばたく魔物の本だ。その表紙によって使う属性が決まっているという話だったが、真っ赤な表紙は……まあ考えるまでもなく「火」だな。そもそも火の玉撃ってきやがったし。
「マスター、また来るデス!」
「へっ、そう何度もやられるかよ!」
ブックバタフライの前方に青白く光る魔法陣が出現すると、そこから再び火の玉が飛び出してくる。これほど予備動作がわかりやすいなら、流石に二度目を食らうことはない。ただ問題はそれとは別のところにある。
「うーん、よけるのは簡単だけど、あいつ降りてこねーな」
「そりゃ一方的に攻撃できる場所にいるのに、わざわざ近づいてくるはずないデス」
二発三発と火の玉をかわしてみたものの、ブックバタフライがこちらに近づいてくる様子がない。ぱっと見はただの本なので剣が届くならあっさり斬れそうなんだが、流石に三メートル上空は無理だ。
「うへー、ノエラさんが言ってたのってこれか! 第一層からこれじゃ、確かに遠距離攻撃が必須だわなぁ」
「どうするデス?」
「そうだな……とりあえず試してみるか。食らえ、歯車スプラッシュ!」
上空で悠々と羽ばたくブックバタフライを前に、俺はわずかに考えてから右手で歯車スプラッシュをお見舞いする。しかしブックバタフライはひょいと上昇してしまい、投げた歯車が虚しく空を切る。
「あ、おい! 逃げんなよ!? スプラッシュ! スプラッシュ! はぐるまー、スプラーッシュ!」
「……マスター、届いてないデス」
「仕方ねーだろ! くっそ、何なんだよ!」
この世界に存在する全ての物は、上から下に落ちるようにできている。それは俺の生みだした歯車も例外ではなく、横方向ならまだしも上に投げるのは辛い。投擲系のスキルがあればこの程度の距離は何でもないんだろうが、残念ながら<歯車>のスキルは、
「え、嘘だろ!? 第一層の魔物すら倒せねーとか、宿代を稼ぐどころの話じゃねーぞ!?」
「ならマスター、ゴレミが歯車を投げてみるデス?」
「うん? あー、そっか。お前なら届きそうか?」
「やってみないとわからないデスけど、マスターよりは力持ちだと思うデス! あ、違うデス! お嬢様ゴレミの白魚のような手は、フォークより重い物は持てないのデス!」
「どっちなんだよ……ほれ、頼む」
「お任せデス! ではピッチャーゴレミ、振りかぶって……えいっ!」
俺が手渡した歯車を、ゴレミがやたらとキレのあるフォームで投げる。すると俺が投げるのとは比較にならない勢いで歯車は飛んで行き、空を飛ぶブックバタフライにバチバチと命中した。
「
「そっちは俺に任せろ! 展開!」
バタバタ暴れながら落ちてきたブックバタフライに、俺は念のため歯車の剣に歯車を刺してクルクルと回す。するとすぐに刀身が拡張され、青白い光を纏った歯車の剣が、すっぱりとブックバタフライを両断した。
「うっし、余裕! で、魔石は……これか」
消えたブックバタフライの代わりに落ちていたのは、ゴブリンと同じくらいの大きさの魔石。ああ、よかった。もしこれがジャイアントラットと同じレベルの魔物だったら、本気で野宿を検討するところだったぜ。
「フッフッフ、やっぱりゴレミとマスターの相性はバッチリデス!」
「ははは、そうだな。これなら何とかやれそうだ。なら今日はこのまま一層で戦って、どのくらい稼げるか試すぞ」
「バッチコイデス!」
いい返事をするゴレミに頷いて返し、俺達はそのままダンジョンの中を歩き進んでいった。
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